「チャレンジしないで後悔するのは嫌だ」精子チェックアプリの開発者に聞く

いつもふらふら遊んでいるように見えるのに、なぜか仕事で大きな成果を出しているーー。そんな人があなたの身の回りにもいないでしょうか? 私はこれまで、そんな上司や同僚を何人も見てきました。

デスクにしがみつき、言われたことを真面目にやっているのに、なかなか成果が出せない自分。それに比べて、彼ら彼女らは努力をしているように見えないのに、大きな仕事を颯爽(さっそう)とこなしていました。会社に所属しながらも自由な働き方をして活躍する人たちを「戦略的フラリーマン」と名付け、仕事論や人生観を聞いてみたいと思います。

今回話を聞いたのは、株式会社リクルートライフスタイルで働く入澤諒さん(33)です。スマホで簡単に精子の状態をチェックできるサービス「Seem」を開発。世界最大規模の広告・クリエイティブの祭典「カンヌライオンズ2017」のモバイル部門でサービスがグランプリを受賞するなど、注目を集めています。

「自分は『優秀な社員』でなかったから開発できた」という入澤さんのユニークな仕事論を聞きました。

男性も「妊活」に積極的になってほしい

――入澤さんが開発した「Seem」はどんなサービスなのでしょう?

入澤:スマートフォンと専用キットを使うだけで、自宅で簡単に「精子の状態」をチェックできるサービスです。キットの中にある顕微鏡レンズに、採取した精液を乗せ、スマホのカメラで動画撮影します。それをプログラムで画像解析し、濃度と運動率を測定するんです。WHO(世界保健機関)が定めている下限の基準値と比較できるようになっています。

「Seem」の専用キットとスマートフォンのアプリ
「Seem」の解説動画

――斬新なサービスですね。なぜ開発しようと思ったんですか?

入澤:男性も「妊活」を積極的にしてほしいという思いがありました。前職で女性の生理日を予測する「ルナルナ」というアプリの開発に関わっていました。そのときに実感したのは、現状では不妊の検査や治療は女性が主体だということ。しかし、実はWHOの調査では、不妊の約半数は男性に原因があることがわかっているんです。男性にも行動を起こしてほしいと思いました。

――「Seem」は会社から言われたわけでなく、自分から動いて開発したそうですね。

入澤:2014年にリクルートに転職したとき、「ヘルスケアの新規事業をやりたい」と会社に伝えていたのですが、最初は会社の仕事のやり方を学ぶ目的で既存事業のアプリの開発チームに配属されたんです。当時、ある上司と飲みに行って、「Seem」のアイデアを話したら、賛同してくれました。実はその上司は病院で精子の検査を受けたことがあったらしく、「あれは辛かったよ。スマホでできたらめっちゃいいよ!」と言ってくれて。次の日から動き出しました。

――アプリの開発の仕事と同時並行で進めたんですよね。

入澤:開発期間の1年間は「あいつ何やってるの?」と思われていたと思います。でも、ずっと0から1をつくりだすことをやりたかった。決まったことをやるよりは、ないものを作りたいと思っていたんです。さらに「あってもなくてもいいもの」ではなく、「絶対あったほうがいいもの」を作りたかった。たとえば、エンターテインメントは極論、なくても誰かが死ぬわけではないですよね。でも、ヘルスケアは絶対あったほうがいい。そういうものだと、モチベーションが上がります。

人を巻き込むために必要なこと

――具体的にはどういうことから始めたんですか?

入澤:社外でいろんな人にひたすら会っていました。男性不妊が専門のお医者さん、精子の研究者の方、レンズメーカーさん、実際に不妊治療をしている方などに会いに行きました。社内ではひとりでしたが、社外で協力してくれる人を増やしました。サービス開始前には自分で厚生労働省にも行きました。

――いろんな人を巻き込む力があるんですね。それはどうしたら身につくものでしょうか?

入澤:いつも相手の立場で話すことを意識していました。たとえば、お医者さんと話すときには、現場で感じている課題を理解した上で話さないと、「門外漢がいい加減なことをするな」と思われてしまう。お医者さんも男性が病院に来てくれないことに課題を感じていました。「『Seem』はあくまで患者さんが病院に行く後押しになる」と言い続けてきました。

――相手の立場になって話をすることで、仲間を増やしていくと。

入澤:あと、僕は知らないことは何でも面白がれるタイプなので、深掘りして話を聞くことができたかなと思います。たとえば、精子のメカニズムも本当に楽しく聞いていられる。そうすると、相手もちゃんと話してくれるんですね。

「表面的な評価はどうでもいい」

――そうした「何でも楽しめる能力」は養えるものでしょうか?

