本物の「カリオストロの城」に行ってみたら、全く似てなかった(イタリア・サンレオ)

サンレオの城砦。手前には大砲が設置してある

「カリオストロの城」のモデルって本当?

宮崎駿監督のアニメ映画で「ルパン三世 カリオストロの城」という作品があります。ここに登場する城のモデルになった城砦がイタリアにあると聞いて、行ってみたくなりました。

夏休みを利用したひとり旅。サンマリノ共和国を訪れた後、イタリアの古城に向かいます。アドリア海に面した港町リミニからピエトラクタまで路線バスで40分、マイクロバスに乗り換えて20分です。観光客の多くは、イタリア国内から乗用車で訪れるようで、マイクロバスの乗客は行きも帰りも僕だけでした。

断崖のような岩山をマイクロバスが登っていくと、中世と変わらない石造りの街並みが広がっています。その向こうの山頂に荘厳な要塞が見えました。城塞都市サンレオに到着したのです。

(この記事は、2018年11月4日に旧DANROで公開されました。記事内の情報は当時のものです。新しいDANROへの移行についてはこちらをご覧ください)

旧市街から見たサンレオ城砦(2018年9月6日撮影)

地図を見ると分かるのですが、この町は標高589メートルのフェルトロ山という岩山にへばり付いています。山頂に砦があり、中腹に城下町が広がっています。外から侵入できるルートは一カ所のみ。まさに天然の要害(地形がけわしく守りに有利な場所)です。周囲が断崖に守られているため、城壁そのものがありません。

サンレオの鳥瞰(ちょうかん)図(観光案内所で撮影)

サンレオの地名は、4世紀初頭にレオーネという石工が、キリスト教の布教活動をしたという伝説に由来します。レオーネは当初、サンマリノ共和国の建国の祖である同業者のマリーノと一緒にティターノ山にやって来ましたが、やがてたもとを分かち、20キロほど離れたこの地で司教になったと伝えられています。レオーネは、聖人として「聖レオ(サンレオ)」と称えられるようになりました。

最初に要塞化したのは、5世紀に東ローマ帝国とゴート族が争っていた時代に遡ります。14〜15世紀に入ると周辺領主によって激しい争奪戦が繰り広げられました。その結果、1441年にウルビーノ公国のフェデリーコ・ダ・モンテフェルトロ公が手中に収め、ルネサンス期の華麗な砦が建造されました。

ジグザグの山道を5分ほど登ると山頂の砦に到着です。砦はサンマリノのグアイタの塔に比較すると、はるかに巨大です。たしかにカッコいいけれど、曲線を多用した丸っこい姿は、映画に登場したカリオストロ城とは全く似ていません。カリオストロ城はもっと、尖塔が立ち並んでいたはずでは……。

「ルパン三世 カリオストロの城」のチラシ(左)とサンレオ城砦

よくよく調べてみるとサンレオ城砦が教皇領となり、牢獄として使われていた時代に、「カリオストロ伯爵」と呼ばれた人物が投獄されていたことが分かりました。映画に出てくるカリオストロ伯爵は架空の人物ですが、こちらは実在の人物です。

そうなってくると、サンレオ城砦が映画のモデルになったという話は、事実ではなさそうです。「カリオストロの城」としての出自が映画と似ているということで、「映画のモデルになった」と伝言ゲームで噂が広まったのではないでしょうか。

本物のカリオストロ伯爵は、こんな人

サンレオ城砦に展示してあったカリオストロ伯爵の肖像画

カリオストロの本名は、ジョゼッペ・バルサモ。天才的な詐欺師として、後世にその名が伝えられています。

1743年、イタリア南端のシチリア島に生まれました。錬金術師、医師、占い師など様々な肩書きを名乗って、ヨーロッパ諸国の宮廷に潜入。アラビアで生まれた「アレッサンドロ・カリオストロ伯爵」と称していましたが、真っ赤なウソです。

フランスのマリー・アントワネット王妃が男児を出産するという予言を的中させたことで名を馳せました。貴族階級から多額の金を巻き上げていましたが、同王妃に関連した「首飾り事件」に伴い、詐欺容疑で逮捕。無罪放免されたものの地位は失墜します。

1791年には、秘密結社フリーメイソンの分派の拠点をローマに設置したことがとがめられて、教皇庁に異端の容疑で逮捕されました。カリオストロは終身刑となり、サンレオ城砦に送られて4年後に亡くなりました。

カリオストロが収監されていた「井戸の牢獄」

カリオストロが収監されていた「井戸の牢獄」という部屋が、城砦に今も残されています。6畳ほどの部屋には、小さい窓と木のベッドがあるだけ。天井にある穴から、カリオストロは釣り下げられて入獄し、食事も上から差し入れられました。

教皇庁は、このような厳重な警備体制を敷くことで、「天才的な詐欺師」が脱獄しないように警戒していたわけです。トイレはどうしていたのか、他人事ながら心配になりました。

家族連れの観光客で、この狭い部屋はいっぱい。中を見渡せる写真を撮るのが大変でした。現在では石壁にドアが設置されて、自由に出入りできるようになっています。

城砦から撮影したサンレオの町。カリオストロも、狭い窓からこの光景を眺めていたのでしょうか

突然の大雨 と思いがけない光景

カリオストロの数奇な運命に思いを馳せていると、ゴロゴロと雷の音が近づいてきました。いつの間にか空を黒い雲が覆い、大きな雨粒が落ちてきました。

慌てて城砦から出て、町の喫茶店に逃げ込みました。のんきに牢獄を観光していたことで、カリオストロの怒りに触れたのでしょうか。いつの間にか滝のような雨が、中世さながらの町を包み込んでいました。

夕立に包まれるサンレオの町

喫茶店は、同じく雨を逃れてきた観光客で満員です。言葉から判断するに、イタリア国内の旅行者が多いようです。店員のお姉さんにアイスクリームを注文して、雨が止むのを待つことにしました。

30分ほど待つと、ようやく雨が小降りになってきました。サンレオでの滞在時間は約2時間。帰りのマイクロバスが来るまで、もう時間がありません。崖の下から眺めたサンレオ城砦の姿を撮影するためにフェルトロ山を降りていくと、夕日に染まった城砦の横に、きれいな虹がアーチを描いていました。

夕立に降られたときは「しまったなぁ」とスケジュールを後悔したけれど、最後にこんな光景が用意されていたとは……。ルパン三世の「カリオストロの城」とは違う姿だけど、つくづくラッキーだったと思いました。

サンレオ城砦と虹

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安藤健二 (あんどう・けんじ)

ハフポスト日本版ニュースエディター。1976年埼玉県生まれ。産経新聞社、フリーランス、ライブドア、ドワンゴを経て、ハフポスト日本版の記者。著書に「封印作品の謎 テレビアニメ・特撮編 」(彩図社)など。

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