「結婚」か「茶飲み友達」か? 50歳バツイチ女性の「ゆれる婚活」
「子供が巣立ったとき、たったひとりで生きていくと思うと寂しい」
50代以上のシングルマザーで、再婚相手を探している人から、そんな話をよく聞く。残りの人生を良きパートナーとともに歩みたいという気持ちは理解できるし、実現すればそんな幸せなことはないだろう。
しかし、半世紀以上も別々の人生を生きてきた2人が、結婚を機に家族や財産などそれぞれ背負っているものを1つにするのはかなりのエネルギーを要するのではないか。ならば、相手が見つかっても、籍を入れず「茶飲み友達」のままでいることも、1つの選択肢だろう。
夫による壮絶なDVで離婚
コピーライターの久保奈々子さん(仮名・50歳)は4年前、別居を経て離婚した。その理由は夫からのDV(ドメスティックバイオレンス)だった。
学生時代にモデルのアルバイトをしていたそうで、ハッキリとした目鼻立ちといい、どんな衣装でも映える抜群のスタイルといい、その面影が十分に残っている。いや、現役のモデルと言われても驚かないほどだ。
こんな女性に暴力を振るう元夫に怒りを覚える。奈々子さんは現在、中学3年生の息子と暮らしている。夫のDVは、妊娠中の臨月を迎えた頃から始まったという。
「食事中、昔つき合っていた彼氏の話になったとき、いきなり首を絞められました。何が起こったのかわからず、頭の中が真っ白になりました。以来、殴られたり、蹴られたりと暴力はエスカレートしていきました」
家庭内で暴力が常態化すると、感覚が麻痺してしまう。こんな状況でも奈々子さんは結婚生活に幸せを感じていたというから恐ろしい。
ところがある日、顔を殴られたのを機にわれに返った。このままでは息子にまで暴力を振るわれるかもしれないと思い、息子とともに家を飛び出した。
当時のことを思い出すと、今も動悸が激しくなり、身体が震えるという。そんなPTSD(心的外傷後ストレス障害)の症状と闘いながらも、奈々子さんは離婚して間もない頃から「婚活」を始めた。なぜ再び、結婚したいと思ったのだろうか。
「離婚してから、食欲がなくなり、眠れませんでした。精神的にもかなり落ち込んでいたんです。仕事も細々と続けていたものの、息子の部活や塾などでかなりお金がかかるので、ギリギリの生活でした。精神的にも経済的にも誰かに支えてほしいと思ったんです」
結婚相談所へ行って話を聞いてみると、相手の条件を考える前に、自分自身が心身ともに健康でなければならないことを痛感した。入会を諦めて、しっかりと体調を整えることと、仕事を再び軌道に乗せて生活の基盤を作ることに専念した。
元々コピーライターとして実力があったので、徐々に仕事が増えていった。2年ほど前には大手広告代理店からレギュラーの仕事を獲得した。また、母子家庭への手当や優遇制度があることを知り、生活への不安はかなり和らいだ。不思議なもので、仕事が順調になるにつれて、体調も良くなっていった。
一緒にいても苦にならない男性との出会い
「ふと、考えたんですよ。息子の成人まで、あとたったの5年。それからひとりで生きていくのは辛いと思ったんです。やはり、パートナーがほしいと思い、婚活サイトを覗くようになりました」
婚活サイトには、自身のプロフィールの入力欄ほか、相手の居住エリアや年齢、職業、子供の有無、親との同居など、さまざまなチェック項目がある。また、SNSのような機能もあり、近況などを公開すると、コメントやメッセージのやりとりもできるという。
しかし、その大半は「LINEのIDを教えてください」とか「写真を送ってください」(当時は顔写真がなくても登録できた)、「住んでいるところを教えてください」などといったものばかり。セックスが目的のいかがわしいサイトとあまり変わらないことにガッカリした。
