近所においしい「揚げ物屋」があるだけで、日々の暮らしは豊かになる

揚げ物屋が近くにある幸せをかみしめる(イラスト・和田靜香)

それは運命の邂逅としか言いようがない。

9月末の午後、ひとり近所を歩いているとき、揚げ物屋を見つけた。間口の小さな店。扉は開け放たれている。道路からそのまま一歩入れば、小さなガラスケースがあって、数種の肉が並ぶ。その前には幾つかダンボールが置かれ、調味料やら「うまい棒」やらが入っていた。

奥を覗きこもうとする私を自転車に乗ったおじさんがキキキッと遮り、慌てて店に入ると、

「コロッケ4個とハムカツ4枚っ!」

そう高らかに注文し、そこが揚げ物を主に扱うお店だと分かったんだ。

そうか、揚げ物屋さんなのか! 近所にこんな所があったなんて! 知らなかった! なんて嬉しい!

一通り喜びを噛みしめ、しかしご飯食べた直後だったのでそのまま通り過ぎた。

注文を聞いてから揚げてくれる手作り感

数日後、地図で店を確認して行き直した揚げ物屋。間口1メートル半ほどのこじんまりした店。60代ぐらいのオバちゃんに、30代ぐらいの男性はたぶん息子、そして同年代の女性は妹か妻か。3人で切り盛りをしている。

揚げ物屋を元気よく切り盛りするオバちゃん

「こんにちは~」と声を掛け、入口に貼ってある手書きのメニュー表を見る。コロッケ86円、ハムカツ108円、メンチ97円、ハッシュポテト75円、ロースかつ80グラムで324円などなど……。

お手頃値段に興奮して闇雲に注文したくなるが、どうどうどう、自分をなだめる。

「ハムカツと、メンチ、それにコロコロポテトをください!」

コロコロポテトはハッシュポテトを細かくしたようなもので、メニュー表を見てる間に男子高校生が買っていて欲しくなった。

「ハムカツとメンチとコロコロね。1つずつ?」

「はい!」

「少し待ってて。今から揚げるから」

注文を聞いて、その都度揚げてくれるのか! ハムを冷蔵庫から取り出し、粉から付けて揚げていて、期待は否が応にも高まる。ニコニコが止まらないまま店内を見回すと、入口左の壁に日馬富士の色紙を発見。さらに相撲カレンダーに番付表まで貼ってある!

「日馬富士のファンなんですか?」

いきなり話しかける。

「近所に好きな人がいて持ってきてくれるのよぉ」

ええっ、うらやましい。

「私、日馬富士の断髪式に行ってきたんです」

「へぇ~、それはすごいっ!」

こういうのが楽しい。お店の人との、なんてことのないおしゃべり。にしては、熱く語ったのだが。

「はい、どうぞ、291円ね」

袋を受け取ると、熱くて持てないくらい。一刻も早く食べたいと自転車を飛ばして家に帰り、キャベツをざくさく切って皿に並べた。

左から、コロコロポテト、ハムカツ、メンチ

「おおっ!」

思わず声が出る。なんて壮観だろう。

ご飯もよそわず、一気に食べてしまった。ハムカツにはチーズが挟まれ、とろーり溶けている。メンチも、「ジューシーって何だ?」と問われたら、「これだ!」と大きくコールしたい。コロコロはコロコロ。ああ、私が平松洋子さんだったら、この美味しさを丁寧に伝えられるのに、ごめんなさい。

揚げ物屋のメンチにはキャベツを添えたい

しかし、この満腹感、満足感、多幸感。揚げ物は喜びをくれる。そりゃ近所のコンビニにもスーパーにもある。数年前にコンビニでバイトしてた時、私は揚物係だったからコンビニの揚げ物なんてダメ、とは言えない、言いたくない。コンビニのアメリカンドッグは私の大好物だ。

でも、揚げ物屋さんの、揚げたてに適うものはない。手作りの味はとびきりだ。コンビニの揚げ物なら袋のまま手で持って食べるのが似合うけど、揚げ物屋のはちゃんとキャベツを添えて美味しく食べたい。店のオバちゃんの笑顔が浮かび、その手を感じる。

あまりの美味しさと喜びに、翌々日にまたいそいそ行ってしまった。今度はコロッケとロースかつ。コロッケは濃い目に味付けがされていてソースいらず。ロースかつはお箸で切れる柔らかさ。これで合計540円だなんて。幸せは意外とすぐ側にあって手に入るんだなぁと思った。

ロースカツ(左)とコロッケ

夕方まで出掛けた日、駅の駐輪場で「そうだ、揚げ物買って帰ろう!」と思いつき、急ぐ道のワクワクたるや!

「ヤッホーヤッホー揚げ物ヤッホー」

妙な節を付けて歌い、自転車を立ち漕ぎする勢い。

息を切らせて着けば、夕食時の揚げ物屋さんは大した行列で、それぞれ家族全員分を買って行く。

「コロッケはもう売り切れね~!」

おばちゃんの元気な声が響いて、みんな財布を手にジッと待つ。おばちゃん一家3人総出で肉を叩いたり、串カツを串に刺したり、揚げたり、揚がったものを包んだり、てんてこ舞い。フライヤーの前はパン粉や小麦粉だらけで、おばちゃんたちもあちこちに粉を付け、油と汗でぺったぺたの顔をしている。

聞けばこの店、開店から50年にもなるという。ずっとこの小さな店で、揚げ物を揚げてきたのか。私は何よりそういう人生を尊敬する。スクッとそこに立つだけで人を喜ばせる大相撲の横綱も尊いが、揚げ物屋のオバちゃんも同じに尊いのだ。

「はい、お待たせしました。から揚げとハムカツ、串カツ2本ね」

興奮して少々買いすぎてしまったが、いいや、明日また食べよう(と、翌日昼に温めて食べたらおいしゅうございました)。

近所に美味しい揚げ物屋がある。それだけで、日々はなんと豊かになるか。おかずがあれこれ揃う総菜屋も、そりゃあって欲しい。だけど揚げ物こそ、一人暮らしの身が、増してや仕事を終えて帰宅してから作るにはハードルが高すぎる。独りの暮らしには、近所に揚物屋が必要なんだ。

揚げたての揚げ物。ハフハフ、さくさく、キャベツもりもり。この幸せは代えがたい。独りのお昼も、独りの夕べの食卓も、みっちり詰まったその食べごたえに、心まで満腹になる。ああ、揚げ物屋万歳!

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