40年貯蔵のスコッチウィスキー、記念の酒を開けた理由は?

ラフロイグ40年
ラフロイグ40年

長いこと、我が家の戸棚の奥でホコリをかぶっていた緑の木箱があります。スコッチウイスキー「ラフロイグ」の40年。箱に通し番号が入った貴重な1本です。

新婚旅行で買って「定年退職の記念に飲もう」と思っていた酒。まだ20年近くありますが、今年5月、カクテルの街・宇都宮の小さなバーで開封しました。(吉野太一郎)

アイラとの出会い

1997年。新聞記者1年目は、孤独でした。「サツ回り」と呼ばれる主に警察官相手の事件取材が苦手で、先輩にも上司にも怒られてばかり。縁もゆかりもなかった佐賀の街には仲良しもおらず、深夜まで働いた後、一人暮らしのアパートで通販番組を眺める日々でした。

モスコミュールは真鍮(しんちゅう)の器に甘くないジンジャービアーで飲むのが定番

ある日、いつも通り夜更けまで成果のない仕事をした私は、繁華街の外れに一軒のショットバーを見つけました。勇気を出して扉を押すと、薄暗い店内でマスターが一人、グラスを磨いていました。カウンターで私は独り言のように愚痴を吐き出し、マスターは黙って聞いてくれました。

佐賀弁でおっとり喋るマスターは、外見も生き方もお世辞にもスマートとは言えませんでしたが、そのどこか不器用な感じに惹かれ、私はその店に一人で通うようになりました。いろいろな酒を勧められて試すうちに、ある酒が、強烈に印象に残りました。

ラフロイグの蒸留所。こんな感じで潮風にさらしていました(撮影・吉野太一郎)

スコッチウイスキーのラフロイグです。潮の香りがほのかに漂い、煙と薬品の匂いもしました。スコットランドの西の果てにある小さな島、アイラ島の蒸留所で、煙でいぶしたモルトを蒸留し、樽に仕込んで海風にさらして熟成を待つといいます。薬品のような味は、潮風に含まれる海藻のヨードだそうです。

「まるで蒸留所の情景が浮かぶような気がしませんか」

マスターに言われた瞬間、私の目の前は行ったことのないスコットランドの島に飛んでいました。

その後結婚した私は、新婚旅行でその島を訪ねました。車で1時間も走れば1周できてしまう小さな島です。

あこがれのラフロイグ蒸留所は、想像していた通りの場所でした。

ラフロイグの蒸留所(撮影・吉野太一郎)

舞い上がった私は、蒸留所内の公式ショップで、いちばん高い40年貯蔵酒をエイヤッと買ってしまいました。外貨だったので値段の感覚も適当でしたが、日本円で6ケタしたような。買った瞬間、ショップ内で一斉に注目を浴びたのを覚えています。

貴重な品なので、何かの人生の記念に飲むことにしました。ちょうど父親が定年退職を迎える手前で、「自分も定年になったら飲もうかな」と決めました。還暦を迎え、新聞記者業をめでたく卒業した自分へのご褒美にしようと思ったのです。

当時は、そういうゴールが当然あると思っていました。

脱「24時間戦えますか」

宇都宮で入り浸っていたバー「パークアベニュー」

その後、私はあちこち東京や大阪などを転勤で回り、東日本大震災の発生直後に栃木県宇都宮市に転任します。正直、失意の転勤でしたが、街の人も同僚も温かく、仕事も東京や大阪より忙しくなく、人生のスローダウンには格好の場所になりました。

やがて繁華街の外れにぽつんと立つショットバーに入り浸ります。ちょっと年上の、やっぱりあまり器用でないマスターが1人でやっている店は、佐賀の思い出に重なるものがありました。何より、シングルモルトという共通の好みがありました。

スコットランドのアイラ島に行った話をすると、マスターは目を輝かせました。

「ラフロイグ40年! すごい! それ、開けるときは教えて下さい。どこまでも訪ねて行きますから」

もう少し先のつもりだったその約束を、私は今年、果たしたのです。

ラフロイグ30年を開封する「パークアベニュー」のマスター、福田弘樹さん

気が変わったのは今年、会社の定年が5年延びて65歳になったからです。日本全体では、70歳まで伸ばそうとか、定年自体をなくそうという話も出ています。一方で「終身雇用なんて維持できない」と経済界の重鎮たちが相次いでメッセージを出しています。

自分が引退する頃、定年は人生の区切りという意味を持つでしょうか。私は健康で酒を飲める体でしょうか。だったら今を充実させないと、と思ったのです。

バーのマスターは「本当にいいの?」と念を押しつつ、店に秘蔵していたラフロイグ30年を開けてくれました。

潮風に吹かれて出番を待った酒

ラフロイグ30年

いずれも「これがアイラか」と驚くまろやかさ。アイラモルト独特の薬品臭、煙の匂いは影も形もありません。30年は濃厚な琥珀色にキャラメルの香ばしい香りが漂い、アルコールが舌先にしびれます。

40年はさらに円熟味を増して、琥珀色が30年より薄まり、アルコールもキャラメルも分解されて丸みを帯びています。イチゴか、柑橘系ドライフルーツのような果実のさわやかさが、喉を駆け抜けていきました。

ラフロイグ40年

30年、40年、潮風に吹かれて出番を待った酒。こんなにまろやかに年齢を重ねていきたいなあ。そのためには会社以外の自分時間を磨かないと。

「24時間戦えますか」から「働き方改革」へ、20年で企業戦士の常識はほぼ180度変わりました。会社に捧げてひたすら理不尽に耐えた20代の時間は戻ってこないけれど、今からでも自分の時間を充実させて、少しでも取り戻すことはできるかもしれない。

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