「将来の目標は立てたくない」30年ローンのマンションに「ルンバ」と住む42歳独身男性(ひとり部屋、拝見 5)

お気に入りの場所でくつろぐ小岸さん(撮影:中村英史)

東京近郊のマンションにひとりで暮らす会社員の小岸京(けい)さん。42歳の独身男性です。これまで結婚を強く意識したことがなく、女性と付き合うことがあっても、「すぐに振られるか、相手をそれほど好きじゃなかったことに気づく」ことが多かったといいます。

小岸さんはそんな自分を、「アセクシャル(他人に恋愛感情を抱かない人たち)みたいな、なんらかの新しい呼び方が付きそうなタイプの人間」だと考えています。

「ひとり」を楽しむ人たちに迫るDANROの企画「ひとり部屋、拝見」では、35歳以上でひとり暮らしをしている人を訪ね、部屋を見せてもらっています。今回は、神奈川県相模原市で住む会社員の小岸さんを訪ねました。

30代なかばのとき「こんな生活ヤダなぁ」

部屋は、駅から徒歩数分の真新しいマンションの最上階にありました。小岸さんは、数年前にマンションを購入したきっかけを、次のように語りました。

「34、35歳のとき、酔っぱらって帰ってきて、次の日、二日酔いで目が覚めたら目の前にチューハイの缶がゴロゴロ転がってて。『こんな生活ヤダなぁ』って。それまでは社宅を転々としていたけど、40歳とかになってもこんな風に暮らすのかと考えたら、それも楽しくないなあと。社宅を出て、部屋を借りても月に8万円、9万円かかる。それだったら買っちゃおうかと」

勤め先の会社から近く、手頃な価格帯のマンションを探した結果、2軒目に内見した現在の部屋に決めたそうです。

撮影:中村英史

中学・高校時代、マンガにはまった小岸さんは、編集者になりたいと考えていました。同じ年齢の従兄弟が、東京大学に入ったことに対抗意識を燃やして、「偏差値から逸脱した価値観がありそう」だと、1年間の浪人生活の末に、日本大学芸術学部に入学しました。しかし小岸さんは、すぐに同級生たちと違う道を進むことを決意します。

「芸術学部に入って、『変わった人でありたい。面白い人でありたい』と思っていたけど、周りも『自分は変わってると思われたい』みたいな人ばかりだったんですよ。そういう人を客観的に見ていたら、『なんか恥ずかしいな』って思うようになって。『俺は普通であろう』と」

同級生たちが映画や音楽、写真、文学など好きなことで生きる方法を模索するなか、小岸さんは「どこでもいいから就職したい」と考えるようになりました。しかし大学を卒業した2000年は就職氷河期だったこともあり、就職先は見つかりませんでした。

数ヶ月間フリーターとして働いたのち、新聞広告で見つけたのが、大手古書チェーンでした。以来20年近く、その会社で働いています。辞めたい、転職したいと考えたことはなかったのでしょうか?

「たぶん人並みには考えたと思います。でも『(会社に)残る価値はあるよな』と思って。なんだかんだいって、会社で何が役に立つって、5年働いた人より10年働いた人。入社直後は仕事もハードで、周りもバンバン辞めていったから、残るだけで価値があったんです。『こいつは逃げない』って(笑)まあ正直なところ、いまの仕事が好きだっていうのもあるんでしょうね」

いくつかの店舗で店長を経験した小岸さん。30歳を過ぎたころ、本社に異動となり、現在は事務職に就いています。

撮影:中村英史

小岸さんのマンションは、2LDK。30年ローンで購入したそうです。小岸さんは「今日は取材で人が来るから掃除した」と謙遜しますが、どの部屋も物が少なく、綺麗に片付いていました。

「ひとりで暮らしていたら、誰の制御も入らないじゃないですか。たとえば奥さんがいたら、『綺麗にしてよ』とか言われるわけで。そこも自分で律していかないと、際限なくなっちゃうんです。だから、自分が思う『綺麗』の段階よりも、さらに20%くらい綺麗にしようと意識しています」

秘訣は、お掃除ロボット「ルンバ」。「ルンバを使っていると、(ルンバの移動の妨げとなる)余計な物を部屋に置かないようにしようって考えるようになる」とのことです。

マンション自体は気に入っているようですが、周辺は当初予想していた以上の歓楽街で、驚いたといいます。

「夜、近所のコンビニに行ったら、セーラー服を着たおばちゃんがタバコを買っていました」

撮影:中村英史

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「42歳まで結婚しなかったんだから、結婚したくなかったんだろう」

「普通であろう」と決めて生きてきた小岸さん。転機となった学生時代の写真を懐かしそうに眺めますが、老眼で見にくそうです。「老眼を受け入れると、人生が楽になったよ」と笑いつつ、今は珍しくなった紙焼きの写真のうえで、思わず、画像を拡げる「ピンチアウト」の仕草をしていました。

そんな小岸さんにとって、いまの「楽しみ」とは?

「なんでも楽しいっちゃ、楽しいんです。本を読んだり、自転車に乗ったり。『これが好きだ』というよりは、たとえば映画を観るにしても、2月はあれを上映するな、来月はあれだなという風に、手近な目標というか、楽しみを自分から見つけていくんです」

大きな目標や、将来の目標を立てることはしたくないという小岸さん。「健康なまま死ねたら十分」と、禅問答のようなひと言を付け加えました。

撮影:中村英史

では、結婚については、どう考えているのでしょうか。

「『したくねー』とまでは言いたくないけれど、結果的に42歳まで独身なんだから、もう『したくなかったんだろう』としか言えないですね。30代のころ、婚活パーティーとかに行った時期もあるんですけど、妙にプライドが高いのか、最後に選ばれなかったときのショックが大きくて、ダメでした」

妹がすでに結婚していることや、両親が離婚していることもあり、家族からのプレッシャーもないといいます。それでも、「立派なマンションにひとりで暮らすのは、もったいない気がしますね」と小岸さんに告げると、こんな答えが返ってきました。

「自分に『欠落』を感じているから、形を埋めていこうと思ってるのかもしれないですね」

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土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

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