39歳で初めての「ひとり暮らし」 仕事に追われるフリーライターの事務所兼自宅(ひとり部屋、拝見 4)

フリーライターAさんの部屋(撮影:中村英史)

「フリーになってから、急に縁起をかつぐようになりました。『フリーあるある』ですね」。フリーライターのAさんはいいます。「ちょっと気難しそうな人を取材するときは、できるだけ『大安』の日にしよう、とか」。そう話すAさんの部屋の片すみには、小さな「熊手」が置かれていました。

ひとりを楽しむ人々の記事を発信するDANROの企画「ひとり部屋、拝見」。35歳以上でひとり暮らしをしている人に、現在暮らす部屋を見せてもらおうという試みです。今回は、39歳で「初めてのひとり暮らし」を始めたという女性Aさんの部屋を訪ねました。

仕事部屋を借りたのが「ひとり暮らし」のきっかけ

彼女が現在暮らしているのは、東京の北東部にある下町です。江戸時代に街道沿いの町として栄えた歴史をもち、昔ながらの風情が残ります。古い町並みや史跡を眺めながらぶらぶらと歩くことが好きなAさんの感性に合っていました。

部屋は15畳ほどの広いワンルーム。壁や仕切りはなく、キッチンや本棚、仕事場、リビングといった各スペースが、なんとなく分かれています。

料理をするのはおもに付き合っている男性だという(撮影:中村英史)

東京生まれ東京育ちのAさんは、大学時代に留学した1年間をのぞき、ずっと実家で暮らしてきました。39歳になって初めてひとり暮らしを始めたのは、なぜでしょう。きっかけは、フリーランスのライターならではの「悩み」を解消するために、実家から離れた場所に仕事場を借りたことだったといいます。

「(フリーは)家で仕事をすると、誘惑がいっぱいあって。寝ようと思えばすぐ寝られるし、テレビもある。そこで、カフェとかファミレスに行っていたんですけど、コーヒーだったりや軽食を頼むことになるし、いい場所が見つからなくて難民になることも。それがめんどくさいなと思って、どっかに場所を借りたほうがお得だろうと」

付き合っている男性がフリーのウェブデベロッパーだったので、一緒に古いビルの1室を借りて、共同の事務所にしました。ところがその部屋は、エレベーターのないビルの5階で、使ってみると大変でした。

育てやすいはずのサボテンでさえ、その事務所ではなぜか枯れてしまいます。「環境が生命力を奪っているように感じた」と、Aさんは笑います。

事務所に通って2年が経ったある日。不動産の物件サイトで良さそうな部屋を見つけ、「事務所兼自宅として使えるのでは」と引っ越しを決めました。現在の部屋には、以前の事務所と同じように、付き合っている男性とAさんの机が並んでいます。

しかし男性は、一緒に住んでいるわけではなく、あくまで仕事場として利用しているだけ。この部屋で暮らしているのは、Aさんひとりです。

「自分には結婚願望がなくって。結婚よりも、自由度が高いことのほうが、私にとっては価値があるんです」

Aさんは、中学・高校時代からの友だちと美味しいものを食べたり、旅行に行ったりする時間を大切にしたいと話します。

「友だちも独身の人が多くて。『類は友を呼ぶ』っていったらあれですけど、そのコミュニティにいるから、(結婚しないことが)何か問題ですか、ってなっちゃうんですよ」

前職はほぼ女性だけの編集部「桃源郷みたいなところでした」

一方でAさんは、大学時代を振り返り、英語学科に進んだことを「王道すぎてつまらない」と後悔しています。

「大人になって思うのは、なんでちゃんと選ばなかったのだろう、もっといろんな学問があったのに、安易な考えで選んじゃったなって。英語は得意だったし嫌いでもないんですけど、たとえば言葉を学ぶにしても、もっとマイナーな言語を選ぶとかあったと思うんです」

それでもAさんは大学を卒業後、その語学力を買われてECサイトの会社に就職します。商品の紹介文やメルマガを担当するなかで、「書く仕事も面白いな」と思って、ウェブ編集者として動画配信の会社に転職。さらに数年後、新聞社系列の編集プロダクションに転職して、夕刊の紙面などを担当しました。

「女性ばかりの編集部で、年齢も近くて、みんな20代後半〜30代。アクティブな独身の子が多くて、世間から離れた『桃源郷』みたいなところでした」

現在の趣味である落語や講談、演劇や美術の鑑賞は、そこで出会った人たちの影響が大きいといいます。しかし、36歳のとき契約が満了に。転職先を探すことになったのですが、「扱いづらいと思われがちな年齢だけど、妥協はしたくない」と、時間をかけて検討していました。

そのうち、知人から「この仕事、手伝ってくれない?」と声がかかるようになり、「ポツポツとやっていたらフリーランスになっていた感じですね」。

作れないままの本棚が床に置かれていた(撮影:中村英史)

いまの住まいに引っ越してきて2カ月。Aさんの部屋には、テレビやベッドがありません。「洗濯機もまだないんです」と話すAさんの足もとには、いつか取り付ける予定の棚の材料が置かれていました。

「植物を育てたり、お酒を飲んだりできそう」という広いベランダも、ほとんど手つかずのままです。引っ越してから、ずっと仕事に追われてきたAさん。眠るときはリビングの床で仮眠するか、実家に帰る日々が続いています。

「(プライベートと)仕事とのバランスが、まだ見えてきていないんですよね。これもフリーの『あるある』ですけど、来た仕事を受けないと不安になってしまう。自分のキャパを知れたらいいんでしょうけど、まだそこのさじ加減ができないんです」

ゆえに、現在の部屋での暮らしは100点満点で「80点」とAさんは語ります。

「美味しいものを食べたり、友だちとバカ話をしたりする時間、そういうリラックスタイムが、仕事によって削られているのがつらいですね。それがマイナス20点です」

フリーランスになって今年で4年目。その難しさを感じる時期なのかもしれません。

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土井大輔 (どい・だいすけ)

ライター。小さな出版社を経て、ゲームメーカーに勤務。海外出張の日に寝坊し、飛行機に乗り遅れる(帰国後、始末書を提出)。丸7年間働いたところで、ようやく自分が会社勤めに向いていないことに気づき、独立した。趣味は、ひとり飲み歩きとノラ猫の写真を撮ること。好きなものは年老いた女将のいる居酒屋。

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