空想の物語を歌い続ける「現代の吟遊詩人」 発想を得たのは「宮崎駿アニメ」

シンガーソングライターの山田庵巳さん
シンガーソングライターの山田庵巳さん

「弾き語り」という言葉は、一般的にはギターやピアノを弾きながらひとりで歌うことを指します。しかし、元々は文字通り「楽器を弾きながら語ること」を意味していました。日本では琵琶法師が、西洋では吟遊詩人が行っていたものが「弾き語り」だったと言っていいでしょう。

「現代の吟遊詩人」を標榜するシンガーソングライターの山田庵巳(あんみ)さんは、8弦ギターを巧みに操りながら、陰のある声で美しい物語を歌います。語りと旋律がシームレスに行き来する独特の歌表現は、幻想的な詩の世界とも相まって、聴く者に強烈なインパクトを与えるのです。

ラブソングや応援ソングのような明確なメッセージ性を意識的に遠ざけ、空想の物語を歌い続ける庵巳さん。その真意を本人に聞いてみました。

物語を歌う理由

ーー庵巳さんはなぜ物語を歌うのでしょう。

山田:友人の中には、「反戦」や「平和」といったテーマを歌う人や、「子供を産まない人生」「結婚しない人生」を歌う女性もいます。そういう歌ほどメッセージとして受け取られやすいんだと思う。しかし僕がそうしないのは、逆にメッセージがあるからなんです。錠剤をシュガーコーティングする感覚というか。

ーー言いたいことそのものをあえて言わない、というメッセージの発し方?

山田:例えば、僕が「平和」というテーマに向かい合うんだったら、ものすごく残酷な物語を描きます。それを受け取った人が、仮に「平和っていいな」って感じたとしますよね。すると、「平和を目指そう」という直接的なメッセージと、道筋は違っても同じ結果になる。むしろ、僕はそれ以上だと思ってるんですよ。

ーー言葉で言われるよりも、感覚に訴えられたほうが深く響くということは確かにあると思います。

山田:そういった発想を得たのは、スタジオジブリの宮崎駿監督作品からなんです。彼は命の尊さを表現するために、生き物がたくさん死ぬ映画を作りました。それが人々にどう作用するのかを客観的に分析していく中で、僕は「平和を訴えるときに“平和”や“戦争”という言葉を使ってはいけない」というルールに行き着いた。

ーー戦争を直接描いた「火垂るの墓」(高畑勲監督/1988年)ではなく、「もののけ姫」(宮崎駿監督/1997年)の方法論のほうがより伝わると考えた?

山田:まさにその通りです。もちろん「火垂るの墓」は素晴らしい作品ですし、そっちのほうが人々の心をまっすぐ打っているような気さえします。しかし、僕はそういう即効性のある表現ではなく、じわじわと潜伏するような、何週間か経って効いてくる作品を作りたいと思いました。

独自のスタイルができあがるまで

ーー最初に曲作りを始めた頃から、すでに物語を歌っていたのでしょうか。

山田:いや、最初はスタンダードな、メロディと言葉だけのものでした。それが物語になっていくきっかけは、日比谷カタンさん(シンガーソングライター)との出会いです。

ーーなるほど。カタンさんの語りかけるような歌い方や超絶技巧のギタースタイルは、庵巳さんにそのまま通じるものがあります。

山田:ライブに呼んでもらって、リハで初めて彼の演奏を聴いたんです。「まさかこんなおかしな歌を本番ではやらないよね」って思ってたら、本番はもっとすごかった。とにかく衝撃的で、どうしてもそれを再現したくなっちゃったんです。そして、しゃべれて歌えて弾ける、それらの良さを全て出せる曲として初めて完成したのが、青葉市子さん(シンガーソングライター)もカバーしてくれた「機械仕掛乃宇宙」。

ーー“山田庵巳プロトタイプ”のようなものが、そこで確立した。

山田:そうです。Aメロ〜Bメロ〜サビといったお決まりの構成ではない、自由に目まぐるしく展開していく曲をずっと作りたくて、それがようやくできた。でも、できあがってみるとカタンさんとは似ても似つかないというか、独自のものになってしまったと感じています。

8弦ギターとの出会い

ーー庵巳さんは一般的なものよりも弦が2本多い、8弦のガットギターを愛用しています。弾き語りでは非常に珍しいですね。

山田:昔やっていたバンドからメンバーがごっそりいなくなって、弾き語りを始めることになったんです。当時は若かったこともあって、彼らが自分から離れていったことに怒りしかなかった。で、一番仲の悪かったベーシストへの当てつけみたいな感じで、ベースの音域が出せる8弦ギターを買ったんです。すごく子供じみた動機で(笑)。

ーーしかし、音楽的には理にかなっている。

山田:「ベースくらい、自分で弾いてやるよ!」ってね。その時にたまたま新大久保の楽器店で「多弦フェア」というものをやっていて、7弦ギターやら10弦ギターやらが大量に出てたんです。お店の人も驚くくらいの即決で買いました。

ーー楽器も演奏スタイルも、ライブハウスシーンではとても珍しいです。親和性の高い対バン相手って、ほとんどいないのでは?

山田:ものすごく疎外感を感じることもあります。人間って、知らないものを見るのが怖いんですよ。どう見ていいかわからないんでしょうね。

弾き語りでは純度を追求

ーー現在はバンド活動も並行して行っていますが、弾き語りスタイルのほうがはるかに豊かな表現をされています。

山田:弾き語りとバンドは、用途が全然違うんです。弾き語りで重視しているのは、純度。自分の表現にストイックであること。自分が練習すればするほど表現の幅も無限に広がっていく。ひとりの現場は僕にとって絶対に欠かせないものなんですけど、限界を感じた出来事があって。

ーーあれだけ自由に歌っていても、限界を感じるものなんですか。

山田:それが野外フェスです。弾き語りのフェスに出たんですけど、複数ステージが同時進行していくので、みんな音圧で勝負するんですよ。大きな声を出して、大きな音で弾く。その時に、「聞こえること」と「届くこと」は別だなって感じました。

ーー音量を上げれば音は聞こえるけど、必ずしもそれで表現したいことが伝わるわけではない。

山田:集中して聴くタイプの音楽には全然向かない現場だなって思ったんです。「二度とあんなところで弾き語りはやりたくない」と思って、フェスで演奏できる音圧を備えたバンドを作った。だから、弾き語りとは目的が根本から違うんですよ。

音楽と生きていく

ーー今後について、何か考えていることはありますか。

山田:ライフスタイルを提案したい。弾き語りというものは、もっと生活に密着していていいと思うんです。例えば悩みごとを歌にするなら、その悩みにしっかり向き合って分析しないと作れない。それ自体が有益なセラピーなんですよ。カラオケやゴルフで発散するのと同じような感覚で、みんな弾き語りをやるといい。

ーー歌を作ることが生活の一部になってほしいと。

山田:そう。若い頃は漠然と「音楽“で”生きていきたい」と思っていたけど、今はその思いがだいぶ変質して、「音楽“と”生きていくんだ」って考えるようになりましたね。

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