接客経験ゼロの私が「歌舞伎町のバー」で働いて気がついたこと
若いうちにやっておけばよかったと思うことのひとつ、それは接客業だ。若いうちに一度はやっておけばもう少し愛想よくなったのに……と思うことしきりである。もう少し身のこなしとか、営業笑いとか、どうにかなったんじゃないかという気がする。
その話をいまさらながらに知人にしてみたところ、「じゃあやってみる?」と、その知人が経営するバーで働かせてもらえることになった。接客経験ゼロで大丈夫なのか……と心配していると、「ちゃんと研修があるから」というフォローがあった。
自宅学習で接客を学ぶ
研修当日、昼間から現地のビルに赴いてみると、そこは歌舞伎町の路地裏。以前、お店に行ったことはあるものの、たいてい3軒目くらい。人に連れられて来たのではっきりした場所を把握できていなかったが、明るいとだいぶディープな場所にあることがわかる。木戸を開けて2階に上がるとオーナーである知人が待っていた。
バーは、カウンター8席のみの小さな造り。基本的にはバーテンダーがひとりで切り盛りするお店だ。
まずは戸締まりから安全管理などを教えてもらう。火気の取り扱いはけっこう重要だ。なんせ新宿の中でもゴールデン街以上に古い建物が立ち並ぶ地帯。木造建築が密集しているため、火事になると大変なことになる。
安全管理の次は、いよいよバーでの仕事について。機器の使い方やビールサーバーの洗い方まで一通り習う。
そのあとカクテルの作り方を教えてもらえると思いきや、「家でカクテルくらい作るでしょ?」とオーナーが一言。いや、作りません! ビール党なんで!! 家でカクテルを作るとか、ある一定の年齢以上の男性だけなんじゃない!?
よって肝心のカクテル作りは自宅学習に。アマゾンでカクテル用メジャーカップを購入し、カンニングペーパーというかレシピメモを作成。エクセルで表を作ってみたら、法則性があることに気がついた。受験勉強みたいな感じになってきたが、たぶん大丈夫のはず……。
さらに、『はじめての接客』という本をとりあえず読んでみた。これで大丈夫なのだろうか……?
無情にもオープン時間が来た!
不安が募る中、とうとうバーテンダーデビューの日に。新人に付き添ってくれるはずのオーナーは来ないし、不安でいっぱい。知人に告知をしてみたものの、バーが入り組んだ場所にあるため、たいていの人は道に迷う隠れ家的な店だ。
こころもとないうちに、最初のお客さんがやってきた。なんと外国人観光客。ジャパニーズビールをすすめて飲んでもらう。会話はおぼつかないままだったが、何とか乗り切った。次のお客さんは常連らしく、オーダーはアーリータイムス(ウイスキーの銘柄)のロック。「初めてなんですー」という言い訳が効くのは今日だけなので、思い切りやってみる。
次のお客さんは友人だったが、安定のアーリータイムスのロック。次のお客さんもアーリータイムスのロック! せっかく自習したカクテルの出番がない。そうこうしているうちに時間は過ぎていく。
客とのコミュニケーションも大事
バーではお酒を作るだけではなく、お客さんとのコミュニケーションも重要だ。比較的「ひとり飲み」のお客さんが多いこの店では、お客さんが酒を飲みに来ているのか、話をしたいのかを見極める必要がある。
「ひとり飲み」は、バーテンダーや隣客との会話を楽しむものと自分は思っているが、ひとりの客がみんなそうだと思ってはいけない。
この店に来るお客さんは、あまり話しかけないほうがベターな雰囲気。空気を読み、お客さんのほうから話しかけてきたら、やっと会話をスタートする。このように、「ひとり」を楽しみたいのか、そうでないのかの判別が肝心になる。
初めてのカクテル作り
それにしても酒を出すだけでなく、つまみも出したり、会計したりと、ワンオペだとけっこう忙しい。最近流行りの日本酒専門店やワイン専門店が、酒しか出さない理由がなんとなく理解できた。酒を注ぐだけならいいけど、他の種類の酒を作ったりするのはやはりプロの技……。
そうこう考えているうちに、最後のお客さんがカクテルを頼んでくれた。オーダーはカルーアミルク。初めてのカクテルだ。
これは牛乳とカルーア(コーヒーのリキュール)を混ぜるだけで楽勝! 接客はインタビューだと思えばいけた。初めての接客は、意外に大丈夫でした。カウンター越しに会話を交わしているうちに閉店が近づき、なんとか4時間を切り抜けた! これにて閉店。
これまでの人生で得た経験が、何かしら役に立つことがあるのが人生の不思議。バーテンダーとしての体験もこの先の人生に役立つかもしれない。
※編集部注:バー「hana」は2020年に閉店しました。