シルクのように切れ味滑らか…高級ハサミで官能の世界へ(ひとりと文具 2)
ただ紙を切るだけなら、今や100均のハサミだって充分と言える。
最近は低価格帯(1000円以下)ハサミも切れ味が格段に上がったこともあり、わざわざハサミにお金をかけるなんて馬鹿馬鹿しい、と思っている人も多そうだ。
しかし実はハサミというのは、文房具の中でも特に品質が価格に比例するジャンルなのである。特に高品質なハサミは、低価格帯のものと比べると「えっ、ウソでしょ?」と思うほどに切れ味が素晴らしい。
例えばコピー用紙1枚を切るのにも、「ザクッ」などと音を立てない。スッと紙の繊維に刃が入ると、そのままシシシシッ……と手応え少なく切り込んでいき、パチンと刃と刃が擦れる音で終わる。
この感触はうっとりするほど心地よいもので、一度味わってしまうと、もう二度と安価なハサミには戻れないほど。もはや嗜好品レベルの官能の世界にひとりで浸りながら、ひとりでに口元が緩んでしまうのだ。
良く切れる刃物だけあって不注意に使えば怪我をするが、だからこそ、その切れ味は“ちゃんと分かってる大人”が堪能するに相応しい価値を持っている。
今回は、そんなウットリ級の魅力を持った大人の高品質ハサミを紹介したい。
シルクのようにスルスルと滑らかな切れ味
刀鍛冶の町として知られる岐阜県関市でハサミを作り続けているメーカー、丸章工業の代表作にしてフラグシップが、ネバノンシリーズだ。
ステンレス鋼に全面ブラックコーティングを施したボディは、刃先の鋭さと相まって非常にシャープな印象を受ける。最初の見た目から「…これは切れるな」という感じ。
この鋭さを活かせば、繊細な細工切りなどもラクラク。おそらく、誰が使っても自分の手先の器用さが1ランク上がったように錯覚するはず。
丸章工業のブランド名「シルキー」は、絹が擦れ合うように滑らかな切れ味が由来となっているが、まさに切れ味は滑らかそのもの。非常に鋭利な刃がスルスルと紙を切っていく。
実際に初めてこのネバノンを使ったときは、その感触のあまりの気持ちよさにため息が出たほどだ。
ネバノンのもう一つの特長が、ガムテープなどを切っても粘着剤が刃につかない非粘着性だ。
刃に施されたブラックコーティング+フッ素コーティングの二重コートによって、あの不快なネバネバが付着せず、結果として刃が非常に長持ちするのである。
定価で税込み3000円オーバーとやや高価に思えるかもしれないが、この切れ味がずっと味わえると思えば、コスパは絶対に悪くない。
ナタのように強く、ナイフのように鋭く
鉛筆削りなどの事務機器でお馴染みカール事務器は、自社内の特に厳しい基準を満たしたハイクラス製品を「X(エクス)シリーズ」として展開している。そのエクスシリーズのハサミが「エクスシザース」だ。
こちらは2017年の日本文具大賞で機能部門のグランプリを獲得したこともあって、メディアで取り上げられたのを見たという人も多いのではないだろうか。
特に話題となったのは、その価格。なんと税別で7000円というから、普通のハサミが消費税分だけで買えてしまう計算だが、もちろん高価なのには理由がある。
まず、刃体には厚さ3㎜(通常の2倍の厚み)の高硬度ステンレス鋼を使用。このステンレスは硬度で言うと、金属加工用の旋盤についている加工刃よりも硬いものだ。
通常、はさみを作る場合は、まず素材の金属板をプレス機でハサミの形に打ち抜くのだが、あまりに硬いのでレーザーカッターで切り出さざるを得なかったという。それをさらに職人が一本ずつ手作業で水研ぎして仕上げたというのだから、その価格も納得だろう。
その切れ味は見事というしかないもので、普通は切るのが難しい柔らかな布地やティッシュペーパーはもちろん、厚手のダンボールも切り口を潰さずスパッと切り落とす。
刃の頑丈さに加えて、刃体がハンドルの中まで貫通している構造なので、力をいれても刃がぶれずにグイグイと切り込んでいくことができるのだ。この切れ味で厚物切りができるハサミというのは、世界的に見てもさほど多くない。
もはや分厚いナタの頑丈さとナイフの鋭さを併せ持ったようなもので、おそらく日常でハサミを使う作業の中では無敵レベル。
いま店頭で普通に買えるハサミとしては、まず最高峰に位置する製品だと思う。
ひとつ注意しておきたいのは、今回紹介したのはあくまでも紙を切る用のハサミである、ということ。頭髪(実はものすごく硬い!)や針金などを切ってしまうと、すぐに刃がダメージを負ってしまう。
子どもはそういうことを気にせずなんでも切ってしまうので、ご家庭では要注意。よく切れる高価なハサミは自分用に隠しておいて、いざというときに取り出してスパッと切るというのが、大人のやり方なのだ。