「責任ある自由を得た」印刷までやるひとり出版社 〜ひとりでやる第1回〜

新連載がはじまります。題して「ひとりでやる」。世の中のあらやることを、わざわざ「ひとりでやっている」人たちにフォーカスし、なぜひとりでやっているのか、その理由や意義、喜び、そして悲しみを掘り下げます。
第1回目は、出版社や編集プロダクションを経て、『NEUTRAL』『TRANSIT』『ATLANTIS』という旅雑誌の編集長を長年勤めあげた加藤直徳さん。2018年11月、NEUTRAL COLORS(ニュー・カラー)というひとり出版社を立ち上げました。加藤さんの会社は、なんと印刷までやるという筋金入りのひとり出版社なのです。話を聞いてきました。
――ひとりで出版社を立ち上げたきっかけを教えてもらえますか。
加藤:結果的にひとりになってしまった、というほうが正しいかもしれません。最初、出版社で勤めて、そのあと編プロ、そしてデザイン会社へと、ジャーニーマンのようになって、いよいよひとりでやることに。やりたいことをつきつめていくと、ひとりでやるしかないんですよ。
会社や組織が追いかけているのは、売上だったり、自分ではどうしようもならない“意向”です。もう40歳を超えていたので、誰かの意向で(担当する)メディアが終わったり、終わることに怯えたりするのが嫌だったんです。もちろんみんなで同じ方向を向いて奮闘している組織は、単純にうらやましいと思う部分もありますよ。

――全部、自分の責任でやるっていう。
加藤:そうです。昨年、デザイン事務所に所属しているとき、『ATLANTIS』という雑誌を立ち上げたんです。事務所のなかで編集部門を担い、自分で営業してみた。そこで6000部くらい売ることができたので、ひとりでやる自信がついたんですね。
――加藤さんが今作っている雑誌や本って、挑戦的なものが多いように感じるんですけど、それもひとりだからこそやれることですか。
加藤:特に経費的な意味では、そうですね。本を作るとき、あまり原価計算をしないように思われてるんですけど、会社で企画を通したり説得するときに求められるももはやっぱり「数字」だけなんです。その数字をどう作るか。
ひとりでやる場合も同じです。そこで、経費をかけない手段として、印刷を見直したのです。印刷所に見積りを出すと、絶対に予算をオーバーするんですね。何か装丁を削らないと実現できない。でも、例えば1色刷りのページでオフセット(印刷)を止めてみる。軽オフセットという手もある。そんなことを考えていたら、たまたまリソグラフという印刷機に出会った。2色まではリソグラフで刷れば装丁を落とさずに、予算をクリアできるかもしれないと気がついたんです。

――だから印刷まで自分でやろうと思ったんですね。
加藤:最初の目的は印刷予算を下げるためなんです。あとはいろんな実験をしたいですね。オフセットの上からリソグラフやシルクスクリーンで刷ったりとか。校了したあと、印刷に1カ月くらいかかる(笑)。
ーーインドの小さな出版社、タラブックスを見に行くのも、それを学ぶためですか。
加藤:そうですね。タラブックスの印刷技術と想いに感動して。どうやって成り立ってるんだろうと調べていくうち、謎が深まって。もう見に行かなきゃと思ってしまいました。規模とか世界的な広がりっていう部分は真似できないけど、小さい工場で印刷工房を持ってやるっていうところに、自分がやりたい形があるんじゃないかなと。

