ひとりでバーに入れない 意外と険しい「大人の階段」
大人のひとり飲みならバーという妄想
40過ぎにもなれば行きつけのバーのひとつやふたつは持っていたい。少なくとも20代の頃の自分はそう思っていました。40歳にもなれば『BARレモン・ハート』(古谷三敏が描くバーを舞台としたマンガ)よろしくバーに行っては「いつもの」なんて言っているだろうと頑なに信じ込んでいました。
しかし、あの頃の自分にはいささか申し訳ないのですが、未だにバーというものは私にとって相当高い障壁であり続けています。もちろんバーに行ったことは何度もあります。ウイスキーが好きですし、あの雰囲気が嫌いなわけではありません。しかし、いつも誰かに連れられてなので、若干のアウェー感を抱いたままその場を後にすることが多く、「ひとりで行こう」とはなりにくかったのです。
とはいえ、やはりひとり飲みの究極はバーなのではないかという妄想を拭い去ることができません。バーを堪能できてこそ、ひとり飲みを愉しめる大人と言えるのではないか。
そこでついに決意しました。ひとりで、自分のためにバーに行こうと。自分だけの居場所を求めて、大人の階段を上ることにします。
人は自分が見たいものしか見ていない
とはいえ、どこで探せばいいものか。勤務地の近くがいいのか、はたまた自宅近くの方がいいのか? 元バーテンダーであるDANRO編集の三好さんに尋ねてみると、まずは地元が良いでしょうとのこと。
そこで、いざバーを求めて自宅の最寄り駅をうろついてみると、けっこうバーが存在しているのです。通勤でよく通る道にも、雰囲気の良さそうなバーが見つかりました。このすぐ近くにある居酒屋やラーメン屋はすべて記憶しているのにもかかわらず、このバーは今まで存在にすら気づきませんでした。人間、見ようとしないものは見えてこないものです。
このバーに行ってみようと決意しました。
入るのが怖い
しかし、どうにも入ることができません。ヴィンテージ感のある木でつくられた、物々しい扉を開ける勇気が出ません。どうしてバーの入り口はたいていどこも近寄りがたいのでしょうか。お店の前をうろうろとするものの、結局、扉を開けられずに立ち去ること4、5回。いささか不審人物と化してきました。
その日もやはり入ることができず、思わず近くの大衆酒場へ逃げ込み、ホッピーと串がセットになっている「せんべろセット」なるものを頼んでしまいました。しかし、ホッピーのナカ(焼酎)を注ぎ足すにつれて酔いも回ってきて、徐々に気も大きくなってきました。
「今だ!」とばかりに、居酒屋を飛び出て例のバーへ。ここでためらったら一生入れないと思い、一気に扉を開けました。すると店内は、想像通りのいわゆるバーでした。脱サラしたようなマスターと背後にたくさんのボトルたち、そしてカウンターには常連と思われる酔客が3人ばかり。
何を頼んでいいかわからない
何食わぬ顔でカウンターに座り、店内をそっと眺めてみます。
「メニューがない……」
一体、みんなはどうやって頼んでるんだろうと呆然とするも、いかにも慣れているフリをしてずらりと居並ぶボトルをしばし眺めます。でも、時間稼ぎもそろそろ限界になってきました。マスターが、こいつはどうする気だ?という顔でこっちを見ています。
「あの、どんなのがありますか?」
われながら間抜けな台詞が口から出てきました。「まあ、いろいろありますけど…」と戸惑うマスター。そりゃそうだ。
「スコッチかバーボンか。どちらがいいか……」
「スコッチで!」
とりあえず知っている単語が出てきたので決め打ちです。
ウイスキーについて決して詳しくはないものの、全く分からないわけでもないのがかえって面倒です。
「では、シーバスリーガルとかどうですか」
「シーバスは好きなんですけど、どうせなら普段飲んだことのないものにしたいです」
これは本音でした。シーバスリーガルは好きなお酒で、ちょうど自宅にも置いてあったのです。
そこでマスターが出したのは、見たことも聞いたこともないお酒。確かにシーバスリーガルに似て、好きな味です。ちびちびと飲んでいると、ようやく気分も落ち着いてきたので、ほかの客の話に耳を傾けてみます。地元の店だけあって、客もこのあたりに住んでいる人たちらしく、ローカルトークが飛び交います。
この日得た比較的有益な情報は、近くにある肉屋の社長がこの界隈を仕切っていること、その肉屋の2階に昨年オープンした焼き肉屋はかなり上等な肉を相当リーズナブルに提供していること、常連になると生肉を提供してもらえる可能性があること、などでした。こうした地域密着の情報が得られるのは悪くありません。
リピートしてこそ本物
常連客が盛り上がる傍らで、会話に加わることもなく思索にふけったような表情をして(実は何も考えていない)、ゆっくりとウイスキーを飲むのは案外いいものです。
これならまた来てみてもいいなと思ったのですが、できればこの距離感は保ちたい。あまり常連客と仲良しになりたくはないのです。誰か話し相手を求めてバーに来る人と、ひとりになりたくてバーに来る人がいるとするなら、私は後者であることを望みます。話し相手はお酒だけでいいのです。
さて数日後、もう一度訪れてこそバーを克服したと言えるのではないかと思い、今度は素面(しらふ)のままその店へと行ってみました。
扉の前に立つとすりガラスから店内がうっすらと見え、先日肉屋について有益な情報をもたらしてくれた常連客がいたので、思わず入るのをやめてしまいました。向こうは自分のことなんか覚えていないであろうに、再び会うのがためらわれました。
その日は結局、すぐ近くの大衆酒場に駆け込み、またもや「せんべろセット」を頼んでしまいました。大人の階段というやつは、思った以上に険しいようです。