貯金の尽きかけた僕が見つけたおいしい仕事・後編(青春発墓場行き 25)

(イラスト・戸梶 文)
(イラスト・戸梶 文)

朝起きると、朝ごはんの用意から1日は始まる。これも僕らの仕事だ。僕以外にも女性のウーファー(WWOOFの利用者)が来ていたので、僕はひたすら彼女の手伝いをした。僕は料理らしい料理ができないからだ。採れたての野菜でつくる朝食はさぞ美味しかろう。僕はウキウキしながら調理を手伝っていた。できあがると配膳の役割は僕であった。なんとなく並べていると、後ろからホスト(定年を迎えた男性)から檄が飛んだ。

「あ〜ダメダメ。そんな並べ方じゃ。ちゃんと並べ方にも意味があってだな。右利きの人が食べやすいように並んであるんだよ。ちゃんと考えているのか、そのあたり」

僕は、

「す、すみません」

まさか、配膳で怒られるとは思っていなかったので、ちょっとびっくりしたのだった。これは先行き不安だなと嫌な予感がした。ここはゆるいところではない。僕はそのときから、戒律の厳しいコミューンに修行しにきたと思うことにした。そして、僕が左利きだったことは付け加えておきたかったが、黙っておいた。食事のときは、何食わぬ顔で、右利き用の並べ方でスムーズに食べてみせた。ホストは僕が左利きだということを気づいてもないようだった。

めちゃくちゃな理屈を振りかざしたホスト

そしてまた事件が起きた。農作業の休憩中に僕がタバコを吸っていると、ホストが飛んできた。そしてこう言うのである。

「タバコを吸うな!」

僕はさすがに、これには反論した。ウーファーの申し込みの際にタバコを吸う有無の記入欄があり、僕は吸う旨を書いていたからだ。

「なんでダメなんですか」

ホストはこう言った。

「俺の嫌いな親父がタバコが大好きだったんだ。タバコなんて見たくもない」

めちゃくちゃな理屈だ。個人の自由を剥奪して、資本主義打倒とは、ちゃんちゃらおかしい。

それまでも、買い物は個人商店でなるべく買う、地産地消など大資本に抗う講釈をことあるごとに聞かされたが、それに上回る自由に関して鈍感なのならば、意味はない。

それに僕が吸っていたタバコは100%無添加のオーガニックタバコである。文句あっか? その場は吸うのをやめてことを納めたが、この件でホストとの間には決定的な亀裂が走った。

そして決別することを選んだ

ホストの家は、山奥にあり、周りには何もない。ある日、僕は、どうしてもタバコを吸いたくなり、家の前を通りがかった車に声をかけてヒッチハイクをし、ふもとまで脱走した。そして、思う存分タバコを吸い、また山奥の家に戻った。幸いバレなかった。

この配膳左利き事件、タバコ親父嫌い脱走事件をもって、僕はこの場所からの決別を決心したのである。農作業がどんなものか、何も具体的なことは聞けないままだったので、もうちょっと滞在しようとも考えたが、限界だった。僕とはうってかわって、女性のウーファーは可愛がられていた。どうしてこんなふうになってしまうのか。人生とはうまくいかないときはとことんうまくいかないものである。

結局やったことといえば、食事作り、ニラ摘み、掃除、睡眠、ケンカ(複数)。総滞在日数4日であった。帰り、ホストに駅まで車で送ってもらった。すると、いきなりホストは自分語りを始めた。彼は郵便局に勤めていたが、うつ病を発症し、長らく休職していたと言う。復帰してまもなく定年になり、この家を買って田舎に引越してきたそうだ。それを聞いて、僕は、この人にはこの人の地獄があるんだなと、少し同情した。最後にそういうことを聞けてよかったと思った。

けれど、僕はこの件で疲れてしまった。そして農業に対する情熱もなんとなく冷めてしまった。ああ、親父、お前のせいだからな! 僕の未来計画は振り出しに戻ったのだった。家につくと天井を眺めた。僕はこれからどうなってしまうのだろう。嫌でも不安が襲ってくる。嫌なことがフラッシュバックして気分が暗くなってくるのを、無理やり感じていないふりをして、僕は、心のなかで、「なんとかなるさ」と何度もつぶやいた。

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