素朴な風情がある竜ヶ崎で「いしかわラーメン」を食べてみた(地味町ひとり散歩 15)

僕の両親は現在、茨城県に住んでいます。92歳の父と86歳の母が常磐線沿いのとある町でふたり暮らしをしています。しかし僕が上京した後に建てた家なので、僕は住んだことがありません。

両親とも生まれも育ちも東京で、僕自身も東京生まれですが、僕が1歳になる前に神奈川県に引っ越したので、僕に東京の記憶は一切ありません。その後も関東の中を転々と引っ越したので、「田舎はどこですか?」と聞かれてもハッキリとは答えられない根無草なのです。

例年だと、正月に兄弟家族など総勢7名が茨城県の「実家」に集合します。でも今年は折りからのコロナ禍で、密になり過ぎるのを避けるため集まることができませんでした。

茨城県の「竜ヶ崎」を訪ねてみる

そして5月。地方に出張することもなかったので、ひとりで両親のもとを訪ねるついでに、茨城県の地味町を散歩しようと考えました。

前から気になっていたけれど行ったことのない竜ヶ崎という町に行くことにしました。

JR常磐線のかつては「佐貫」という名前だった駅でローカルな私鉄に乗り換えて向かうのですが、この佐貫という駅が昨年、龍ケ崎市駅に改名になりました。なので、龍ケ崎市駅から竜ヶ崎駅に行くという、なんだか紛らわしいことになりました。

駅名も「竜」か「龍」か、統一が取れていませんね。

しかも、JRは龍ケ崎市駅ですが、その階段を降りた乗り換えの関東鉄道の駅名は、以前のままの佐貫駅という、初めての人にはこんがらがってしまう事態なのです。

土地の名前にちなんで、列車には、かわいい竜のデザインがしてありました。

さて竜ヶ崎駅に着いて、駅前から歩いてみます。商店街は、僕的になかなか魅力的な佇まいのお店が多かったです。

しかしこのお店では、ほぼ砂糖とタバコぐらいしか売っていません。しかもタバコは、写真を拡大するとわかりますが、「わかば」と「echo(エコー)」という、現在あまりメジャーとは言えない銘柄しか見当たりません。

いったい一日に何人くらいのお客さんが来るのかと、人ごとながら気になりました。

でも、もしかしたら裏でとんでもないブツの取り引きをしているのかもしれません。明日発売の漫画雑誌とかね。

プラモデルを売っている昔ながらの模型屋さんもありました。

子供のころ、不器用な僕は当時一番安かった50円のプラモデルですらまともに作ることができず、寂しい思いをしたことがあります。普通の人が軽々とできることが、僕にはなかなかできませんでした。

最近気がついたのですが、普通の人だったら、力の入れ加減に10段階の目盛りがついていて「これは4の力だな」「これは8かな」と匙加減ができる。ところが、不器用者にはその目盛りがなく、単にオンとオフのスイッチしかついてないのではないかと思います。

例えばネジをまわすとき、不器用者はカラカラと空回りしてしまうか、力を入れすぎてネジ山がねじ切れてしまうかのどちらかになりがちです。つまり、力加減が0か10かしかないのです。

そんな思いをずっとしてきた人生でした。

歩いているうちにお腹が空いてきました。どこか食事ができるところはないかなと思っていたところ、僕の姓と同じ「いしかわ」というお店がありました。

「洋食・お好み焼き・パーラー」と、なかなか多角経営をしているレストランらしいです。

ところが「営業中」の札は掛かっているものの、店内は真っ暗。おそるおそるドアを開けると、季節外れのストーブにあたっているお爺さんが暗闇の中にひとり、そっとたたずんでいました。

少々ビクビクしながら「ええと・・・やってますか?」と聞くと「あー、はい」と言って、パチリと蛍光灯を点けてくれました。

メニューを見ると、店名を冠した「いしかわラーメン」というのが目に止まりました。普通のラーメンの倍の値段ですが、これはこの店の看板メニューに違いない。どんなものが出てくるかと、ちょっと好奇心がわいて頼んでみました。

やがて運ばれてきたのは、鍋焼き風のラーメンでした。具材が海産物から肉まで豪華です。あっさりとしたスープでいただきます。

半分ほど食べたところで、サラダが出てきました。そういえばメニュー表にもそんなことが書いてあったな、と思いましたが、できればラーメンの前に前菜として食べたかったです。

ラーメンの汁を最後まですすり、お茶も飲み、会計をしようと「ごちそうさまでした」と言うと、店主に「コーヒーは飲まんかね?」と聞かれました。咄嗟に「え、サ、サービスですか?」と聞くとうなずくので、それではと、ご馳走になりました。

まあもうスープとお茶で、お腹はタプタプの満タンなのですが。ラーメンを食べた後にコーヒーサービスというのも初めてかもしれません。

ちなみにメニュー表にコーヒーはなかったので、サービス専用だったのかもしれませんね。

ふたたび町歩きを再開します。蔦の絡まる家や風情のあるボロ家が多く、僕好みの町です。

僕は蔦(つた)が好きで、以前住んでいた借家の2階の壁が蔦で覆われてきて「お~、いい雰囲気!」と思ったことがあります。でも、あっという間に大家さんに取り払われてしまって、ちょっと寂しい思いをしたのでした。

神社の手水舎もやはり竜でした。この町を起点として、竜をメインにしたアニメかRPGゲームでも作れば、途端に観光名所になるのかもしれませんね。

もっとも、人が多く訪れたら、この町の素朴な風情が失われてしまうかもしれないので、微妙ではありますが。

絵馬にはこんなことも書かれていました。三浦春馬さんといえば昨年若くして亡くなられたので、なかなか切ないメッセージです。ちなみに三浦春馬さんは、ここから遠くない同じ茨城県の土浦市出身です。郷土の誇りの俳優さんだったのでしょうね。

その神社の敷地には公園があって、すべり台やジャングルジムもありましたが、この遊具は遊び方がわかりませんでした。階段昇り降り遊びでしょうか?

自動販売機で「おっ、レトロな缶ビール発見!」と思いましたが、残念! ガムテープに販売拒否されました。本当はそれをベリベリッと剥がし、持っていない缶を買いたかったです。

「今回はコレクションの缶ドリンクの収穫は無しかぁ~」と思って住宅街を歩くと、なんと空き缶畑がありました。

もしかすると、ちょうどいい季節のときに来たら、新製品の缶が咲き乱れていて、僕はその中で頬を紅潮させながら、たくさんの珍しい缶を手にして乱舞しているかもしれません。

そんな妄想に、夢がパアッと開いた、竜ヶ崎の町でした。

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石川浩司 (いしかわ・こうじ)

1961年東京生まれ。和光大学文学部中退。84年バンド「たま」を結成。パーカッションとボーカルを担当。90年『さよなら人類』でメジャーデビュー。同曲はヒットチャート初登場1位となり、レコード大賞新人賞を受賞し、紅白にも出場した。「たま」は2003年に解散。現在はソロで「出前ライブ」などを行う傍ら、バンド「パスカルズ」などで音楽活動を続ける。旅行記やエッセイなどの著作も多数あり、2019年には『懐かしの空き缶大図鑑』(かもめの本棚)を出版。旧DANROでは、自身の「初めての体験」を書きつづった。

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