入澤:僕が決めているのは、誰かから自分が未経験のことに誘われたら、絶対に断らないこと。ぶっちゃけ、全然行きたくないところでも、声をかけられたら行きます。たとえば、今度誘われて、沖縄の無人島に行くんです。シャワーもトイレも無いから、かなり抵抗があるんですけど。リスクを考える能力がないのかもしれません(笑) 何でもやりたくなってしまう。週末は3、4件は予定が入っています。

――「やらないといけない」という感覚に近い?

入澤:やらないで後悔するのは嫌だというのはあります。本田宗一郎さんに「チャレンジして失敗を恐れるよりも、何もしないことを恐れろ」という言葉があります。やってから後悔したほうがいいですよね。

――特に日本の大企業では、自ら率先して何かをやる人が少ないように感じます。減点方式なので、失敗したくない人が多いのかもしれません。

入澤:僕は正直、失敗とかどうでもいいですね。今、2社目なんですけど、前職での失敗とか成功とか、どうでもいいじゃないですか。腹落ちしていないと動けないタイプなので、前の会社では「色々言うけど、やらないやつ」という評価だったと思います。これからもどこで働くか分からないですし、今の会社でどうなってもいいですね(笑)

――そこまで言い切れるのはすごいですね(笑)。会社での出世ではなく、何かを成し遂げたいという思いが強いのですか?

入澤:そうですね。我々の世代って、おそらく70歳や80歳になっても働かないといけないじゃないですか。重要なのは「会社で出世すること」ではない気がしています。自分には何ができるかということを意識しながら、いろんなフィールドで働く。何でもトライして経験を積んだほうがいいと思っています。

――とはいえ、社内でかなり注目されているのでは? 世界最大規模の広告祭「カンヌライオンズ」でモバイル部門のグランプリを受賞して、大活躍じゃないですか。

入澤:あまり自分が活躍しているという自覚はないですね(笑) 僕は学部でバイオの研究をしていました。生命とは何か、種と個体の優先度はどうか、などと考えていました。だから、社会での表面的な評価はどうでもいいなと思ってしまいます(笑) 所属や肩書きって、ある時代のある社会の基準でしかなくて、普遍的ではない気がして。

――逆に会社に所属しているメリットはありますか?

入澤:実は、あまり会社に所属している気持ちがないんです。社外では会社の名前を出さないことも多いです。自分が中心になってやりたいことをする。その手段として会社があると思ってます。

あと思うのは、リクルートはロジカルで優秀な人ばかりです。社内で普通に不妊治療の事業を始めようとしたら、「Seem」のようなサービスは開発できなかったかもしれません。優秀なリクルートの人間になっていなくてよかったと思います(笑)

ストレスからは全力で逃げる

――入澤さんはストレスを感じることはありますか?

入澤:ストレスはゼロですね。ずっと働いてるのに病まないのは、自分でマネジメントしているからだと思います。創業者にはそういう人が多いですよね。あと、気分が乗った時にしか仕事をしないんです。飽きたり疲れたりしたら、外のカフェで仕事したり、遊びにいくので(笑)

――創業者タイプでない普通のビジネスパーソンは、どうストレスに対処すればいいでしょう?

入澤:あくまで僕の場合ですが、ストレスから全力で逃げるようにしています。満員電車が嫌だったら、電車の空いている時間帯に出勤すればいいじゃないですか。もし、会社で売上目標などを課されているなら、目標を自分の中ですり替えるといいんじゃないでしょうか。たとえば、全く新しい販路を見つけることを目指す。自分で考えて腹落ちしたものであれば、全力で取り組めると思います。

――今後の展望はありますか?

入澤:すべての男性が自分の精子の状態を知っていることを当たり前にしたいと思います。女性が基礎体温を測るように、男性が自分の精子の状態を知っている状態です。「Seem」が広がることで、世の中のカップルのためになる。ビジネスとして大きくなるのは、後からついてくればいいかなと思っています。

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本間晋 (ほんま・しん)

広告代理店を経て、朝日新聞社勤務。映画と音楽を愛し、キャンプフェスも手掛ける。最近は渋谷系が再熱。好きな言葉は「人間は環境の奴隷」。趣味はデジタルメディア研究とマーケティング。ここ数年の関心ごとはイノベーションができる組織や個人の共通点。

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