そんな中、ごく普通にコメントをくれた人がいた。56歳のMさんだった。
妻とは死別していた。子供たちもそれぞれ家庭を持って独立した今は、母親と2人で暮らしている。そんなMさんの状況を、メッセージのやりとりで知った。たまたま、Mさんの職場が奈々子さんの自宅から目と鼻の先であることもわかった。親近感が湧いたこともあり、奈々子さんから会いたいと誘った。
「ただ、息子がいるので、飲みに行ったりすることはできません。近所のカフェで会うことにしました。Mさんが仕事を終えてから、店の閉店時間の夕方6時半までの小1時間を過ごしましょう、と。ところが、4時すぎには到着するとの連絡がありました。聞いてみると、有給休暇の消化でこの日は1時間早く退社することにしたそうです。私と会うためにわざわざ会社を早退してくれたのは嬉しかったですね」
Mさんの第一印象は、「真面目そう」だった。そんなに口数も多くはなく、奈々子さんがリードする形だった。若い頃のように、心がときめいたり、めちゃくちゃ楽しいというわけではないが、一緒にいても苦にならない。前夫との離婚の原因はDVであり、今もPTSDで苦しんでいることも打ち明けた。真剣に話を聞いてくれたMさんに対する信頼感も芽生えた。
「それ以来、月に2回ほど、同じ時間に同じカフェで過ごすようになりました。そのたびにMさんは会社を早退していますが、実はこれまでほとんど有給休暇を使ったことがなく、会社からもっと休めと言われていたそうです」
家庭、仕事、結婚準備を同時にやる自信がない
会う回数が増えていくと、互いの性格がわかるだけではなく、どのような半生を送ってきたかも知ることとなる。Mさんの母親が入退院を繰り返していることや、亡き妻と若くして結婚したため、女性と接するのに慣れていないこともわかった。
遠い昔のことで忘れかけていた恋をMさんは楽しんでいた。2人の関係は、最初こそ奈々子さんがリードしていたが、いつの間にか逆転していた。LINEのやりとりで奈々子さんが「ケーキが食べたいな」と書くと、わざわざケーキを買って届けてくれたり、息子の夏休みの思い出作りにと、野球観戦へ連れて行ってくれたりした。
「将来は実家の家と土地を売って、マンションを買おうと思っている」と言われたこともあった。間違いなく、Mさんは結婚を意識しているのだと思った。
「わが家の場合、来年、息子が高校へ入学します。大学進学もお金が相当かかりますから、仕事も頑張らねばなりません。家庭と仕事と結婚に向けての準備の3つを同時にやる自信がなくなってきました。ならば、今の関係のままでよいのではないかとも思いはじめています」
まさに「茶飲み友達」の間柄だが、自宅から車で1時間ほどかかるシーサイドのカフェまでドライブに行ったこともあった。Mさんは助手席に座る奈々子さんの手を握り、高速道路を走らせた。その瞬間、奈々子さんの心は何ともいえない不安と恐怖に支配された。
Mさんの車には何度か乗ったことはあるが、こんなことはなかった。逃げ場のない高速道路だったこともあるのだろう。過去のDVによるPTSDの症状が出たのだ。
「Mさんと身体の関係を持つことは、まだ考えられません。そういう関係になると、束縛したり、変わってしまう男性もいますから、怖いんです。それもMさんには話しました。『僕は絶対に変わらない』って言ってましたが……」
奈々子さんにとってMさんの存在は、いったい何なのか。Mさんがそんな疑問を持つのも無理はない。それを確かめるべくMさんは、1カ月の期間限定で彼氏としてつき合ってみることを提案し、奈々子さんも了承した。
とはいえ、2人の関係がこれまでと変わったのかというと、そうではない。近くのカフェで話してサヨウナラの「茶飲み友達」のままである。間もなく、1カ月が過ぎようとしているが、奈々子さんは結婚か茶飲み友達かの答えを出せていない。