「仕事と好きなことが一体」フィンランド音楽にハマった39歳(ひとり部屋、拝見 8)

(撮影:中村英史)

最初に知り合った北欧の人の国に、行ってみようーー。そんな思いつきがきっかけでフィンランドに通ううち、現地のジャズの魅力に取り憑かれたのが、シオミユタカさん(39歳)です。今は神奈川県横浜市でひとり暮らしをしていますが、いずれはフィンランドに移住したいと考えています。

そのため、結婚については「相手をジェットコースターみたいな人生に巻き込んでしまうんじゃないか」と、躊躇していると話します。

「ひとり」を楽しむ人びとを取材するDANROでは、ひとり暮らしをする35歳以上の人の部屋を訪ねる企画「ひとり部屋、拝見」を連載しています。今回は、フリーのWebデザイナーとして働きつつ、フィンランド・ジャズを日本で広める活動を10年以上続けているシオミさんに部屋を見せてもらいました。

(この記事は、2020年1月18日に旧DANROで公開されました。記事内の情報は当時のものです。新しいDANROへの移行についてはこちらをご覧ください)

立地が気に入って「ひとつ下の階に引っ越した」

シオミさんが暮らすのは、渋谷駅と横浜駅を結ぶ東急東横線の白楽駅(横浜市)からほど近いマンションの一室です。

「駅から圧倒的に近いんです。ベランダからジャンプしたら駅のホームに着くんじゃないかっていうくらい」と、このマンションの気に入っている点を教えてくれました。去年の夏までは同じ建物のひとつ上の階に住んでいましたが、更新のタイミングで現在暮らす部屋が空くと聞き、また家賃も安くなると知って、マンション内で引っ越しました。

部屋は6畳のワンルーム。家賃は4万6000円です。この町を選んだ理由としてシオミさんは、横浜にはフィンランドの首都ヘルシンキに似た「コンパクトさ」があると話します。

「ヘルシンキに何度か行ってわかったのが、町がそんなに広くないんです。市街地が東京の渋谷・原宿・表参道エリアくらいの広さしかなくて、おもな建物がそこに収まっている。市としてはもうちょっと広いんですけど、そういうコンパクトさのなかで毎日何本もライブが行われていて。そういうところがいいなあと思ったんです」

そんな思いもあって、取引先が多い東京ではなく、横浜で暮らしているそうです。

マンションのすぐ近くにはスタジオがあり、そこでひとり楽器を弾くことも(撮影:中村英史)

シオミさんがフィンランドに傾倒する遠因となったのは、2000年頃の「北欧ジャズ」ブーム。当時大学生だったシオミさんは、ジャズ研究会とビッグバンド(大人数のジャズバンド)のふたつのサークルを掛け持ちしていました。そのころに北欧ジャズのCDやレコードを「買い漁った」そうです。

大学のサークルでは、ギターやベースを担当していたシオミさん。今でも部屋にはギターやウッドベース、トランペットが置かれていました。お気に入りは、オイル缶をそのまま使ったギターです。

卒業後、シオミさんはベンチャーの広告代理店に就職しましたが、3年ほど経ったときに体調を崩して退職。27歳のときに「次は好きなことをやろう」と思い立ちました。

「自分のなかで『音楽』と『北欧』というキーワードはあったんです。とはいってもツテもなく、北欧の国々がそれぞれどう違うかすらよくわかってなかった。そこでとりあえず日本で暮らす北欧の人と友達になろう、と。日本で初めて知り合った北欧の人、その人の国に行こうと決めたんです。その後、たまたま出会ったのがフィンランド人だったんです」

そのフィンランド人は製薬会社に勤める人でしたが、シオミさんは「どんな人でもいいから音楽関係の人を紹介してほしい」と頼みました。紹介されたのは、ヘルシンキで舞台の照明を担当する人でした。フィンランドに渡ったシオミさんはその人物に会い、まるで昔話の「わらしべ長者」のように、数珠つなぎで人と会っていきます。

「大学時代から続けるバンドではメンバー独身最年長になりました」(撮影:中村英史)

「紹介の紹介で、3週間滞在したなかで30人くらいに会って。音楽フェスとかライブを観に行って。『北欧』ってなんとなくクールで洗練されていて、おしゃれなイメージがあるじゃないですか。でもフィンランド、ちょっと暗いんですよ。ブルースとか浪花節のような、演歌みたいな音楽ジャンルがあって。それがすごく意外でした」

帰国して調べてみると、当時の日本にはフィンランド音楽の専門家がいないことが判明。2009年からフィンランド・ジャズを中心にCDを販売したり、アーティストの来日公演をサポートしたりする仕事を始めました。

「自分には色がないと思っている」

フィンランドのアーティストは、音楽市場の規模が大きい日本に来ることに協力的だとシオミさんは言います。一方で、音楽関係の仕事、特にライブは「水物」だとも言います。

「音楽の仕事はギャラが出るものと、チャージバックと言ってライブに来たお客さんの数によって何%かをもらうケースがあります。以前、バレンタインデーに青山のおしゃれなクラブミュージックのイベントがあって。(金銭面での)条件もよかったんですけど、当日になって大雪が(笑)。シチュエーションは最高なのに、お客さんが誰もこないということもありました」

そこでシオミさんは、並行してサイトのデザインや、コーディング(プログラムを書くこと)の仕事を請け負っています。「作ること自体が楽しい」というシオミさんは、それらも含めて「仕事と好きなこととが一体なんですよね」と言います。

仕事は取引先近くのカフェで行うことがほとんど。自宅で作業することはあまりありません。部屋はベッドと楽器や楽譜を収めた棚やケースが大部分を占めています。TVはなく、ラジオを受信できるシンセサイザーで、AMラジオを聴くことが多いそうです。

「父は藝大卒で母はピアノの先生。血は争えないというか(笑)」(撮影:中村英史)

結婚については「婚活めいたことをしたこともある」としつつ、二の足を踏んでいる部分もあるようです。というのも、いずれはフィンランドに移住することも考えているからです。

「結婚したいなとか、子供がほしいなとかあるんですけど、相手をジェットコースターみたいな人生に巻き込んでしまうんじゃないかっていうのがあって。そういうのが大丈夫というか、乗っかって楽しんでくれるような人がいれば……とは思うんですけどね」

尊敬する人は、フィンランドでレコード屋さんを営んでいたEMU(エム)さん。「ヘルシンキで一番古いレコード屋の名物店主みたいなおじいさんなんですけど、フィンランドで一番フィンランド音楽のことを知っている」とシオミさん。EMUさんは一昨年亡くなられましたが、「僕のお手本になっている」と言います。

自身についてシオミさんは、作家やアーティストではなく「職人みたいなイメージ」だと話します。

「僕は自分には『色』がないと思っているんです。どうとでも自分自身を変えられる。だから他に色がある人、何かをしたい人の手伝いをしたい気持ちでいます。フィンランドに行くという話も、ただ『行きたい』と夢を語っているではなくて、向こうで人の役に立てる、仕事として成立する段階にならないと意味がない。そう考えて取り組んでいます」

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土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

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