カジノにも「神様」がいる!? ラスベガスで体験した不思議な出来事
ぼくがカジノを始めた1990年代初めのこと。長い休みを取ってラスベガスに来たが、お金が十分にあるわけではない。とにかく安く済ませようとストリップ(ラスベガス大通り)南端の小さなカジノホテルに宿泊した。
サン・レモ(現在はフーターズ・カジノホテル)という名前でとにかく閑散としていた。ただでさえ少ない宿泊客はここでは遊ばず、別の大きなカジノに遊びに行った。
出掛ける際にこのホテルのカジノを通るが、ディーラーだけがいつもポツンと突っ立っていた。その目はどこか淋しそうだった。彼らと目が合うたび、ここで遊ばないと悪いんじゃないかと思った。
しかしカジノ初心者でかつ田舎者のぼくは、いかにもラスベガスらしいド派手なカジノで遊びたいため、後ろ髪を引かれながらも外に出て行った。
ディーラーが合図をくれた!?
そんなある日のことだった。外のカジノで大負けし、打ちひしがれてサン・レモに帰って来ると、ブラックジャックのディーラーから声をかけられた。
「どうだい? 勝ったかい?」
「とんでもないよ。エライ目に遭ったところだ」
「わっはっは。人生なんてそんなもんだ。ちょっとやっていかないか?」
カーネル・サンダースみたいなディーラーは自分のテーブルを指さした。これも流れだと思って腰を下ろすと、ゲームが始まった。
ブラックジャックとは、配られたカードの数字の合計が21を超えない範囲でより大きな数を作り、ディーラーに勝つことを目指すゲームだ。
最初のうちはヒット(=次のカードを引く)するか、ステイ(=引かない)するかで全く迷わなくていいような、わかりやすい手が配られた。
幸先良く連勝し、やって良かったと思った途端、今度は難しい手になった。ぼくに来るのは弱いカードばかり。判断も裏目に出る一方で、ディーラー相手に四苦八苦。立て続けに難しい手が来て、まさに進退窮まった時だった。
ふと顔を上げると、彼が片目をつぶり、首を小さく左右に振った。
ぼくはハッとした。「引くな(=ステイ)」という合図ではないかと思ったのだ。でも、そんなことを教えてくれるわけがない……。自問自答したが、崖っぷちに立たされた身としては藁をも掴みたい気持ちだ。
彼の仕草を信じてステイすることにした。するとぼくの勝ち。少額だが、お礼のチップを差し出すと、彼はニッコリ微笑んだ。これで流れが変わったとみて、次は賭け金を増やしたところ、やってきたのはまたも難しい手。
ウンウン唸りながら彼を見ると、今度は頬が盛り上がるほど微笑んだ。さっきとは違うリアクションに、もしやと思ってヒットすると大正解。
当人にはそんなつもりがなく、全てぼくの思いこみかもしれないが、白い髭も相まって、彼のことがまるで「神様」のように見えた。ぼくは感謝し、お礼のチップを奮発した。
MGMの打ち上げ花火
その時だった。カジノの外で「ドーン」「ドーン」と大きな音がした。道路を隔てたカジノホテル「MGMグランド」で花火が始まったのだ。次々と打ち上げられる大きな花火。その明かりはサン・レモの中にも届いた。
MGMといえば「砂漠に現れた緑のオオトカゲ」と言われる大きなカジノだ。それに比べるとサン・レモは小さく、トカゲの鼻先のアリのようなもの。くしゃみをすれば飛んでいってしまいそうだ。
「花火、きれいだね」
神様のように見えていた彼が、そう言ってカードを配った。しんみりとした言い方だった。
配られたのは難しいカード。ヒットかステイか迷っていると、外ではまた花火が炸裂した。派手な連続花火だ。
「ウチじゃあんなサービスはできないね」
そう言いながら、彼は片目をつぶり、首を小刻みに振った。彼を信じてステイするとぼくの勝ち。
「花火よりこっちのサービスのほうが好きだな」
そういってお礼のチップを渡すと、彼はニヤリとした。
サン・レモの”神様”は健在だった
その後しばらくして、ぼくは連れと一緒に再びサン・レモに泊まった。あのディーラーはまだ働いていた。彼はぼくのことなど覚えていなかったが、連れが判断に迷うと、あの時と同じことをしてくれた。
“神様”は健在だったのだ。合図を送ってくれるたび、ぼくらはチップを弾んだ。
でも、そんなにチップを払っていたら儲からないのでは? と思うかもしれない。そんな人はちょっと思い浮かべてみてほしい。
ぼくたちは神社にお参りする際、お賽銭を払うものだ。お願いをする時は半信半疑だから、せいぜい100円くらいかもしれない。
しかし実際に願いが叶ったとなれば、お礼したい気持ちは自然と沸き上がるものだし、1000円や2000円払ったって惜しくないと思うのではないか?
ディーラーがカジノの神様であるなら、チップはお賽銭のようなもの。カジノで願いを叶える秘訣と思い、ぼくはケチらず払っているのだ。
しかし近年では、サン・レモの”神様”のようなケースは非常に少なくなっている。それはなぜなのか。次回のコラムでお話ししたい。