芸大を目指して4浪した男の数奇な人生「カッと怒ると運が逃げていく」(ひとり部屋、拝見 6)

(撮影:中村英史)

初対面の女性と話をしようとすると、緊張して「天気の話くらいしかできない」。そう語るのは、東京の外資系IT企業で働く長谷川大祐さん(35歳)です。「友だちの子供に接するときに似てるかもしれないですね。相手を喜ばせてあげたいけど、親の目もあるしっていう。それよりもさらに、ブレーキがかかる感じです」。

ひとりを楽しむ人たちの実態に迫るDANROでは、「ひとり部屋、拝見」と称して、35歳以上で、ひとり暮らしをしている人の部屋を訪ね、話を聞かせてもらっています。

取材したこの日の1カ月前、長谷川さんは付き合っていた女性との約2年に渡る同棲を解消。現在暮らす東京・品川区の部屋に引っ越してきました。

(この記事は、2019年3月7日に旧DANROで公開されました。記事内の情報は当時のものです。なお、新しいDANROへの移行についてはこちらをご覧ください)

「絵を描いて生きるのが性に合っていると思っていた」

長谷川さんの部屋は、真新しいマンションの一室。リビング兼寝室とキッチンを合わせて約10畳の広さがあります。テレビやエアコン、電子レンジ、ベッド、ソファなどが備え付けられた家具・家電付きの物件です。同棲相手に振られたため、急いで物件を探しているときに見つけたといいます。

(撮影:中村英史)

長谷川さんは、これまでの半生を「目の前に転がってきたものを拾い続けてきただけ」と振り返ります。

10代のころ、長谷川さんは芸術・美術系の大学として最難関である東京芸術大学への入学を目指していました。

「若いころ、芸大は大手広告代理店に就職できる『枠』が多いと聞いていたので、そうした会社にデザイナーとして就職できれば、と。勉強は好きじゃなかったし、体を動かすことも好きじゃなかったので、絵を描くのが性に合ってると思ったんです」

しかし受験に失敗し、4浪してしまいます。その4年目、つまり高校の同級生が大学を卒業して入社するのと同じ年、長谷川さんは映画館のバイトの先輩のつてで、おもちゃをネット販売する企業に就職しました。そして、「それまで1ミリも考えたことがなかった」という営業職として働くことになったのです。

(撮影:中村英史)

それから10数年。長谷川さんは友人や元同僚の誘いに応じて、大手通信会社などで働いてきました。

「理由はわからないんですが、よく『うちに来ないか』と誘ってもらえるんです。実際に転職している回数の20倍くらいは、声をかけてもらいました」という長谷川さん。2018年から勤めている現在の会社では、エリアマネージャーを務めており、しばらく転職する気はないそうです。

「生まれたからには、ひと通りのことを体験したい」

自身の性格について、長谷川さんは次のように語ります。

「温厚、温和だと思います。怒らないようにしているので。カッとすると、人生よくないですよね。運が逃げていくというか、徳が下がるというか。親に対しても反抗期らしい反抗期はなかったと思います」

そうした考え方を持つ長谷川さんにだからこそ、「ぜひ我が社へ」と声をかける人が絶えないのかもしれません。仕事に対しても、真摯な姿勢でのぞんでいることがうかがえます。

「映画館のバイトもそうだったんですが、同じ時給でも、どこまで仕事できるかって挑戦し続けたほうがいいですよね、たぶん。怒らないってとこにもつながるんですが、自分の徳があがりますよね」

一方で、自身のそうした控えめな性格が、同棲相手に振られる一因になったのではないか、と長谷川さんはみています。

「彼女の実家に一緒に帰った10日後くらいに、LINEで振られました。理由を聞いても二転三転してよくわからないんです。真面目なんでダメだったのかもしれませんね。面白みがなかったのかなと」

慌ただしく引っ越したこともあって、TVゲームは、まだ箱に入ったまま。食事も外食ばかりで「すき家とオリジン弁当とマックが黄金のトライアングル」だといいます。

遺跡めぐりやギターなど趣味が多く、ガジェット好きでもあるため、室内のコンセントはタコ足状態です。「コンセントの数が少ないことが想定外でした」としつつ、「それ以外はおおむね部屋に満足している」とのことです。

(撮影:中村英史)

ベッドの枕もとには、観葉植物として人気のベンジャミンの鉢植えが置かれていましたが、葉が落ちています。「持ち運んだときの寒さが、ストレスになったのかもしれません。

ブラッド・ピットが主演した『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』という映画があります。それにかけて、長谷川さんは観葉植物に「バトン」と名づけています。「バトンを再生させるのが当面の目標ですね」。

結婚については、どのように考えているのでしょうか。

「したほうがいいですよね、絶対。生まれたからには、ひと通りのことを体験して死にたいじゃないですか。まだピラミッドを観たことがないんですけど、観に行かなくちゃくらいに思っているんです。死ぬまでに1度は観たいなと。それと同じくらい、結婚はしとかないと、っていう気はしています」

ただし、いまは「ボーッとしていると、振られたことを思い出す」という状態の長谷川さん。最近、陶芸を初めて体験したところ、「何も考えずにいられる」魅力に気づきました。近く実家から画材を持ってきて、再び絵を描いてみようと考えているそうです。

(撮影:中村英史)

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土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

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