「聖地巡礼」がもたらしたアニメの”脱サブカル化” 「聖地巡礼」の歴史を紐解く
アニメやマンガの舞台を旅する「聖地巡礼」。現在ではすっかり地方創生の手段として認知されており、多くの自治体で作品の舞台であることを活かした取り組みが行われています。このコラムでは「聖地巡礼」の歴史を紐解き、これからどう形を変えていくのかについて綴りたいと思います。
「聖地巡礼」の歴史
物語の舞台を訪れたいという欲求は昔からあったようです。歴史を遡ると、平安時代に菅原孝標女(すがわらのたかすえのむすめ)が書いた『更級日記』では、上総国(現在の千葉県)で幼少期を過ごしていた作者が『源氏物語』の話を義母から聞かされ、舞台となった平安京に行きたいという思いがつづられています。
20世紀に入り、映画が普及すると、作品の舞台を訪れる動きは一気に広がりを見せます。国民的映画『男はつらいよ』では、東京・柴又をはじめ数々の舞台が描かれ、旅行会社によるロケ地を巡るツアーが人気となりました。戦後の観光産業の発展に伴い、ロケ地を旅する動きは大衆化していきます。
そして2000年代になると、アニメの舞台を訪れる「聖地巡礼」がファンの間で盛り上がり、社会的な注目を集めるようになります。
2016年には、アニメ映画『君の名は。』が大ヒットして、多くのファンが舞台となった東京都新宿区の四谷須賀神社や岐阜県の飛騨地方を訪れるようになり、同年の「ユーキャン新語・流行語大賞」では、「聖地巡礼」がトップ10に選ばれました。
アニメの「聖地巡礼」が注目された理由
しかし、実在する地名が登場するアニメは以前から存在していました。なぜ2000年代に入るまで、「聖地巡礼」の動きがあまりなかったのでしょうか。
原因の一つには、アナログ技術しかない時代は、背景を実写のように描くことに労力を要した点があります。埼玉県春日部市を舞台にした『クレヨンしんちゃん』の背景の描かれ方を思い浮かべれば、イメージがつくかもしれません。
もちろん手間がかかるという問題だけですので、舞台も明瞭で背景も写実的なことから、「聖地巡礼」に結びついた作品もありました。1974年に放送された『アルプスの少女ハイジ』が好例でしょう。舞台とされたスイスのマイエンフェルトには、現在に至るまで多くの日本人が訪れています。
このように例外はありましたが、多くのアニメ作品は、明確な舞台があったとしても背景を克明に描くことはありませんでした。しかしデジタル化が進むことによって、この考え方が変わっていくことになります。写真をデータに取り込んで、そこから背景を起こしていったほうが効率的になり、逆転現象が生じたのです。
2006年の『涼宮ハルヒの憂鬱』や2007年の『らき☆すた』あたりからアニメの「聖地巡礼」は盛り上がりを見せますが、これらの作品が当時から高度なデジタル技術を持っていた京都アニメーションから誕生したことは、決して偶然ではありません。
現在では、絵コンテの段階からロケ地で撮影した写真が用いられることも当たり前になってきています。
「聖地巡礼」がビジネスに
アニメの「聖地巡礼」に注目が集まる中、地域と版元とファンが三位一体となって作品を盛り上げる動きが出てきました。その先駆けとなったのが、埼玉県久喜市が舞台の『らき☆すた』と言えます。
それまでは、舞台をファンが訪れ地域商店などとの交流が生まれていても、なかなか行政や版元まで巻き込んだ動きには発展しませんでした。しかし『らき☆すた』以降、地域にとってはアニメが地方創生に役立ち、版元にとっては「聖地巡礼」がビジネスになるということが次第にわかっていきます。
実はこれを教えてくれたのが、ひとりを楽しむファンたちの行動です。『らき☆すた』の例で言えば、舞台を訪れるファンの動きを地元商工会などが機敏に察し、なんとかこの動きを「おもてなし」に繋げられないかと、版元である角川書店に企画を持ち込んだことか全ての始まりでした。
