スロットに負けてトイレに八つ当たり 「ギャンブルマシン」に翻弄される人々

スロットマシンはカジノの人気ゲームの一つだ(Photo by Getty Images)
スロットマシンはカジノの人気ゲームの一つだ(Photo by Getty Images)

このところ「デジタルヘロイン」という言葉が知られるようになった。

ネットやスマホゲームの愛好者の中に、激しい衝動を抑えられず、暴力的な言動を起こす人が増え、そうした人の脳を調べた結果、麻薬や覚醒剤の依存者と同じ障害が見られたことがきっかけだ。

一方、将棋や囲碁、麻雀といった、人と実際に対面して行うゲームの愛好者がそうした行動を起こしたという話は聞いたことがない。

人を相手にしたほうが心が乱れそうな気もするが、実際はどうやらその逆だ。

とくにギャンブル場では、マシンを相手にしたゲームのほうが、人は明らかに心を乱している。

「スロットの森」で怒りに点火

アトランティックシティ(米ニュージャージー州)のカジノフロアには、生い茂る樹木のように、おびただしい数のスロットが生えていた。

まさに「スロットの森」に入り込んだようで、今にも迷子になりそうな思いで進むと、獲物を捜す熊のように老人が行き来していた。

アトランティックシティのカジノに広がる「スロットの森」

その中に、スロットのスタートボタンを力任せに叩いている男がいた。

まだ老人に足を踏み入れたばかりの中年男だが、あまりに力任せに叩くため、今にも台が壊れそうだ。

だいぶ負けているのだろう、目もすっかりつり上がっている。

見たところ悪い人でもなさそうなので、ここは一息入れてやろうと思った。

「こんにちは」

すると彼はいきなり、

「オレはそんなに負けてねえよ!」

渋谷のドンキから出てきたところをおまわりさんに呼び止められ、まだ何も聞かれてないのに「万引きなんかしてません!」と口から出てしまった少年のようだ。

これ以上刺激してはいけないが、このまま立ち去るのも気が引ける。

ふと、昔の上司の言葉がよぎった。話題に困った時は天気の話に限るという。

「今日はいい天気ですね」

「知らねえよ。朝から一歩も外に出てねえんだ」

そういって男が急に立ち上がったので、ブン殴られるかと思わず目をつぶると、ドスンという音がした。

男の椅子がひっくり返ったのだ。

ところが、まわりでスロットをしている老人は見向きもしない。

ぼくは、あるパチンコ屋の店長の話を思い出した。パチンコに夢中になると、隣の客が倒れても助けようとしないというのだ。しかも本当に気づかない人もいるらしい。

マシン相手の勝負は負けたら「お金を取られるだけ」

その後トイレにいた時だ。でかい咳払いをしながら、さっきの男が入ってきた。

彼は個室の扉を蹴っ飛ばし、乱暴な音を立てて便座を下ろして用を足した。

八つ当たりしたってしょうがないじゃないかと思うのは、マトモな人の感覚だ。

カジノでスロットに夢中になる人々

日本のパチンコ屋でも見たことがある。

負けた腹いせにパチンコ玉を便器の中に捨てたり、トイレットペーパーを投げつけたり、洗面所のタオルを全部おしまいまで回してしまう人がいる。

さらにこんな人もいた。ある日、パチンコ屋のトイレに行くと、扉が閉まった個室から男がよじ登って出てきたのだ。

カギが壊れて開かなくなったのかと思いきや、「こうしておけば次の奴が使えない」

そんなことをして何になるのかと思ったが、そんな意味不明の行動を取るのもマシンで負けた人である。

同じギャンブルで負けるにしても、競馬なら人間と馬によるスポーツ観戦的な価値があるし、ルーレットなどのテーブルゲームならディーラーがたまにマジシャン顔負けのテクニックで楽しませてくれる。

しかしマシンだと、ただお金を取られるだけで自分を慰めようがない。

山に杉を植え過ぎたことでスギ花粉症が増えたように、スロットの森が増えるほど依存症も増えてきた。「スロットの森」はいわば「杉だらけの山」なのだ。

トイレに八つ当たりする男を見ながら、スロットの森はできるだけ伐採したほうがいいと、ぼくは思った。

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松井政就 (まつい・まさなり)

作家。1966年生まれ。著書に『本物のカジノへ行こう!』(文春新書)『大事なことはみんな女が教えてくれた』(PHP文庫)ほか。ラブレター代筆、ソニーのプランナー、貴重品専門の配送、ネットニュース編集、フィギュアスケート記者、国会議員のスピーチライターなどの経歴あり。外国のカジノ巡りは25年を超え、合法化言い出しっぺの一人。夕刊フジでコラム連載中。

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