海の近くの「長太ノ浦」さりげなくカッコイイ町だった(地味町ひとり散歩 3)

今年はまだ、海を見ていませんでした。

もともと海なし県の埼玉県在住ですが、例年ならライブツアーで全国を旅するのが仕事ですから、その合間合間に海を眺めることがありました。ところが、今年はコロナのおかげでライブツアーは壊滅的で、海の近くに行く機会もなかったのです。

そんな折、ようやく三重県の津からイベントのオファーがあったので、その途中で海を見に行く散歩をすることにしました。

そこで、名古屋から三重方面に向かって海沿いを走る近鉄の路線図を見て、急行の止まらない「地味町」を探し、さらに海から近い地点を見ていったところ「長太ノ浦」という駅が見つかりました。

「ナガフトノウラ?」

長くて太いとは、これまた男性憧れの雄々しき立派な地名です。ここに決め、一路向かいました。

名古屋から近鉄で「長太ノ浦」へ

実は、長太ノ浦は「ナゴノウラ」でした。「ナ」は分かるけど、「太」を「ゴ」と読むなんて、日本語はやっぱり難しいです。

隣の駅の読み方も独特です。「楠」はクスノキではなく「クス」、箕田はミノダではなく「ミダ」でした。

そういえば、ポピュラーな苗字である服部(ハットリ)も五十嵐(イガラシ)も、僕たちは知っているから読めますが、この苗字に初めて接する外国人にしてみれば、いくら日本語が出来たとしても習っていない限り「フクベ」「ゴジュウアラシ」としか読めないでしょう。

もはやある意味、言語として崩壊しています。日本語を勉強している外国の方には「ドーモスイマセン」と故・林家三平師匠のように謝るしかありませんね。

さて、名古屋から乗って来た急行を四日市で各駅停車に乗り換え、目的の長太ノ浦に着きました。駅前にはコンビニはおろか、雑貨屋の一軒もありません。まさに地味駅です。人もほとんど見かけません。

しばらく海に向かって歩いていると、どこからともなく「フォッフォッフォッ。どこに行きなさる?」という声が聞こえた気がしました。

「おやっ、人の姿がないのに一体ナニヤツ?」と思ったら、なんと横の建物でした。まるで進撃の巨人のような大きな顔がこちらを見ていました。

「むむっ、この町には何かがある」

そのとき、そう思ったのでした。

ところで、時刻はちょうどお昼時。朝から何も食べていなかったので、お腹が減ってきました。

この町で何か食べるものはあるのだろうかと思ったころ、いい具合にうどん屋「めん広」さんが現れました。

僕はうどんより蕎麦のほうが圧倒的に好きで、外食をするときは二回に一回は立ち食い蕎麦屋に入るほどの蕎麦好きなのですが、ここはうどん専門店。背に腹は変えられないし、ここ以外に食堂があるとは思えない感じだったので、店の前まで行ってみました。

すると、天ぷらうどん定食が「本日のサービス」で100円引きになっています。

僕は値引きには体が逆らえない特異体質なので、足が自然とすすーっと店内に吸い込まれ、無意識のうちに口が勝手にサービスメニューを注文していました。

うどんは注文が入ってからの手打ち。味はあっさり系でおいしかったです。デザートには杏仁豆腐も付いていました。

さて腹もいい感じに膨れて、一本道を歩いて行きます。

と、いきなり海がドドーンと現れました。

いつも海というものは、じわりじわりではなくて、突然現れてビックリさせられるものですね。海も毎回「してやったり」とニヤリとしているような気がします。

向こう側は知多半島でしょうか。左手には名古屋の高層ビル群も見えます。何人かの釣り人が釣り糸をのんびり垂らしています。空はまさに天高い秋晴れ。最高に気持ちのいい潮風風景です。

実をいうと、僕は生まれは東京ですが、一歳の時に神奈川県に引っ越したので東京の記憶は一切ありません。そこから小学校一年の終わりまで、藤沢市の鵠沼(くげぬま)というところに住んでいました。

関東のテレビの天気予報では江ノ島とその向かいの鵠沼海岸がよく映りますが、あの海岸まで徒歩で7~8分のところに家があって、夜寝るときはいつも波の音と暴走族の音が交互に聞こえていました。つまりは桑田佳祐超えの生粋の湘南ボーイなのです。

しかし当時は、海が「水でできた巨大な化け物」のように見えて、海岸線から20メートルは離れないと歩けないくらい、怖くてブルブル震えていました。そんな情けない湘南ボーイでした。

「カッコイイ◯◯」が次々と現れる町

さて、しばし長太ノ浦の海を堪能した後、町散歩に戻ることにしましょう。

と、現代美術のオブジェのような素敵な建築物を見つけ、思わずパシャリ。

まあ裏に回れば、廃屋の物置なのですが、わざわざ舞台裏を見ることもないでしょう。ともかく青空に映えて、なんだかとってもカッコイイ建物でした。

さらに歩くと、今度はカッコイイ車が現れました。

僕は免許を持っておらず、車に全く疎いのですが、これはフォルクスワーゲンというやつでしょうか。

本当は、車に片手を置いて最近はやりの「バエ」という写真でも撮ってみたかったですが、不審者と思われるので遠慮しておきました。

そして少し歩くと、ひょいと現れた通り道のブロック塀の飾り穴も気になります。よく見ると、なんだか少ししかめっ面をしているような、重厚でカッコイイおじさまでした。

実は僕が空き缶のコレクションを始めたきっかけは、旅をしながら全国の穴あきブロックの写真を撮って蒐集している友達のおかげなのです。それに感化されて僕も「人の集めてない物を集めてみよう」と自分の飲んだ空き缶を集め始めたのでした。

写真家としても活動しているその友達、広瀬勉くんは、現在高円寺で「鳥渡(ちょっと)」という素敵な写真バーをやっているので、お近くの方は覗いてみてください。

途中の自販機にあった髭のキングも、やはりカッコイイですね。キングというより、中国あたりの王様ですけれども。

この缶はすでに蒐集済みでしたが、新製品で80円は安いですね。格安のキングです。

さて、ぼちぼち駅に戻ろうとしたとき、「オヤッ、あちらになにか塔みたいなものが見えるぞい」と思い、少し距離はありましたが、のこのこと歩いて行ってみました。

すると、RPGゲームに出て来そうな工場の塔が。こういうのって、なんだか痺れますよね。カッコイイ!!

総括。長太ノ浦は、さりげなくカッコイイが詰まった町でした。

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石川浩司 (いしかわ・こうじ)

1961年東京生まれ。和光大学文学部中退。84年バンド「たま」を結成。パーカッションとボーカルを担当。90年『さよなら人類』でメジャーデビュー。同曲はヒットチャート初登場1位となり、レコード大賞新人賞を受賞し、紅白にも出場した。「たま」は2003年に解散。現在はソロで「出前ライブ」などを行う傍ら、バンド「パスカルズ」などで音楽活動を続ける。旅行記やエッセイなどの著作も多数あり、2019年には『懐かしの空き缶大図鑑』(かもめの本棚)を出版。旧DANROでは、自身の「初めての体験」を書きつづった。

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