女子高生が城めぐりする異色マンガ「東京城址女子高生」が生まれたワケ(ふらり城あるき 4)

『東京城址女子高生』第1巻の書影
『東京城址女子高生』第1巻の書影

まさかの題材に衝撃

5月ごろ、書店に城関連の本を探しに行ったとき、ふと漫画コーナーに目を移すと、不思議な単行本が置いてあるのが目につきました。タイトルは『東京城址女子高生』。表紙では、可愛らしい女子高生2人がスマホで自撮りしていました。

これはまさに「DANRO」で城めぐりの連載をしている自分のためにある本。そう直感した私は、すぐに購入しました。

この本の主人公、「あゆり」は、お城に全く興味がない女子高生。ひょんなことから出会った同学年の「美音(みおん)」の強引な誘いで、世田谷城址の探索に連れて行かれていかれました。

わずかな土塁と堀しかない城跡を見ても、何が楽しいのか分からないあゆりでしたが、美音と都内の城めぐりを続けるうちに、段々と興味を持つようになっていきます。

城マニアの子と全く興味がない子という2人組のコンビが絶妙です。城めぐりをすることで、彼女達が抱える人間関係の悩みも共有されていきます。

城跡の描写も詳細です。私自身、第5話に出てくる道灌山(どうかんやま)の近くに住んでいるのですが、散歩で何度か行ったことがあるものの、そこが城跡だったと伝承されていることは全く知りませんでした。都内に城郭が多くあったのは知っていましたが、まさかこんな近くにあったとは…。新鮮な驚きがありました。

しかし都内には100以上の城跡があるものの、都市化の進展で痕跡すらないものも多く、残っていたとしても土塁や堀など地味な存在です。なぜそんな渋い題材を漫画にしようと思ったのでしょう。

不思議に思った私は、出版元の東京・飯田橋のKADOKAWA本社で、作者の山田果苗(やまだ・かなえ)さんと、担当編集者の岡本佳祐さんにインタビューしました。

びっくりしたことに山田さんが城に興味を持ったのは、わずか2年前。それまでは、江戸城の存在すら知らなかったというのです。

「東京には城がないと思っていたんです」

あゆり(左)に江戸城の良さを説く美音(『東京城址女子高生』第4話より)

ーー「城址めぐり」という題材を漫画にした理由は何ですか?

山田:お城に興味を持ったきっかけは、大学生のときにハマった「戦国BASARA」というカプコンのTVゲームですね。そこで石田三成が好きになって、彼の居城だった(滋賀県彦根市の)佐和山城に、いつか行ってみたいと思うようになりました。

とりあえず、家の近くにある城に行こうと思って、2016年ごろに「東京 城」とネットで調べてみたんです。そしたら、都内の城跡がたくさん出てきて「めっちゃある!」とびっくりしました。東京にもたくさんのお城があるということを知って、単純に面白いなあと思うようになったんです。

ーーちなみに佐和山城にはすでに行きましたか?

山田:まだ行ってないんですよね(笑) 城に興味を持ったのは本当に最近なんです。自分も今、勉強しながら漫画を描いているという感じですね。

ーーそれまでは東京の城というと、知っているのは江戸城くらいでしたか?

山田:江戸城も知らなかったです。皇居は知っていたけど、皇居がもともと江戸城だったというのは、全然知らなかった。私の自宅は東京都の多摩地区にあるんですが、ネットで検索するまで、自宅の最寄りの城は小田原城(神奈川県小田原市)だと思っていました。東京には城がないと思っていたんです。この漫画の主人公のあゆりレベルでした。

ーー歴史が好きになったのも比較的最近で、江戸城の存在を知ったのも2年前。そうなると、主人公のあゆりが城を何も知らないという設定になっているのも描きやすいですね。

山田:そうですね。私も歴史に興味ない人間としてずっと生きてきたので、あゆりは昔の自分といった感じです。

「東京にもお城はあるし歴史もあるんだよ」と伝えたかった

わずかな遺構が残っている世田谷城址を探索する2人(『東京城址女子高生』第1話より)

ーー「城址めぐり」という渋い趣味と女子高生は一見ミスマッチにも見えます。なぜ主要キャラを女子高生にしたのですか?

山田:女子高生が行くところって、カフェとか買い物とか気軽に行けるイメージがありますよね。城址散策って、ハードルが高いイメージがあるので「女子高生が学校帰りにフラっと行ける」くらいに感じてほしいと思いました。やっぱり城址は少し地味なので、華のある女子高生にしようと。

ーー『東京城址女子高生』という作品名ですが、城址と女子高生と韻を踏んでいるのはわざと?

山田:語呂合わせですね。最初の設定では除霊という案もありました。城址で女子高生が除霊。城址にいる城主の霊を、霊感がある女子高生が鎮めるという案でした。城址って地味だから「女子高生が除霊」という派手なアクションがあった方が、みんな寄ってくるんじゃないかと思っていたんです。

でも、実際にネームを描いてみたら、「あっ、いらないな」となりました。城址を心霊スポットとして扱ってしまうことにもなりますし。

ーー都内の城郭は、戦国時代のものが多く、都市化で遺構が残っていないものが多いですよね。あえて東京を舞台にした理由は?

