裁判所で大号泣、辛い離婚を経験した50歳女性が恋愛から離れて気づいたこと
結婚していない、子どももいないという人は増えてきましたが、そのたどってきた道はさまざま。今も結婚していない理由は、もしかしたらあの日、とても傷ついてしまったからではないか…そう語る女性がいます。
東京と故郷で離ればなれの夫婦生活
とある地方都市でフリーのデザイナーとして生計を立てる瑠美さん(仮名、50歳)は、31歳で結婚しましたが、40歳で離婚。その後は独身のままです。
「実は結婚した頃、東京にまだ未練があって、私は東京、彼は故郷と、4年くらい離ればなれに暮らしていたんです」
それでもその間はお互いうまくいっていたと思う、と瑠美さん。そろそろ子どもがほしいから帰ってきてほしい、そうでなければ離婚を考えると言い出した彼に引っ張られるようにして、東京を後にします。
「前触れもなく、急に離婚をほのめかされたことには驚きました…」
帰郷してからは、それまで離れて生活していたこともあり、がんばってはみたけれど2人の間はなんとなくぎくしゃくしていたと言います。
年齢的にも自然な妊娠を待っているわけにはいかないと、不妊治療を進めるうちに子宮筋腫が見つかり、体調は次第に悪化。そのうち、筋腫を取る手術をすることになり、2週間入院しました。
「退院して戻ってきたら、この2週間ひとりでいて楽しかった、と何気なく言われて」
ただでさえ病み上がりで敏感になっていた瑠美さんの怒りに火が付き、大げんか。その後あろうことか、彼は実家に帰ってしまいました。
母校の近くでふかした一服のタバコ
その後も彼は帰ってくることなく、メールで「離婚したい」とだけ送ってきました。話し合いを求めるも一切応じる気配はなく「とにかく離婚したい」と、それを言い続けるばかり。らちがあかず、ついには調停をすることになりました。
「その時もまだ、どこかで私たちはやり直せると信じていたのかもしれません。調停なんて生まれて初めてなので、社会見学でもするような気持ちで出かけました」
そこで、彼から慰謝料を提示され、頭を殴られたかのような衝撃を受けます。
「お金を払ってまで私と別れたいんだ、と初めてわかり、気づいたら裁判所で号泣していました」
今でもはっきりと覚えているのが、その時の帰り道。時は春、桜が満開で、母校である女子高校の校舎からセーラー服を着て自転車に乗って出てくる後輩達の姿が見えました。
「彼女たちがとてもまぶしく見えたんです。私にもああいう時代があって、普通に幸せになれると信じていた頃があった。私、どこで間違っちゃったんだろうと」
ほとんど吸ったことのなかったタバコを、その景色を眺めながら一服したことは忘れられないと言います。
恋愛をしない生活の気楽さ
離婚の直後は、焦っていたという瑠美さん。
「このままずっとひとりかもしれない、という恐怖に駆られて、再婚する気マンマンでした」
しかし、なかなかうまくいきません。
「友人達に、40代はまだマーケットバリューがある。でも44歳と45歳の間には大きな違いがある」と言われて、45歳までになんとしてでも再婚するぞ、とがんばりました。まだ恋愛で結婚できると、その時は信じていたんです」
その後、いくつか恋愛をしたけれど、いざ結婚となると男性は皆、及び腰。そうしているうちに飛ぶように時が流れ、期限と決めた45歳が過ぎてしまいました。
「いよいよおひとりさまになってしまうんだ、私にはもう女としての価値はないと、この頃は心を病みました」
そこから数年、久しぶりに恋愛をしない生活を送ってみて気がついたことがあります。
「誰かの心が私から離れていないよね、と気にせず過ごせる日々が、すごく楽だなと思ったんです」
景気のせいもあり、収入が激減。老後の不安もあり、投資に目覚めたのもこの頃だと言います。
「投資信託やFXを始めてみました。でも全然プラスにはならない。今もコツコツ続けてはいますけれど」
何が正解かわからない
これからもし、誰かと結婚するのであれば、いわゆる「恋愛結婚」はキツいので、一生、お互いを介護し合うような覚悟で結婚するしかないと、瑠美さんは考えています。でもそれは「憧れの結婚」ではなく、「現実としての結婚」です。
「『独身でフリーで貯金もなくてよく生きていけますね』と10歳くらい年下の人に言われたことがあります。でも、そうやって人からは心配されるし、自分も心配じゃないわけではないのですが、今、心病むほどは悩んでいないというのが本音ですね」
この何年かで、瑠美さんの身近な人たちに、浮気や借金などが原因で離婚したり、結婚生活は続けていても”仮面夫婦”になったりするケースが出てきました。幸せそうだった友人たちの結婚生活が崩壊していくのを目の当たりにして、何が正解かわからなくなったといいます。
「自力で、ひとりで生きていけるのが最強だと思います。でも私はずっとひとりでいると決めているわけでもないですし。今は『省エネ』で生きている状態ですね」