「たま」の思い出が蘇る懐かしい街・西八王子(地味町ひとり散歩 27)

今から20年ほど前の2003年、「たま」というバンドが解散しました。僕が長年、メンバーとして活動してきて、そのおかげで少しは人に知られることになったバンドです。

このバンドの結成から解散までのアレコレは、他の人がちょっと体験しないような面白さがあったので、解散の翌年、僕はバンドの自叙伝といえる『「たま」という船に乗っていた』という本を書いて出版しました。この著作はほどなくして絶版になってしまったのですが、最近になって突如、「コミック化したい」というケッタイな漫画家さんが現れました。

出版から18年。その僕の本を原作として、双葉社のネットマガジンで同名の漫画の連載が始まりました。そして、今年7月、その連載をまとめた単行本が発売されたのです。

この漫画は、実在の人物が出てくるドキュメント漫画です。そのため、原作者の僕も「当時の建物はどんな感じだったか」「このときの相手の反応はどうだったか」というエピソードの詳細を思い出して、漫画家の原田高夕己先生に知らせる必要があります。必然的に、たまのことを思い返す時間も多くなりました。

有限会社「たま企画室」の事務所が八王子にあった

当時のたまは、自分たちで自分たちをプロデュースするバンドでした。メンバー4人全員が取締役の一方で、取り締まられる事務員は1人か2人、という弱小有限会社「たま企画室」を作って、自分たちの力でマネジメントもしていました。

バンドを解散したとき、この会社のオフィスは八王子にありました。JR八王子駅に隣接していて、旧国鉄時代には職員の宿泊施設だったというビルの一角を借り、1階にスタジオ、2階に事務所という塩梅で運営していたのです。

今回散歩したのは、その八王子。と言いたいところですが、八王子は多摩地域で最大の都市で、とても「地味町」とは言えません。そこで、隣の西八王子駅に降り立つことにしました。

駅前のロータリーにはこんな石像がありました。僕には「大変だ。どうしよう~」と頭を抱えて困っている人にしか見えないのですが、あなたには何に見えますか?

一見、なんてことない動物キャラがいる歯医者さんですが、ちょっと捻ったダジャレでした。ここに通っている人の何割ぐらいがこれに気づいているのでしょうね。

心の中にあるのなら、どうせ食べられないのですから、高級寿司のほうがいいですね。

ここで化粧品を買ったら、なんとなくメイクが失敗するんじゃないかと思ってしまうのは、僕だけでしょうか?

ロックカフェ「アルカディア」。この店には、「たま」がアマチュアだったころから出演させてもらっていました。インディーズで出した唯一のアナログLPレコード「しおしお」の裏ジャケットには、この店で撮った僕たちの写真が使われています。

昨年、マスターが病気のために亡くなってしまいましたが、残されたスタッフが店を続けています。お近くの方は、ぜひ、僕らの思い出の地のこのお店に行ってみてください。

古い農協の看板を見つけました。今は「JA」と呼びますが、まだ「農協」と呼ばれていた時代にテレビCMに出たことがあります。

CMの中には、僕がおにぎりを頬張るシーンがあったのですが、僕の顔より大きい本物のおにぎりでした。とても重かったうえに、炊き立てのご飯で、ものすごく熱いのです。両手で持たなければならない大きさだったので、熱さを逃がす場所がありません。また巨大さゆえに、おにぎりが自重に耐えきれずどんどん崩れていくのを必死で直しながら、撮影しました。

当時は事務所に所属していて「たった1日のCM撮影で、ひとりに100万円ずつあげるよ!」と社長に言われて喜んで出たのですが、後で他の人から「当時の君らだったら、数千万円、もしくは1億円近いギャランティだったかもしれないよ」と言われました。「騙された…」と思いましたが、後の祭りでした。

そういえば、社長がしばらく後に高級外車に乗り換えて、颯爽と事務所に乗りつけていましたね。

国道沿いには、昔懐かしい牛乳の看板や、最近あまり見かけなくなった牛乳瓶入れも健在でした。

僕が空き缶コレクターだということをご存知の方も多いでしょう。正確に言えば「自分が飲んだ、デザインが違うドリンクの空き缶」のコレクターなのですが、僕がそんなコレクションを始めたきっかけは友達でした。

路上観察学会を主催する作家の赤瀬川原平さんに師事していた「穴あきブロック塀の写真コレクター」の広瀬くんと、「九九が成立している車のナンバープレートの写真コレクター」の徳山くん。この二人の友人の独自コレクションに感化させられて、僕も何かやってみようと始めたのです。

そのブームはさらに僕の友達にも広がり、各地の便所に入ってトイレットペーパーを集める奴、古い鉛筆を探して文房具屋を駆け巡る奴、そして、この写真のような牛乳瓶や牛乳瓶入れのコレクションを始めた友達もいました。なので、こういうものを見かけるたびに「あいつ、これは持っているかな?」と、その友達を思い出しますね。

みなさんも「他の人がやっていないコレクション」を始めてみませんか? 誰もやっていなければ、すぐに日本一になれますよ。

ちなみに僕の空き缶は約3万本で、引っ越しのたびに引っ越し屋さんに驚かれ、笑われます。3万本というと数は多いですが、費用はそれほどでもありません。スーパーマーケットの安売りでも買うので、1本100円として、せいぜい300万円程度です。

それで日本一(もしかしたら世界一)になりました。このコレクションのおかげで出ることになったテレビやラジオや雑誌は数十回。書籍も出版されたので、そのギャランティや印税でほとんど元が取れている、お得なコレクションです(笑)

鹿児島の女、ユミ子がいる店。西郷隆盛のような男がカウンターの小さい椅子に座りながら、芋焼酎を飲んでいそうです。

そのすぐ近くにあるのが、この大衆食堂でした。

事前に調べたところ、鶏肉を300gも使った唐揚げ定食がたったの500円で提供される昭和そのままの食堂ということで、「ここで昼飯を食おう!」とちょっと意気込んでいました。

ところが、営業中と書いてあってドアも開くのですが、店内は真っ暗で、人の気配がありませんでした。1時間くらい近くを散歩して再び訪れてみましたが、同じでした。

もし西八王子に行く機会のある人がいたら、この店が営業しているのか、もしくは厨房の中に倒れた店主がいないか、確認してください。

結局、駅前の立ち食い蕎麦屋に立ち寄り、390円のかき揚げ蕎麦をたぐって家路に着きました。

この日は秋晴れ。甲州街道の銀杏並木もとても綺麗な、気持ちのいい散歩日和の一日でした。

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石川浩司 (いしかわ・こうじ)

1961年東京生まれ。和光大学文学部中退。84年バンド「たま」を結成。パーカッションとボーカルを担当。90年『さよなら人類』でメジャーデビュー。同曲はヒットチャート初登場1位となり、レコード大賞新人賞を受賞し、紅白にも出場した。「たま」は2003年に解散。現在はソロで「出前ライブ」などを行う傍ら、バンド「パスカルズ」などで音楽活動を続ける。旅行記やエッセイなどの著作も多数あり、2019年には『懐かしの空き缶大図鑑』(かもめの本棚)を出版。旧DANROでは、自身の「初めての体験」を書きつづった。

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