元カメラマン、55歳のタクシードライバー「趣味がいきすぎてバツイチに」(ひとり部屋、拝見 3)

橘さんがライブ会場で購入したTシャツやグッズ(撮影:中村英史)

「タクシードライバー」といえば、名優ロバート・デ・ニーロが主演した1970年代の映画を思い起こす人もいるでしょう。元海兵隊の、孤独なタクシードライバーが主人公でした。しかしこの記事の主役は、元カメラマンの、陽気なタクシー運転手です。

DANROの連載企画「ひとり部屋、拝見」。35歳以上でひとり暮らしをしている人に部屋を見せてもらおうというシリーズです。「バツ1で、現在はアイドルのおっかけにハマっている男がいる」。そんな話を聞きつけ、おじゃましたのが、東京・世田谷区にある橘宏幸さん(55)の部屋です。

「元カメラマン、元ライターのタクシー運転手って、意外と多いんですよ。みんな基本的に団体行動ができなくて、ひとりが好きだから。今の会社にも、元ライターっていう人がいますよ」

東日本大震災でドンと仕事がなくなった

橘さんは、写真の専門学校を出たのち、ファッション誌「装苑」で知られる文化出版局で、カメラマンとして働いていました。35歳のとき、独立。48歳まで、フリーのカメラマンとして雑誌や写真集の仕事をこなしていました。

アイドルと撮った「チェキ」は約150枚

ひとり暮らしには、やや広めに感じられる2LDKの部屋。玄関から入るとすぐの場所に、ライカなど有名メーカーの「引き伸ばし機」(フィルムで撮った写真を焼き付けるための大きな機器)が3台、でんと並んでいました。タクシー運転手となった今も、趣味として写真を撮っているそうです。

橘さんに転機が訪れたのは2011年でした。

「リーマンショックが過ぎ去って、カメラマンの仕事がまただんだん盛り上がってきたときに離婚があって。そのあと東日本大震災が起きて、ドンと落ちた。仕事が一気になくなっちゃったわけです。『こりゃまずいな』と、就職活動を始めて。その年の8月に、今のタクシー会社に決まりました」

もともと車やバイクが好きで、車はチェロキー、日産ルキノ、ボルボ240GLなど数台を乗り継いできました。また、カメラマン時代の経験から東京都内の道に詳しかったこともあり、転身にためらいはなかったようです。

「最初の1年ほどはドキドキしたけど、慣れちゃったら、ひとりで楽チンですよ。酔っぱらいとか苦手なお客さんが乗るようなところには、行かなきゃいいですもん。あとは自分の好きな場所、得意な場所を開拓すればいい。たとえば(あまり土地勘のない)浅草まで乗せていくことがあっても、降ろしたらすぐ、知っている場所まで戻るんですよ」

タクシー運転手は、橘さんのように、ひとりが好きな人に向いている職業なのかもしれません。

アイドルの「推し」の数は少ない

橘さんは、今も多趣味です。フリーカメラマン時代、タレント・所ジョージさんが始めた雑誌『Lightning(ライトニング)』の撮影をしていたこともあり、「趣味が広くなった」と橘さんはいいます。

「車、バイク、写真、アイドル、コンピューター関連、料理もします。最近始めたのが、ぬか漬けですね」

橘さんの愛車たち。車もバイクもチューンナップするのが好きだという

実は、離婚したのも、趣味にかける時間とお金が多すぎたことが原因だそうです。

「前の奥さんは、行きつけの車屋さんで事務をしていた。だから趣味が合うかなと思ってたんだけど、(趣味が)いき過ぎてました。ふつうの女の子には理解不能なんですよ」(橘さん)

結婚生活は5年で終止符を打たれましたが、そのまま当時の部屋に暮らし続けています。最寄り駅から徒歩25分。駐車場があることが大きいといいます。

そんな橘さんがいまハマっているのが、アイドル。きっかけは、菊地亜美さんらが所属していたグループ「アイドリング!!!」でした。2010年ごろ、仕事で彼女たちを撮影するなかで、その魅力に気づいたのです。

橘さんがそれまで聴いていたのは、U2、エリック・クラプトン、リンキン・パークなど洋楽が中心。そう考えると、アイドリング!!!の力は、すさまじいものがあります。

その後、アイドリング!!!と他のグループのコラボイベントや、複数のグループが出場するライブに足を運ぶうち、たくさんのアイドルを知っていった橘さん。現在は、川音希(かわおと・のぞみ)さんが「推し」です。

「アイドルの追っかけ歴は長いけど、『推し』の数は少ないんですよ。ひと筋。DD(ディーディー。『誰でも大好き』の意)じゃ、ないんで」

白いカバーがかかった「引き伸ばし機」が3台、橘さんの奥に見える

自分が「体験」できるライブのほうが楽しい

橘さんの部屋には、CDが積み重ねられ、写真集も10冊以上ありました。その多くが「地下アイドル」または「半地下アイドル」と呼ばれるグループのものです。

ライブでは、1回1000円から2000円程度の「チェキ」を撮り、時には地方都市でのライブに、車で「遠征」しています。橘さんにとって、アイドルの「追っかけ」の楽しさはどこにあるのでしょうか。

「ライブとかイベントとかがハマるのは、『自分が体験できる』っていうところにあるんです。それプラスでアイドルの子が好きっていう。今は物欲じゃなくて、体験。みんなと一緒に体験するっていうのが大事。だから、家で音楽を聴くよりライブのほうが楽しいし、『ミックス』(アイドルを応援するときの掛け声)も、あれはあれで楽しい」

橘さんにとっては、車やバイクをチューンナップすることも、8×10(エイトバイテン。大判のカメラ)で撮影することも、アイドルの追っかけをすることも、すべて刺激的な「体験」として、没頭できる趣味になるようです。

ただし、趣味は趣味。もしもアイドルから「プロとして写真を撮って」と頼まれることがあっても、それは断るといいます。

「半年ファインダー(カメラののぞき窓)を覗いてないと、カンが狂ってくる。わかっていても、ずれてくる。それは、自分で自分が許せない。たとえ写真を撮れても、ちょっと違う。それでプロだとは言いたくないんです」

元カメラマンとしての誇りは、今も抱き続けています。

「もうジジイですよ」と笑う橘さんは、現在55歳。結婚は「もうめんどくせー」そうですが、ずっと「ひとり」でいるつもりなのでしょうか?

「現場(ライブ会場)に行けば仲間がいますから。みんな同じように、ひとり、ふたりで来る。ネットのオフ会みたいな感じかも知れません。ライブを観たり、終わったらお酒を飲んだり。大学生や女性もいて。そこでは年の差とか、誰が偉い偉くないとか、関係ないんですよ」

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土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

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