ニューヨークの風景に溶け込む女性ダンサー「みんな、私が踊っているのを気にしない」

ニューヨークで踊る山中芽衣さん
ニューヨークで踊る山中芽衣さん

ニューヨークのクイーンズにあるアートギャラリー。現代音楽と詩の朗読が流れる中、二人の女性ダンサーが即興の踊り(インプロビゼーション)を披露しています。。ステージと客席という区切りはありません。観客はギャラリーにオブジェのように置かれた椅子や床に座って、彼女たちのダンスを眺めています。

「動く彫刻」を見ているような感覚

ダンサーのひとりが椅子の上で片足を高く上げると、もうひとりが私の目の前で、アンモナイトのようなかたちで床にうずくまります。ひとりがもうひとりを肩の上に抱え上げて、トーテンポールのようなシルエットを作ったかと思えば、さっきまで履いていたスニーカーや靴下を脱いで床の上を這って行ったり……。

ふたりのダンサーは、フロアはもちろん、その場にある椅子やドア、そしてパートナーのダンサーも使って、ひたすら体の動きを紡ぎ出しています。ダンサーが自分たちの体の動きを探求している場面に立ち会っている、そんな感じでしょうか。

ほどなくして、ダンスパフォーマンスを見ているつもりでいた私の頭から、「ダンス」という言葉が滑り落ちていきました。「ああ、動く彫刻を見ているんだ」と思ったのです。

ニューヨークのコンテンポラリーアート美術館に展示してある彫刻やインスタレーションが、命を得て動き出したようでもあります。

クラシックバレエからヒップホップへ

ダンサーのひとりが山中芽衣さん(29)。6歳でクラシックバレエを習い始め、高校の部活でヒップホップと出会います。ストイックなクラシックバレエに比べ、ヒップホップはとても自由でした。しかも、「カッコつけられるし、友だちがいるし、自分で創作することができる」。山中さんはヒップホップにのめり込んでいきました。

ヒップホップを学ぶために18歳でニューヨークへ渡ってからは、ジャズやコンテンポラリーなど他のジャンルのダンスを学ぶ機会にも恵まれ、2009年ごろからは自分のダンスを追求し始めます。そして、去年、大きな転機を迎えました。

体の中から動きを感じる

ヨーロッパを中心に活動しているコレオグラファー(振付師)、クリスティン・ボナンセアに、身体の内側から「気の流れ」を使って動くことを学んだのです。すると、身体の芯から動きが感じられるようになり、可動範囲が広がって空間を360度体感できるようになり、身体の動きの可能性が広がりました。

ニューヨークの地下鉄の通路で踊る山中芽衣さん

「ニューヨークに10年もいたのに誰も教えてくれなかった。どうして今まで知らなかったんだろうというくらい、衝撃的でした」

さらに、怪我でソロ公演に出ることができなくなくなったボナンセアの強い勧めで、彼女に代わって韓国公演でソロを務めるという大役を果たします。山中さんはさらに多くを学びました。

「彼女との練習を忘れたくなくて、インプロの練習を始めて、ビデオで撮影するようになりました。違う景色や匂いを感じるとインフォメーションがいつも新しい。それをどう瞬間的な動きにつなげていくか、というのがトレーニングなんです」

街の空気に溶け込むダンス

山中さんはリハーサルの合間やリハーサルの後、路上やグラフィティのある壁の前、地下鉄のホームなど、さまざまな場所で踊っています。空港の待合室だろうと、スーパーだろうと、チャイニーズのテイクアウトレストランだろうと、観客がいようがいまいが、山中さんが踊り始めたらそこがステージ。

ニューヨークでは、路上や公園、駅の構内、しばしば電車の中でもゲリラ的なパフォーマンスを見かけます。自己顕示欲の塊のようなストリートパフォーマーたちは「ルック・アット・ミー」とばかりに、楽器を弾いたり歌ったり踊ったり。それには、人を立ち止まらせるに十分な迫力がありますが、ともすれば、力まかせに通行人を振り向かせているようでもあり、その辺りの空気が掻き回されているように感じることもあります。

ところが、山中さんが踊っている前や横を、ニューヨーカーは何も目に入らないかのように行き交っています。空気や水が場所によって自在に流れを変えるように、山中さんはその場の空気を感じて、それに逆らうことなく踊っているからでしょう。

ストリートの壁にあるグラフィティがそこにあるのが自然に感じられるように、山中さんもニューヨークのストリートの空気に溶け込んでいるのです。

「(通行人の)邪魔になるような場所ではやらないし、人が(ダンスを見るために)集まってくることもありません。みんな私が踊っているのなんか、全然気にしない」

むしろ人の目を意識すると、それによって自分の動きが変わってきてしまうので、無視されているほうがいいといいます。

「人に見られない面白い場所を探して踊るほうが、体に意識が向くんです。見られてると、ちょっと忙しくなっちゃう」

コレオグラフィーを考えるときはひとり

「ひとりでいるのは好きですね。あまり人といたくないんですよ。喋るといろんなこと忘れちゃうから。考えたことが脳の中で濃度が薄くなっちゃうと勝手に思ってて」

「やりたいことがその瞬間瞬間に変わっちゃうんで、(いっしょにいる)相手に迷惑だと思うんです。コレオでもそうだけど、すぐに変えたくなっちゃう。家に帰ろうと思っても、急にどっかで踊ってから帰りたくなっちゃったり」

言葉によるコミュニケーションが苦手で、友だちは少ないといいます。少しでも時間があれば踊っていたい山中さんにとって、踊りこそがコミュニケーションの手段なのです。「自分の身体だけで見せる。それが最終目的です」

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