名もなき石と名のある石と知らないおじさんと ~「石展」に行ってみた~
「石は芸術だ!」がキャッチコピーの石の展覧会「石展(せきてん)」が、6月15日と16日の2日間、東京・浅草にある浅草公会堂(台東区)で開催されました。以前、石を愛でる人びとのための専門誌『愛石(あいせき)』の編集長に話を聞き、「石」の魅力に気づき始めた筆者は、雨の降りしきる土曜日の午後、ひとり会場を訪れてみました。
石展は、おもに山や川で見つけた石を鑑賞する趣味・水石(すいせき)の愛好家たちによる「作品」の展示会です。全日本愛石協会が主催し年に2回、開かれています。
この日、東京は朝から大粒の雨。昼ごろ浅草に着きましたが、観光名所・雷門の前は、ふだんの休日より観光客が少ないようでした。人力車を引くお兄さんたちは雨具を着込み、雨に打たれながら、客を待っていました。
浅草公会堂までは、地下鉄銀座線・浅草駅から徒いて5分ほど。1000人以上を収容する大ホールや集会場を備えた大きなビルの1階にある展示ホールが会場でした。雨のせいか人影はまばら。筆者のほかには、数人の男女の姿があるだけでした。あとで関係者に聞いた話によると、この日は特に来場者が少なかったそうです。いつもは2日間の会期中に300人以上が訪れるとのことです。
今回の「石展」では、日本各地で見つかった48の石が展示されました。入場無料だったので、さっそく観てまわります。石は、ひとつひとつ盆栽や生け花を飾るように、間隔をあけて展示されていました。「朧月」や「九頭龍島」といった銘(めい)、いわばタイトルが付いたものもあれば、見つかった場所と出品者の名前だけを用紙に書いた石もありました。
「これ、おもしろいよ!」知らないおじさんに話しかけられる
鑑賞し始めてまもなく、「これ、おもしろいよ!」とおじさんの声が聞こえてきました。先に入場していた知らないおじさんが、筆者を呼んでいるのです。近づいてみると、おじさんの手には競馬新聞が握られていました。雨宿りのついでに、石を観にきたのでしょうか。
おじさんが指し示しているのは「心和」という銘が付いた、山口県の石でした。たまごのように丸くつるんとしています。おじさんは「孫悟空が生まれた石みたいだよな!」と同意を求めてきました。筆者にとっての『西遊記』は、幼い頃に再放送で観たTVドラマ版の世界。孫悟空が生まれた石は、もっとゴツゴツとしているイメージでしたが、石のユニークな形に魅せられこともあって、「そうですね」と返事しておきました。
数分後。「おい、こっちに来てみな」と再びおじさんに呼ばれました。おじさんが次に指さした石は、不規則に出っ張りがある異形の石でした。銘はありません。「なんか、顔みたいに見えない?」。おじさんは、またも同意を求めてきました。たしかに、石はおじいさんの顔のようにも、おばあさんの顔のようにも見えます。今度は心から「そうですね!」と返事しました。おじさんは、どこか満足した様子で去っていきました。
石に詳しい『愛石』編集長が推す石は?
会場で『愛石』の編集長・立畑健児さんに話を聞きました。立畑さんは、全日本愛石協会の事務局メンバーでもあります。「石展」は今回で40回目、当初は年に1回だけだったため、20年以上の歴史があるそうです。出品者が石に銘を付けるか否かは、その人の考え方によるそうです。必ず付ける人、無銘を貫く人、石によって付けたり付けなかったりする人がいるのだと教えてくれました。
筆者は当初、銘が付いた石のほうが出品者の「見立て」や、その背景にある遊び心が伝わってくるように感じていました。しかし、48もの石をひとつひとつ観てまわるなかで、考えが変わっていきました。無銘の石には鑑賞者の想像力にゆだねる部分が多く、それこそ「無」の状態で石を評価できることに気づいたのです。
立畑さんらは現在、水石の魅力を伝える手段として10cmにも満たない石を「ミニ水石」と呼び、手軽に収集・鑑賞できる環境を整えようとしているとのことでした。ミニ水石にも、他の石に劣らない面白さがありました。
自身も展示会に出品している立畑さんに、「編集長から見て、気になる石はどれですか?」と尋ねてみました。しばらく考えたあと、立畑さんは「あの石ですね」と丸い石を指しました。それは、先ほど競馬新聞を握ったおじさんが気に入っていた石、「心和」でした。立畑さんによると、石の丸さは自然が生み出したもので、人の手で削ったものではないそうです。
「ああ、それからこっちのもいいですね」と、立畑さんが次に指さした石も、おじさんが「顔に見える」と言っていたあの石でした。いわば石のプロである立畑さんの評価と、正体不明のおじさんの「お気に入り」とが一致していたので、驚きました。
おじさんは、何者だったのでしょう? 石の良し悪しを知る玄人(くろうと)だったのでしょうか。いや、そうは思えません。おじさんは、直感的に石を面白がり、楽しんでいた様子でした。だとすれば、むしろすぐれた芸術作品がそうであるように、いい石には、石を鑑賞したことのない人をも惹きつけてしまう、不思議な魅力があると考えたほうがよさそうです。また一歩、石の世界に足を踏み入れた昼下がりでした。