下北沢の兄弟「上北沢」にはボブ・ディランが似合う(地味町ひとり散歩 28)

東京で「若者の町」と言えば? まず思い浮かぶ町の一つが「下北沢」ではないでしょうか。僕もなじみのあるライブハウスがいくつかありますし、小劇場も多いです。高円寺と並ぶサブカルチャーの町と言っても過言ではないでしょう。

下北沢は京王井の頭線と小田急線の駅ですが、京王線には「上北沢」という駅があります。言わば、上下の北沢ブラザーズ。けれども、下北沢とちがってさほど噂を聞きません。あまり陽の目を見ることのない上北沢に、初めて降り立ってみることにしました。

上北沢の駅を出ると、北口に小さな商店街があり、南口はほぼ住宅街という感じでした。まず、商店街のほうから歩いてみましょう。

いきなり「1000円カット」ならぬ「690円カット」という破格なヘアサロンがありました。ちょうど髪の毛を切ろうと思っていたタイミングなので「これはいい!」と入ろうとして、ハッと気づきました。

「平日タイムサービス」と書かれていますが、今日は土曜日。カットが終わった後で「6900円になります! 今日は平日じゃありませんからね!」と言われ、財布がカラッポ、涙がポヨヨヨーンとなる可能性に気づき、慌てて退散しました。

結局、そのすぐ近くに1000円カットの理容室があったので、そこで刈ってもらいました。

ただ、いつも思うのですが、僕の注文は「2mmの丸刈り」なのでバリカンでザーッとやって終わりです。この日も3分くらいで終わりました。理容師さんにとっては、簡単でお得なお客かもしれませんね。

僕が初めて丸刈りにしたのは25歳くらいのとき。それまではずっと長髪でした。

でも、髪を整えるのがめんどくさくて坊主にしたら、これがまぁ、楽。風呂から上がったときも、ドライヤーはおろか、タオルでひと拭きすれば乾きます。もちろん髪型を考える必要もありません。

みなさんも一度、試してご覧なさい。坊主の気楽さに感激して、他の髪型に戻す気にならないかもしれませんよ~

ちなみに髪の毛ゼロの、いわゆるツルツル頭は別の苦労がありそうです。うぶ毛の処理などがあって、こちらのほうが大変だと思います。

入口ビルというビルがありました。「あそこに入っていく人を見たことはあるけれど、出てきた人はひとりも見たことがない・・・」というビルかもしれません。もし誰かにこのビルに呼ばれたら、まず出口を確認してから入るほうが無難かもしれないですね。

銭湯もありました。「砂糖のなごみ湯」だそうですが、砂糖入りのお風呂はなんか体がベトベトしそうです。しかも出たあとに蟻がたかってきそうで、ちょっと躊躇しちゃいますね。

ニコニコ笑っている顔が描かれているので、絶対に「エガオ(笑顔)」と読むと思ったら「イーガオ」でした。なぜ!?

小池というラーメン屋さん。これを見るとどうしても「オバケのQ太郎」を思い出してしまうのは、僕らの世代の特徴かもしれません。モジャモジャ頭で眼鏡をかけて、いつもラーメンを食べている「小池さん」という藤子不二雄漫画のキャラクター。それ以外に何をするわけでもないのに、妙に印象に残ってますね。

ところで「小池さんが出てくるのはオバケのQ太郎だったよなあ?」と思い、確認のために一応ネットで調べてみたところ、衝撃の事実がわかりました。

「ラーメン大好き小池さん」はシャ乱Qの歌にもなったりしているので、誰もがあの人の名前は「小池さん」だと思っているでしょうが、実際のモデルは、当時の藤子先生の仕事仲間でアニメーターだった鈴木伸一さん。だから、本当の苗字は「鈴木さん」なのだそうです。

それなのに、なぜ「小池さん」と思われているかというと、その家の表札が「小池」だったから。ラーメン男は「小池さんの家に下宿している鈴木さん」という設定なのだそうです。

ひとり歩きした名前やイメージというものは、なかなか覆すのが難しいですよね。

さて、お腹が空いてきたので、そろそろお昼にしようと南口にまわってみます。最初に書いたとおり、南口には商店があまりありません。理由のひとつは、この写真のように線路に沿った土地が京王線の立体交差のために買収されていて、ほとんどが空き地になっているからだと思われます。線路沿いは一等地ですから、以前はそれなりに商店もあったのではないでしょうか。

そんな中、一軒の中華料理屋さんが、頑固に立ち退かずに営業していたので入ってみました。

店内は思った通りの昭和テイスト。僕の好きなタイプのお店でした。

好物の酢豚定食を注文しました。トロミが効いた味の濃さに、ご飯もすすみます。

このお店もそう遠くないうちに接収されて、鉄道路線のために消えていってしまうのかと思うと、ちょっと切ないですね。

住宅街をポクポクと歩いていくと、風情のある池が出てきました。ところが、柵があって中には入れません。

説明書きがありました。どうやら現在は病院の敷地のために、部外者は中に入れないようです。

将軍池という名前は、造園作業に従事した精神障害の患者で、「将軍」と自称していた人物に由来しているそうですが、こういうネーミングは粋な感じがしますね。

散歩を終えて、上北沢駅に戻り、駅近くのスーパーマーケットに入りました。

自分のコレクションである缶ドリンクやインスタントラーメンを探すためです。ちなみに、僕は空き缶コレクションが有名ですが、「自分の食べたインスタントラーメンのパッケージ」もコレクションしています。実は、僕が個人名で最初に出した著書は、30年近く前に出版した「イラスト図鑑 インスタントラーメン」という本なのです。

ここは何の変哲もないチェーンのスーパーマーケットですが、店内に入ってみると、かかっていた音楽はボブ・ディランの「ハリケーン」でした。店内BGMでボブ・ディランがかかるところが、下北沢の兄弟である上北沢の面目躍如といったところでしょうか。

以上で僕の上北沢散歩は終わりなのですが、今回この町に来たのはもうひとつ理由があります。

ここからほど近い三軒茶屋で、僕の義兄でミュージシャンの佐藤幸雄さん(ex.すきすきスウィッチ)が歌っているからです。2年以上にわたり、毎週土曜日にストリートに立ってひとりで歌っているので、それにナイショで乱入しようと思ったのです。

ストリートで演奏する佐藤幸雄さん(右)と僕(撮影・ガイさん

僕は予告もなく、パーカッション用の桶や鍋を担いで、いきなり現れました。それを見て、ニヤリとしてくれた義兄さんと、何の打ち合わせもなく、そのまま路上で楽しく即興セッションしましたとさ。

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石川浩司 (いしかわ・こうじ)

1961年東京生まれ。和光大学文学部中退。84年バンド「たま」を結成。パーカッションとボーカルを担当。90年『さよなら人類』でメジャーデビュー。同曲はヒットチャート初登場1位となり、レコード大賞新人賞を受賞し、紅白にも出場した。「たま」は2003年に解散。現在はソロで「出前ライブ」などを行う傍ら、バンド「パスカルズ」などで音楽活動を続ける。旅行記やエッセイなどの著作も多数あり、2019年には『懐かしの空き缶大図鑑』(かもめの本棚)を出版。旧DANROでは、自身の「初めての体験」を書きつづった。

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