山田:地元愛ですね。私は東京生まれ、東京育ちなので…。私自身が「東京にはビルしかない」とか「新しいものしかない」というイメージだったので、みんなに「東京にもお城はあるし歴史もあるんだよ」と伝えたかったというのはありますね。

ーー岡本さんに聞きますが、担当編集者としては「東京の城跡だと地味になるのでは…」という危惧はなかったですか?

岡本:地味だなとは思うんですが、城跡をしっかり描くことによる地域密着感とか、散歩しながらの発見という「町ぶら」っぽい要素を入れていけば、そこまで退屈しないのかなとは思っていましたね。

何より、東京だとめちゃくちゃ取材がしやすい。取材なくして、こういう漫画は絶対に描けないですよね。城跡に天守が残っているところも行けなくはないけど、限られたスケジュールだと大変ですし、結果的に取材が薄くなり、内容も薄くなると元も子もないです。地に足がついた内容になればと思いました。

何も残ってない城の方が「描きやすい」

ーー山田さんにお聞きしたいのですが、江戸城のように石垣や門など比較的遺構が残っている城跡と違って、作中に出てきた東京都北区の稲付城のようにほぼ遺構のない城もあります。描く上で苦労したのでは?

山田:そっちの方が描きやすいっていうか、自分が好きに描けますね。「ここよくね?」と自分が感じたところを描ける。江戸城だと、描く物が決まっちゃいますから。

岡本:キャラクターがきちんと描いてあって、キャラクターに注目してもらうようなストーリーさえあれば、たとえ城のことがなかったとしても、読者は読んでくれるという思いはありますね。

ーーたしかに城跡が何もなくてもストーリーで読めるようになっていましたね。

山田:でも、ドラマを描くのがなかなか難しくて…。城とか背景を描くのは楽しいんですけど、キャラクターを描いたり、女の子がキャッキャするのを描いたりするのは、ちょっと苦手ですね(笑)

ーー『東京城址女子高生』に出てくる女の子は、あまりキャッキャしてないですよね…。

山田:だから、描いてないんです(笑) 理想化されていない、等身大の女子高生にしたいというのはありました。私は女子高出身なのですが、リアルな女子高生同士の関係って基本ドライな部分があると思っているので。

岡本:ドラマは苦労している部分ですね。城跡に関しては、きちんと行ったところを描写すれば成り立ちます。しかし、それだと、城に興味ある人には読んでもらえるんですが、漫画作品として質の高いものにはならない。ちゃんと漫画として、読者にキャラクターを好きになってもらえるように気をつけています。

ヒロイン2人は作者の分身

道灌山(どうかんやま)に来た2人(第5話より)

ーー城に興味がない主人公の「あゆり」と、城マニアの「美音」の関係はどのように発案したのですか?

山田:2人とも自分ですね。城に興味のないころの私と、「東京に城あったよ」とすごく言いたい今の私。

ーー城に興味が出てきた「私」が、興味のないころの「私」に教える?

山田:結構、そんな感じです(笑)

岡本:どっちもいた方が、城に興味ある人の視線もカバーできるし、城に興味はないけど何となく「キャラが良さそう」とか「ちょっと面白そう」くらいのテンションの人にも興味持ってもらえるかも、というのはありますね。

ーー山田さんは漫画の執筆を通して、城跡のどんなところに惹かれましたか?

山田:城跡の埋もれている感じがいいですね。城跡の周りに人が歩いていても、誰もここが城だったということを知らずに歩いているんだろうなとか思うと、侘(わ)びしいですよね。だから、何も残ってない城跡でもいいんです。廃れちゃったものが好きなんで。廃墟も好きです。一回、栄えたけど、捨てられて忘れ去られた…みたいな。

ーー最近は「お城ブーム」といわれており、城跡を訪ねる人も増えているようです。昔は城といえば天守や石垣でしたが、今は土塁と堀しかない中世の城も人気を集めています。そうしたことをどう感じますか?

山田:土塁とか堀とかだけの城でも、当時の面影がそのまま残っている感じがしているのが良いですね。ただ、鉄筋コンクリート製の天守でエアコンがついていたり、地元のシンボルとして観光地になっているのもいい。それぞれの良さがあると思います。

ーーちなみに、この漫画を描いて城の見方って変わりましたか?

山田:すごく身近な存在に感じるようになりましたね。それまでは城跡に行くというと身構えてしまっていたのが、本当にあちこちにあるので、サクっと行けるようになりました。

(山田果苗さんのプロフィール)

東京出身。漫画家。デビュー作は『ある夏の前と後ろ』(ハルタ10号掲載)。作品には今作の『東京城址女子高生』(KADOKAWA、『ハルタ』連載中)のほか、『本日の四ノ宮家』(KADOKAWA)など。

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