男性向けネイルサロン「オトコネイル」を試してみた
「男性向けのネイルサロンがある」。人づてにそう聞いたとき、そんなものが商売として成り立つとは思えませんでした。東京では、女性向けのネイルサロンは街のあちこちで見かけますが、男性向けのものが存在すること自体、知らなかったからです。
そもそも筆者は、美容とは無縁の人生を歩み続けて40余年。散髪は近所の理容店で、丸刈り歴20年。生まれてこの方、美容院にすら一度も行ったことがないおっさんです。ましてやネイルなど、自分には一生縁のないものだと心のどこかで決めつけています。
しかし、男性皮膚用化粧品の販売金額は、2016年の時点で216億円。この10年間で市場が1.5倍以上に膨れあがっています(経済産業省生産動態統計)。男性の「美」に対するこだわりが高まっているようなのです。
そこへ「男性向けネイル」の話です。いったい、どんな人たちが利用しているのか。そもそも需要はあるのでしょうか。いろんなことが気になりだした筆者は、自腹で、本当に「じ・ば・ら」で体験してみることにしました。
爪を人に切ってもらうなんて、子供のとき以来の体験
訪れたのは東京・六本木にある「オトコネイル」六本木店。都内でも珍しい、男性ネイルの専門店です。「ネイルをする男って、どんな人?」。何よりもそこが知りたくて、入ってみました。
気取らない話し方が印象的な女性スタッフの永田さんに薦められるまま選んだのは「健康コース」(6000円/税別)。爪を切るだけでなく、甘皮やささくれを処理してくれるというもので、最後はハンドマッサージまであります。
ちなみに筆者は、丸っこく平たい爪の持ち主。「ネイルをしてもらったところで、変わり映えしなさそうだな」などと思いつつ、ソファにもたれます。
店内は、筆者が抱いていたネイルサロンのイメージと異なり、間接照明だけを用いた落ち着いた雰囲気です。オトコネイル社長の坂下隆子さんによると、内装は「サラリーマンが多く訪れる喫茶店を意識しています」とのこと。実際、客層は30〜40代の会社員が中心ですが、就職活動を控えた学生のほか、近所に暮らす60代のおじさまもいるといいます。
……などと話を聞いているうちに、筆者の爪はぱちんぱちんと切られ、やすりがかけられています。それが終わると、爪の周縁部分にクリームが塗られました。そのままお湯で温めて、爪周りをふやかせるのです。「よく考えたら、他人に爪を切ってもらうのって、子どものとき以来だな」などと、どうでもいいことを思い出してしまいます。
オトコネイルでは、「ネイルサロンに入るところを人に見られたくない」という男性の内なる要望に応えるため、「建物の1階に店舗を構えないようにしている」(坂下さん)といいます。また、同じビルに風俗店やガールズバーなどが入っていないことを確認し、そういった店と混同されないように気をつけているとのことです。
指が温まったところで、ニッパーのような道具でささくれが取り除かれていきます。その後、油分をとった爪の表面に、透明な液体が塗られます。「これは何ですか?」と尋ねると「コーティング剤です」と微笑む永田さん。相手が女性の場合は「トップコートをつけています」と説明するそうですが、ネイルになじみのない男性には、よりわかりやすく「艶(つや)を出すものです」などと伝えている、ということでした。
男性の友人や同僚が羨ましそうに眺めた「男性向けネイル」
ちなみに、オトコネイルのコンセプトは「戦う男性のひとときのやすらぎ」だとか。そういうだけあって、ぽけーっと雑談しているうちに施術は進みます。ふと指先を見れば、いつのまにか艶出しが完了していました。
あとは手全体にアロマオイルが塗られ、ハンドマッサージに入ります。筆者の手は乾燥しており、「爪の周りの皮膚が硬くなって、ささくれが多くありました」とのことでした。今回はそこを念入りに処置してくれたようです。
……と、ここでようやく気づきましたが、オトコネイルでは女性のように爪をカラフルに塗ったり、飾り付けたりすることはないのです。「あくまでも『身だしなみ』ですから、(着色するものは)道具自体、お店に置いてません」(坂下さん)。
初めてのネイル体験がひと通り終わって、ちょうど60分。我が爪はいつのまにか、つやつやと照り輝いています。
実は施術前、「6000円か……」と思っていたのですが、甘皮まできちんと手入れされた指先は、友達に見せたくなる仕上がりです。スマホを触っているときや、本を読んでいるとき、ふと自分の指先に目を奪われます。
女性が「ネイルをすると自分のテンションがあがる」と話すのを聞いたことがありますが、その気持ちがよくわかりました。また、男性の友人や同僚に「男性向けネイルをしてきた」と話すと、興味津々で質問してきます。その表情は、どこか羨ましそうにも見えました。実際、オトコネイルのリピーター率は高く、80%以上とのことです。
坂下さんは「一度体験すると、またやってもらいたくなる」と言っていましたが、その感覚はよくわかりました。たとえば名刺を渡すとき、あるいは資料を指し示しながら人に説明するとき、時間が経って、またささくれができた己の爪を見るたび、「あんなに綺麗だったのにな……」という思いが頭をもたげるのです。人はきっと、こういうことをきっかけに「男性向け美容」という“沼”にはまっていくのでしょう。