「椅子取りゲームに負けたからって、人生ゲームで負けるわけじゃない」
――ひとりでやっていて、苦しいこととか嬉しいことってありますか。
加藤:毎月の支払いが怖いです。月末、すごくナーバスになって(笑)あと、ひとりでやっているとミスを起こせないから、酒をあまり飲まなくなりましたね。発送先を間違ったらどうしようとか、体の心配もありますしね。健康サプリには異様に詳しくなりました。
でも、集団でいると昔から鬱っぽくなるんです。人間関係でどうしてもイライラして、バーっと言っちゃって、「あとでなんであんなこと言っちゃったんだろう」ってぐずぐず考えたり。だから、ひとりでいるほうが精神衛生上はいいんです。怖いは怖いですけどね。
――本や雑誌を作るには、ひとりのほうが向いていると思いますか?
加藤:僕の規模だったらひとりのほうがいいですね。同僚がいたら分業できて効率は上がる場合もあるけど、結局、本は編集長やコンセプトを考えた人のものだから、余計なことで停滞させないほうがいい。
売れるか売れないかっていう判断を自分以外の人に任せてしまうと、やはり安全パイ、負けないやり方を選ぶことが正解になる。ひとりでやっていると「何勝何敗でいいや」という判断ができるんです。
今、雑誌と写真集とノンフィクションと絵本を1冊ずつ作っていて。写真集は原価ギリギリでしか勝負できない。じゃあ、ノンフィクションと雑誌は売らないといけない。絵本はまあトントンでいいかな、とか。つまり、2勝2分の座組みを考えられる。自分の責任ももとで。
――ひとり出版社で外部の協力者と仕事をするのと、会社で同僚と働くことの意識の違いについては、どう考えていますか。
加藤:出版社時代からいわゆる同僚がほとんどいなくて。高校の時から「ソロ飯」でしたからね。編集部の人と昼飯とか飲みに行くのが苦痛で。それぞれが食べたいものなんて絶対に違うし、持ちかけられるじゃないですか、誰かの悪口を(笑)。誘いを断っていたら、必然的にひとりになっていました。
――気持ち的にはずっとひとりだったんですね。
加藤:飲みの席なんかでは、「自分はこんなこと考えてて、こんな本作りたい」と話しても、「それは売れるの?」って話にしかならなくて。最終的には「誰がムカつく、世間が悪い」って話になってしまう……。だったらひとりでいいや、と。
集団でいる場合は、後ろ盾があるというか、「なんとか出版のなんとかです」って言うと社会的な信用度が違うし、大物の著者を口説くときは効果的かなと思っていたのですが、後ろ盾があろうとなかろうと、結果は同じなんですよね。
――それは熱量さえあれば、相手に伝わるってことですか。
加藤:ひとりでやっているから責任が伴うんですね。何をするにも。そのコンテンツがどうしても必要というとき、会社だと下の子に任せてしまうんですけど、ひとりだと断わられ方まで納得できる。だから(その著者が)地方でトークショーやるというのを聞きつけて会いに行ったりとか、手紙を書いたりとか粘れるんですよ。
全部ひとりでやるのは大変だけど、大手の版元にいないと本を出せないという時代ではない。在庫が置けるスペースと、(出版するための)コードさえ取れれば誰でもできます。

――独立してから、会社組織に戻りたいと考えたことは?
加藤:ないですね、時代の要請がないってのもありますけど(笑)。組織の重要人物になれないという判断は、自分で下すべきなんですよ。椅子取りゲームに負けたからって、人生ゲームで負けるわけじゃない。
出版社にいたとき思ったのですが、会社ってピラミッドの頂点と一緒で、上の立場までいける人はひと握りですよね。頂点に行くために、昼休みに誰かの悪口とか言う。飲んでもその話をして。あとは、歳を重ねるごとに、若い人の企画をつぶしたり、どんどんオワコン化していってしまう。組織のなかでひとりでいるより、本当の意味でひとりになったほうが気が楽です。
よくない社員の典型なんでしょうけど、会社に認められなかったっていうのが一番大きいんですけどね。会社に貢献できなかった歴史が長いから、組織に戻っても足を引っ張るだけなんだろうなって思っちゃう。
――では、今はすごく満足している状態ですか?
加藤:そうですね。自分が満足できるクオリティのものを自分作って、満足できる数だけ売る……売れるのかな、っていう恐怖はあります。編集者って定年があるようでないというか。20代30代のときは作りたいものがあって、それを作ることが第一義。それができる人はひと握りだったりするんですけど、作りたいものを作れるというのがあって。それをある程度やると、あとはだんだん自分以外の外的要素がぶら下がってきてしまう。でもひとりでやれるなら定年もないし、「作りたい」と強烈に感じたときに作れるんじゃないかなと思って。
金銭的に成功したわけじゃないんですけど、精神的に「上がった」というか。ひとりになるっていうことは「責任のある自由」を得るってことですから、過去でも未来でもなく「現在」に生きられるようになった。だから金銭面以外での不安がない。自意識から解放されたのと、誰かに期待に応えないと次がない怖さからの解放ですね。あとは、純粋に作りたいものが明確に見えてきた。ひとりがこんなに快感なんだなって新鮮に感じています。

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