ドラムを叩きながら「ひとり」で歌う 「叩き語り」の世界を追求する女性ドラマー

ひとりで楽器を弾きながら歌う演奏スタイルのことを「弾き語り」といいます。一般的にはアコースティックギターやピアノがよく使われますが、中にはエレキギターを使う人、オルガンやシンセサイザーを使う人など、さまざまなパターンが存在します。しかしながら、打楽器でこれをやろうと考える人は非常に珍しいと言えるでしょう。なぜなら打楽器は、ギターやピアノと違って和音を奏でることができないからです。

ドラマーでボーカリストのUさん(イニシャルではなくアーティスト名)は、多忙なサポートドラマー活動の傍ら、ドラムの「叩き語り」という耳なじみのない演奏スタイルでソロライブを行っています。その名の通り、ドラムを叩きながらひとりで歌うのです。アフリカの民族音楽などには打楽器と歌だけの表現も見られますが、Uさんが歌うのはいわゆるポップソング。坂本九さんの「上を向いて歩こう」や森田童子さんの「ぼくたちの失敗」といった楽曲です。

現在35歳の彼女は一体、どのような経緯でこのユニークな表現にたどり着いたのでしょうか。Uさんに話を聞きました。

Uさんが「叩き語り」する「上を向いて歩こう」(YouTube)

想像したら「できるな」って思った

ーーそもそもドラムの「叩き語り」とはどんなものでしょうか。

U:見てもらうのが一番早いんだけど、ドラムと歌だけでライブをしています。ほかにシンセなどの音を流したりは一切してません。鳴っているのは本当にドラムと歌だけ。

ーーいつごろから始めたのでしょうか。

U:4〜5年前かな。友達が弾き語りイベントを企画した時に、ノリで「Uさんも歌を歌ってるから出てよ」って言われたんです。それで「いいよー」って。

弾き語りのイベントだから、ひとりの演奏者ばかりが出るわけです。わたしは当時すでにドラムボーカルはやってたし、2人編成とかでライブをやったこともあったんだけど、さすがにひとりは初めてで。でも、頭の中で想像してみたら「ドラムと歌だけで……できるな」って。

実験音楽のつもりはない

ーー一般的に、音楽は「メロディ」「ハーモニー」「リズム」の3要素で成り立っていると言われています。叩き語りの場合、そこからハーモニーの要素が完全に抜け落ちていますよね。

U:ドラムって、いろんな打楽器を無理やりひとりで叩けるようにしたシステムなんです。本来はシンバルの人、大太鼓の人、小太鼓の人、って数人がかりでやるべきことを、強引にひとりでやってる。で、それぞれの楽器にそれぞれチューニングがあるので、いろんな音程が出てると言えば出てるんです。

それに加えて、楽器にも声にも倍音があって、リバーブ(残響音)もあって、いろんな音が常に飛び交ってる。それがあれば、コード(和音)楽器がなくてもいけちゃうんですよね。「足りないな」って思う人もいるかもしれないけど。

ーーつまり、完成されたものとしてお届けしていると。実験的な音楽を聴かせているつもりは…。

U:まったくないです。

「おばあちゃんになってもやってると思う」

ーー複雑なリズムと歌を組み合わせるとか、ギターソロの代わりにドラムソロが入るとか、マニアックなことをやっていると想像していたのですが、実際はものすごく普通にやってますよね。

U:変なことをしなくても十分、変だから。それに、曲芸がやりたいわけではないし。普段わたしがやっていることを、そのまま見せたいんです。ほかのパートが抜けるとこう聞こえるんだよ、みたいな。

ーーシングルCDに、ボーカルを抜いた演奏のみのトラックがよく収録されていますよね。あれで例えるなら、ボーカルとドラム以外を全部抜いたトラックを聴かせるような?

U:そうそう、わりとそういう発想。あと、「叩き語り」の場合はバンドと違って、事前に叩くフレーズを固めておかないんです。その場その場で、歌に合わせて即興に近い形でドラムを叩きます。わたしは作曲をしないので、これが一番純粋な自分の音楽表現に近いものかもしれない。

ーーこの活動は今後も続いていくんでしょうか。

U:これはたぶん、ライフワークとしてやっていきます。おばあちゃんになってもやってたら相当ヤバいけど……たぶん、やってると思うな。

人生が劣等感との戦いだった

ーーそもそもドラムを始めたきっかけというのは。

U:14歳くらいから能動的に音楽を聴くことにハマり始めたんですけど、「カッコいいな」って興奮するポイントが全部ドラムだったんですよね。

それからドラムを習うようになって、高校生の頃はジャズドラマーのおじさんのところに通ってましたね。その人にパット・メセニー(アメリカ人のジャズギタリスト)とかを教えてもらったりしました。

ーー学校で軽音楽部に入ったりはしなかったんですか。

U:当時は軽音ってあまり盛り上がってなかったんですよ。バンドブームよりも後で、『けいおん!』(軽音部に所属する女子高生らを描いた作品)よりも前という時代で。なので、学校では文化祭に出たくらいですね。

その頃にドラムを叩きながらコーラスパートを歌うようになるんですけど、ある人に「Uはメインボーカルではなくコーラス向きだ。わかってるよね?」って釘を刺されたんです。それで、「わたしは真ん中で歌っちゃいけないんだ」って。

ーーそんなことがあったのですね。

U:それ以前からステージの真ん中にはずっと立てなかったんです。小学校の時も学芸会の主役には選ばれず、ダンスを習っていた頃もなかなか真ん中では踊らせてもらえなかった。周りにはもっとうまい子とか、華のある子がいて。そういうことの繰り返しで、人生が劣等感との戦いだったんですよね。「叩き語り」は、そういうものと戦わなくて済むんです。ひとりしかいないから。

自分が良くなれば状況も良くなる

ーー余談ですが、「U」というアーティスト名は、検索しづらい名前だと思います。

U:あははは! ホントだね(笑)。

ーーUさんの演奏と名前を見かけて気になった人が、ネットで検索しようと思っても、「U」ではまず出てきません。

U:確かに。「あ」みたいなもんですからね。普通に本名がユウだから、どういう表記にするかって考えた時に、「YOU」の人はすでにいたので……。

ーーFAIRCHILDが。

U:そう、FAIRCHILDが(笑)。だから「U」にしました。今のところは、別にこの名前でいいかな。

ーー検索しづらいことはあまり気にしていませんか。

U:そうですね。自分がきちんと良くなっていけば、自然と状況も良くなっていくのかなって。人に知ってもらえたり、仕事がもらえたりするのは、あくまでその延長線上のことだと思います。

* * *

Uさんの「叩き語り」は、当初こそ余興の域を出ませんでした。しかし、そのスタイルを追求することによって次第に聴衆の心をつかみ、今では「叩き語り」のみによるワンマンライブを開催できるまでになりました。

原理的に、バンドがなければ存在しないはずの「ドラマー」というポジション。Uさんは、そんなドラマーたちに「ひとりでもやれることはある」という可能性を見せてくれました。ドラマーに限らず、「バンドから離れて、ひとりでもステージに立ってみたい」と考える全てのミュージシャンにとって、彼女の挑戦はひとつの希望であると言っても過言ではないでしょう。

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