長期化する「引きこもり」どう向き合う 8050問題を生んだ「縛られる社会」
「8050問題」と呼ばれる、長期化した引きこもり当事者の存在が、最近大きく注目されています。今年5月に川崎市で起きた、51歳の男性がスクールバスを待つ小学生ら20人を殺傷した事件や、直後に元農水事務次官が44歳の長男を殺害した容疑で逮捕された事件などでも、背景として指摘されました。新しいようで古い問題、私たちはどう向き合えばいいのでしょうか。(取材・吉野太一郎)
8050問題 80代の親が、50代の引きこもり当事者と暮らす状況。「7040問題」とも呼ばれる。社会の一線を退いた親と、家族以外に交友関係のない子どもが、家族として孤立した状態に陥るケースが報告されている。内閣府は今年、引きこもりの40~64歳が、約61万3000人いると推定する、初の調査結果を発表した。
川崎の事件「偏見が一気に広がった」
7月24日、東京の日本記者クラブで、この問題と向き合ってきた2人が会見しました。
厚労省の定義では、引きこもりとは「仕事や学校にいかず、家族以外とほとんど交流せず、6カ月以上続けて自宅に閉じこもっている状態」を指します。
十数年にわたって取材してきたジャーナリストの池上正樹さんは、「自分の価値観を守るため、自死ではなく生き続けることを選んだのであり、年代にかかわらず、誰もが引きこもりになりうる」と説明します。
池上さんはさらに、川崎市の通り魔殺傷事件で、川崎市が容疑者の家庭事情を詳細に説明したことについて、「『引きこもりが事件を起こす』という偏見が一気に広がった」と指摘しました。
「人物像を事細かに説明する行政の言い分に乗って、メディアもそれを拡散した。テレビのコメンテーターらが『死ぬなら一人で死ねばいい』『モンスター予備軍』などと発言したことで、当事者を抱える家族は世間の敵意が向けられ、精神的に追い込まれました。しかし本当のモンスターは、偏見を拡散したテレビ、あるいは世間の人たちではなかったでしょうか」
池上さんは引きこもりについて、「人を傷つけたり、傷つけられたりすることを回避し続け、人に迷惑をかけまいと人間関係が遮断状態になった状態。理由や背景は様々で、引きこもっているからと言って、理由なく無関係な人に危害を加えるということは考えにくい」と話します。
その上で、これまでの行政の「引きこもり支援」が、就労支援や職業訓練という、本人の努力や成果を求める方式に偏っていたため、多くの取りこぼしを生んだと批判。「成果を出すことが目的の支援ではなく、当事者の思いを受け止め、本人が生きる意欲を持てるような居場所づくりが必要」と訴えました。
「お互い様の社会、どうつくる」
KHJ全国ひきこもり家族会連合会の共同代表を務める伊藤正俊さんは20年前、不登校になった娘を何とか学校に戻そうとしました。しかし、同じような境遇の家族や当事者と意見交換を重ねるうち「『学校に戻したい』という意識は、子どもではなく、自分の問題ではないか」と考えるようになったといいます。
「人は一人一人違うと言いながら、私たちは『学校に行かなくちゃ』『こんな生き方をしなくちゃ』という思いに縛られています。引きこもり当事者に話を聞くと、多くが『自分は絶対に正社員になる』と思っているんです。そのぐらい、人間に刷り込まれた価値観は強固です」(伊藤さん)
伊藤さんはそう述べた上で、今後、私たちがこの問題とどのように向き合っていくべきか、次のように話しました。
「引きこもりは特別な問題ではない。引きこもっている人たちは同情すべきものではなく、その人たちの生き方を選んでいます。それをどう社会が受け止めていくのか、突きつけられています。
ではどうしたらいいのか。お金持ちであろうが貧乏であろうが、特別な人はいないんだ。そのような価値観に立って『お互い様』の社会をどうつくっていくか。ここが知恵の出しどころではないでしょうか」