東京の夜の街を歩きながらパンを配る…ホームレス支援の「夜回り」を体験してみた

(イラスト・和田靜香)

「夜回り」に参加してきた。

東京の夜の街を歩き、路上で生活する人を見かけたら声をかけ、美味しいパンと「路上脱出ガイド」という小冊子を渡す。ホームレス状態の人などの自立やスポーツ・文化活動を応援する「認定NPO法人ビッグイシュー基金」と、生活困窮者の支援活動を行う「一般社団法人つくろい東京ファンド」が合同で月に一度、第3月曜夜に行う夜回りだ。

と書いてみて、はたしてDANROを読む人がどれぐらいホームレス支援に関心があるだろうか?と思った。いや、別にDANRO読者に限らない。一般に、ホームレス支援にどれぐらいの人が関心を寄せているだろうか?

日頃私がまず感じるのは、そこにホームレスの人がいても気づかない、という視線だ。他人に関心がないんだろう。また、気づいても、なんだか怖いように感じるという声を聞いたこともある。さらに、何か支援をしてあげたいと思っても、どうしたらいいか分からなくて、一歩が踏み出せないともよく耳にする。できれば何かしたいという気持ちはある、という人が実は多いんじゃないか。

なので、私が行って、ホームレス支援の体験談をお知らせしましょう、と思った。

歩きながらホームレスの人に声をかけていく

夜回りの集合は、新宿区の曙橋にある「ビッグイシュー」の事務所に夜7時。着くと、すでに参加する人たちが集まっていた。その夜は私を除いて計11名。8名の一般参加者に、基金の人が2名、つくろい東京ファンドの人が1名という布陣だ。夜回りには4コースがあり、この夜行くのは飯田橋~護国寺だという。

軽くお互いに自己紹介をし、さっそく電車を乗り継いで飯田橋に向かった。道々歩きながらホームレスの人がいないかを見て、声をかけるのだが、その際、「ワッといきなり何人もで行かないでください。『ボランティアでパンを持って来たんで、よかったらどうぞ』と話しかけ、話ができるようでしたら、生活のことを聞いてみてください」と、説明を受ける。

夜回りに向かう参加者たち

野良猫だって、いきなりワッと行ったら怖くなってピュッと逃げる。人だって当り前だが警戒する。

飯田橋駅に着いて歩き出し、すぐに気付いたのは、路上生活が出来ないようにするための様々な障害物の多さだ。つくろい東京ファンドの人が「これもそうです、これも」と指す先には、歩道橋の階段の下など、うまいこと雨風が避けられそうな場所に作られた柵や、ホコリをかぶって、どう見ても長年放置されている無意味に置かれた様々な障がい物がある。

一体どうしてそんなものを作らなきゃいけないんだろうか? ……それはですね、と説明をとくとくと受けそうなので、とりあえず先へ急ぎます。

少し歩くと、何度も夜回りに参加しているという男性が、道の脇にある生垣の中に入って行った。えっ?そんなところに?と思う場所にホームレスの人がいるようだ。とても私のような横幅の大きい人間は入っていけない狭い場所。目を凝らすとスマホ?の明かりが小さく光っている。

夜回り男性が少し話をして、パンと小冊子を渡して戻ってきた。「どんな方でしたか?」と尋ねると、4~50代ぐらいの小柄な男性だったという。

スマホを持つのは、日雇いなどの仕事を昼間するための連絡に必要なんだそう。かつて家があった頃に契約したのだろうか? 銀行口座は今もあって、そこからスマホ料金だけが当たり前のように毎月、引き落とされていくのか(いや、違うな。貯金なんてあるわけないから、支払いに行くんだな)。

ついこの間まではきっと、その人にも住む所があった。でも、何らかの理由で今それはなくなり、スマホだけを手に路上に生きる。路上生活が普通の生活と繋がっていることに実感を持つと、それは衝撃となって後頭部をゴンとやられる気がした。

「貧困問題が現実に目の前にありました」

また先へ進む。夜の街では仕事を終えた人たちが当たり前に家路へ急ぐ。大勢でぞろぞろ歩く私たちは時にはちょっと邪魔になり、何この人たち?という目で何度も見られた。怪しい一団、夜を行く。

歩きながら同行の方々とも話をした。ビッグイシュー基金でインターンとして働く大学生の女性は、将来も貧困支援の仕事をしたいと話す。私が普段は音楽や相撲のことを書くライターなんだと言うと「私もロックとか好きです!」と音楽が好きな大学生だ。

もう一人のビッグイシュー基金で働く男性も20代後半と若くて、私が「若い人たちが貧困救済の仕事をするんですね? 私が20代の頃はそんな仕事をしようなんて思いつきもしなかった。当時は、ホームレスは好きでやってる、なんて言われた時代でした」と言うと、男性が「僕が学生の頃、ちょうど年越し派遣村などが大きくニュースになって、貧困問題が現実に目の前にありました。こういう仕事を選択するのは何も特別なことじゃないんです」と言う。

歩く歩く。3月のこの夜はけっこう暖かくて、ぐるぐるに巻いていたマフラーが暑くなって汗をかき、それを鞄にしまう。でも、1月や2月はさぞや寒いだろう。「寒かったでしょう?」なんて何度も参加してる人に当たり前のことを聞くと、「すごく寒かったです」という当然の答えが返ってきた。すごく寒い中でもホームレスの人は路上にいるし、夜回りも行われてきた。この会では2年ほど前から夜回りをしてきたとか。