それ以来、「聖地巡礼」を促すために、アニメ作品でロケ地をクレジットすることが当たり前になりました。具体的には、2009年放映のアニメ映画『サマーウォーズ』ごろから徐々に明記されるようになったと記憶しています。
それまでは、アニメを見たファンがロケ地を「特定」し、それがブログなどで広められることで、次第にファンの間で「聖地」として観光地化されていく流れでしたが、最初からロケ地を公表することで「聖地巡礼」を盛り上げる、という流れに変わったのです。
一方、舞台となった自治体側も、アニメ放送と同時に「巡礼マップ」などと称したロケ地の観光案内地図を作り、旅行者に向け配布するようになります。こうして「聖地巡礼」は、観光化し、社会的なものになっていったのです。
「聖地巡礼」がもたらした、”アニメの脱サブカル化”
アニメ「聖地巡礼」はこうして、実写映画などと同様、地域振興にも有用なものであることが社会に知れ渡るようになります。
こうしたアニメのPR効果に目をつけた企業や自治体が増え、アニメをプロモーションに活用する動きが盛んになっています。例えば2019年に上映したアニメ映画『天気の子』では、サントリーやソフトバンクなど7社とコラボしたCMが作られました。
また、富山県南砺市や栃木県下野市などでは、行政が主導して、シティプロモーションを目的としたアニメが作られています。こうしたシティプロモーションは、観光促進目的で作られたものが大半でしたが、昨今では都市部の移住目的にも活用され始めています。例えば2019年に東京都町田市が制作したアニメ『START』では、子育て世代のファミリー層向けに、町田市がいかに住みよい街であることを伝えています。
これまでだったら、こうした分野のPR映像は実写で作られていました。それに代わって「アニメ」という媒体が選ばれるようになっているあたり、アニメがいかに一般化してきているのかが分かります。そうなると、「聖地巡礼」がアニメの”脱サブカル化”を牽引したといっても過言ではないのかもしれません。
ひとりを楽しむ行動が地方創生の端緒になる
こうした近年の「聖地巡礼」の動きは、舞台を特定して訪れることを楽しんでいた昔ながらのファンからすると、興ざめでつまらないものに感じるかもしれません。
誰も登ったことのない山を自分で道を切り拓きながら登ることに面白さを見出す登山家が、ケーブルカーやロープウェイなどで、簡単に山頂まで行けてしまう登山を強いられることに似ているかもしれません。実は、私も「聖地巡礼」の未開さを楽しんでいたひとりです。
「聖地巡礼」は、ひとりを楽しむファンの行動であったものが、いまや広告業や観光業をはじめ、あらゆる産業に結びついており、明らかに社会的なものになりました。そして、今後もこうした動きは続くものと思われます。
というのも、アニメは今や30~40代以下に訴求力のある媒体だとプロモーションをする側に認知されており、当然ながら今後もこうした世代が年を重ねるからです。ある一定の年齢以下はアニメをあまり見ないという世代が現れでもしない限り、アニメの一般化、良く言えばハイカルチャー化は避けられないでしょう。
自治体側にとって、アニメの舞台になっていなければ、自分達でアニメを作ってしまおうという動きが、現在はとても盛んです。もちろん、この動きを否定するつもりはないのですが、地域の観光資源は、往々にして意外なところに眠っているということを忘れてほしくないのです。
「聖地巡礼」では、ひとりを楽しむファンの行動が、新たな地方創生のあり方を切り拓いてきた歴史があります。これはアニメに限らず、歴史にせよ文学にせよ鉄道にせよ、同じことが言えます。
地域にどんな観光資源が眠っているのか。実はこれを教えてくれるのが、ひとりを楽しむ人々の行動なのです。ひとりを楽しむ人はこれからも増え続けることでしょう。そしてこうした人々が、地域に新たな気付きを与えてくれます。「ひとりを楽しむこと」と「地方創生」、一見結びつかない単語のように思えますが、意外なところから地方創生の原動力になることを期待するばかりです。