ガジェット好きなら思わずにやけてしまう万年筆(ひとりと文具 12)
ノック式万年筆、というのをご存知だろうか。
知らない人のために説明しておくと、万年筆といえば、書く前にねじ式のキャップをくりくり回して、はずして書き出す、というのが基本である。なにせ万年筆が乾燥に弱い(インクがドライアップしやすい)ので、とにかく先端を厳重に気密しておく必要があるのだ。
なので、ノック式というのはまず相当に機構が難しい。現に発売されている製品としては、パイロットの「キャップレス」というシリーズがあるのみだった。
ところが、そのレアなノック式万年筆に待望の新製品が登場したというのだ。それが、プラチナ万年筆の「CURIDAS」(キュリダス)である。
そもそもノック式万年筆のメリットは、書き出しの手軽さにある。いちいちキャップをはずす手間なく、ボールペンのようにノックノブを「カチッ」と押し込むだけでペン先が表出して、書くことができるわけだ。
書き終わったら、またノックノブを「カチッ」でペン先が収納されるので、そのまま胸ポケットに挿すなりペンケースに戻すなりできる。万年筆で書く上での面倒さが大幅に低減されているのがメリットである。
ただ、先にも述べた通り、インクの乾燥を防ぐための気密機構が必要になるため、同じノック式でもボールペンに比べるとかなり構造が複雑になってしまう。イコール、価格もお安くはない。実際、パイロットの「キャップレス」も1万円から数万円するものまであり、気軽に買える製品とは言い難い。
ところが「CURIDAS」は7000円(+税)という、万年筆全体で見てもなかなかお手軽な価格帯となっている。
手軽さと書きやすさとを兼ね備えた存在
軸は全体が透明樹脂製ということで、ややチープな印象を受けるかもしれない。が、それよりも、中のインクから特徴的なノック機構まですべてが丸見えになっているのが面白いのだ。
長いノックノブを押し込むと、内部の巨大スプリングがたわむと同時にペン先を密封している気密ケースが前に押し出され、続いてケースのフタがパカッと開いてペン先が出てくる。このシステマチックな動きを見ているだけで、ガジェット好きなら思わず顔がにやけてしまうのではないだろうか。
とはいえ、単にペン先を密封するだけなら、軸先端にシャッター機構をつけるだけで充分。なぜペン先の出し入れにこんな複雑な動きが必要になるのか? というと、気圧が問題になっているのだ。万年筆は急激に気圧が下がるとインクが押し出されて噴出したり、逆に気圧が上がるとインクが押し込まれたり、というトラブルが起きやすい。
そこで、ペン先を出すときは気密ケースごと前に押し出し、最後にフタが開く。逆に戻すときはフタを閉めてから気密ケースごと中に引き込む。こうすることで気密性を確保しつつ、ペン先周辺の気圧を急激に変化させないように工夫しているのである。
また、気密性を高める工夫もなかなか面白い。先ほどの気密ケースとフタは軟質のエラストマー樹脂で作られているため、フタがギュッと密着して閉じるようになっているのだ。
プラチナ万年筆といえば、最も安価な300円の「プレピー」にまで独自の二重キャップのスリップシール機構(1年以上放置してもインクが乾かない)を導入するなど、ドライアップ対策に偏執的なほどこだわるメーカーとして知られている。
エラストマー製の気密ケースは、残念ながらスリップシールほどの効果はないが、それでも半年以上放置してもインクをサラサラに保つとの調査結果が出ている。これはノック式万年筆としてはなかなか驚異的な性能と言えるだろう。
書き味に関して言えば、これは鉄ペン(ステンレスペン先)としては普通のクオリティとなっているが、ただ、これもまたノック式万年筆としては特殊なこと。
ノックストロークの長さを活かしてペン先が軸から完全に露出するので、軸先端が視界を妨げず、普通の万年筆と変わらない感覚で書けるのだ。
ノック式の手軽さを持ちつつ、従来の万年筆と変わらぬ書きやすさ。これはなかなか特異的な存在である。
さて、実はこの連載は今回で最終回。半年ちょっとの短い期間ではあったけど、機能的に優れていたり、素敵に格好良かったりする文房具をあれこれ紹介させていただいた。
これまでの記事を通して、DANRO読者の皆様に「最近の文房具ってなかなか興味深いもんだな」ぐらい思っていただけたなら幸甚である。(思ってください)
筆者は引き続きあちこちで文房具の情報発信を続けるので、またどこかで見かけたら、チラッとでも読んでやっていただけると嬉しい。(読んでやってください)