ちなみに、ホームレスの人たちは何も仕事をしてないわけでもないし、ただ寝てるだけというわけでもなくて、そこに荷物を置いて、どこかに行ってる場合が多いことを、この夜に知った。一週間ぐらいずっとどこかに働きに行ってることもあるんだとか。

スーツケースやひとまとめにした荷物にブルーシートをかけたものがそこここにあり、主の姿はない。そこにもパンと小冊子を置いて行く。私も2か所で置いた。でも、あちこちに「ここに物を置かないでください」と貼り紙がしてあった。

荷物の上に、パンと小冊子を置いていく

パンといっしょに置いて行く小冊子は、正確には「路上脱出 生活SOSガイド 東京23区編」という。ビッグイシュー基金が作った。ページを開くと「今日を生き抜くために」と、民間で支援を行っている団体のリストと支援の内容のほか、食べ物がないとき、体調が悪いとき、泊まるところが欲しいとき、今すぐ仕事がしたいときの対処法や、行政の支援といったことが細かく丁寧に書かれている。暮らしを建て直すための手立てや、様々な悩みに答える機関の案内もある。

路上で一人生きる人を、一人きりにさせないため、とにかく必死に手を差し伸べる冊子だ。今日歩く人たちも、路上の一人を「一人きり」にさせないために手を差し伸べる、一人一人の人たちだ。

雨だけはなんとかしのげるような区域に入ると、あちこちにホームレスの人がいた。行く前は「こんな都心にホームレスの人なんているの?」なんて思ってたけど、大勢いた。

とはいえ、実際には東京都内のホームレスは一時期より減っているという。それがどういう理由なのか? いい影響なのか悪い影響なのか、両面あるんだという。何かに追い立てられた結果、どこか別の場所に行ったのか? 自殺を選んでしまったのか? それとも生活保護などの援助が働いているのか?

道のど真ん中に寝ている男性も・・・

パンを渡して話をしてみたかったが、ホームレスの人に私は気がつけず、さらに一歩が出なくて、馴れた人がずんずん進んで行くのを後ろから見ていた。どの場合も道を普通に歩いていたら気づかない、隅っこの何かしらの障害物に隠れるようにして居る。小さく小さく遠慮して生きている、と感じた。

とある一人のホームレスの人は「たぶんまだ30代ぐらいの人で、知的障害か精神疾患を持ってる人です」と、慣れた男性が説明してくれた。長く路上生活をする人は知的障害や精神疾患などを抱えている場合が多いという。だから自立支援センターなどでの共同生活や仕事の継続が難しく、また路上に戻っていくんだとか。「じゃ、なんで、個室の自立支援センターがないんですか?」なんて、私は何も知らないから大声で言ってしまう。

しばらく行くと、道のど真ん中に寝てるホームレスの人がいた。他の人たちとは真逆で、ドーン!て風だ。身体には毛布をかけ、顔にタオルをかけて寝ている。車は通らない所だけど、とても驚いた。その様は、好きにしてくれ、どうにでもなれ、と言ってるかのようだった。この人がこういう風に寝るまでに辿ったことを想像するも、とても想像しきれなかった。

夜回りした地域にはこんな看板がいくつも設置されていた

そうやって歩いて1時間半あまり。夜回りは終わった。夜回りして即、ホームレスの人をその場で救済する!ということに至るのは難しい。少しずつコツコツ積み重ねだ。

護国寺駅前で「じゃ、おつかれさまぁ」と解散となった。この夜は短いルートだったそう。30袋持って来たパンは、残りが4袋だった。26人のホームレスの人(その荷物だけの場合も)に配ったことになる。一晩、1時間半での26人が「かつてよりも減った」末の数なのか、と思った。

しかし、夜回りを終えて電車で一人帰る道、私は少しホッとしていた。路上で一人生きるホームレスの人を見捨てないように動く人たちと一緒に歩き、話し、実際に手を差し伸べる場面を見て、とにかく今困ってる人に対して一歩踏み出す人たちがいることに安心感を持った。

私自身、「明日は我が身のホームレス」と正直常々思っている。53才、独身、ライターの私だ。今、フリーランスで働く人なら、少し共感してもらえるんじゃないかな?

後日、朝日新聞社に用事があって行った帰り道、朝日新聞社のすぐそばにホームレスの男性がいるのに気がついた。急いでなかったので、近くのコンビニでパンとコーヒー248円也を買って恐る恐る近づいてみた。

男性は小さな椅子を持っていて、そこには綺麗な日経新聞が置いてある。朝日新聞社のそばのホームレス男性が日経新聞読んでる!って、日経新聞社の人たち、大喜びだな、こりゃ、などと思いつつ、「パンとコーヒー持ってきました、よかったらどうぞ」と話しかけた。

すると、思いのほかフレンドリーで「ありがとう、ありがとうね」って身を乗り出して来たので、なんだかびっくりして「じゃ!」と小走りでその場を離れてしまった。ちょっとして振り返ったら、男性が手を振っている。ああ。生活のことを聞いてみればよかったのに、私ったらまだまだだなと思った。

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