ライブ会場に入れない!? 想定外のトラブルに戸惑う(渡米ライブ紀行 3)

ブルース・スプリングスティーンが若かりし日にキャリアを積んだ地、アズベリーパーク。その名称は、彼のデビューアルバムのタイトル(Greetings from Asbury Park N.J)にも使われている

スプリングスティーンの聖地を歩く

ブルース・スプリングスティーンのライブを堪能した翌9月2日の早朝。おれは会場へ出向き、2回目となる9月3日の公演の入場整理番号をもらうと、その後は前日と同じく観光を楽しむことにした。

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この日の目的地は、スプリングスティーンが若かりし日を過ごしたニュージャージーの大西洋岸のリゾート地、アズベリー・パークだ。マンハッタンのペンステーションからニュージャージー・トランジット(ニュージャージーの公共交通網を担う会社)、そしてUberを乗り継いで、アズベリー・パークに到着した。

アズベリー・パークの名物の一つが海岸線のボードウォーク(木の板張りの遊歩道)だ。スプリングスティーンの曲の中でも、このボードウォークがたびたび登場しており、ここで撮影された彼の写真も多く存在している。気候がよい9月上旬の土曜日ということでボードウォークの上はもちろん、ビーチも多くの人たちでにぎわっていた。

おれはボードウォークを少し歩くと、海岸線のすぐそばにある”STONE PONY”というライブハウスを訪れた。若かりし日のスプリングスティーンが腕を磨いた伝説的ライブハウスで、今も営業を続けている。

伝説のライブハウス、ストーンポニー。スプリングスティーンはもちろん、数々の有名ミュージシャンがこのステージで演奏している

そして、もう一か所。スプリングスティーンをはじめ、世界中のアーティストのポートレイトやライブ写真を撮影している写真家、ダニー・クリンチ氏のギャラリーにも立ち寄った。

アズベリーパークからの帰りに乗ったUberのドライバーは、おしゃべり好きだった。おれがスプリングスティーンのファンでここに来たと告げると、彼はクルマのラジオをスプリングスティーン専門のチャンネルに変えてくれた。そんなチャンネルが存在するのも地元ならではのことだ。

駅に向かう道路沿いには豪邸が立ち並んでいて、ドライバーが豪邸の主の名前(超有名人)を教えてくれたりした。

コピーバンドの演奏に合わせて踊る子供たち

9月3日。いよいよスプリングスティーンのニュージャージー公演の最終日だ。おれは昼過ぎにホテルのシャトルに乗って、会場へと向かった。

会場の最寄りのショッピングモールの特設ステージでは、スプリングスティーンのコピーバンドがヒットナンバーからマイナーなナンバーまで幅広く演奏していた。聴衆の中にはスプリングスティーンのツアーTシャツを着ている人もちらほら。おそらくおれと同じく、この後スタジアムに向かうのであろう。

吹き抜けの会場には多くの人が集まっていて、曲が終わるたびに大きな歓声と拍手が沸き起こる。小さな子供たちがリズムに合わせて思い思いの振り付けで踊っていたのが印象的だった。

コピーバンドの演奏を観終えたおれは会場へと向かう。すでに入場の行列ができていて、おれも自分の整理番号の位置に並ぶ。一緒に観ることを約束していたOさんやIさんとともに、前後に並ぶ人たちと会話を楽しみながら開場を待つ。行列に並ぶ人たちの多くはアメリカ人だったが、なかにはヨーロッパからという人もいた。

午後5時すぎ、いよいよ入場が始まった。セキュリティスタッフが行列に並ぶ人たちに向かって、大声で注意喚起をする。その表情や声は、まるで戦争映画に出てくる軍隊の上官のようだ。そのくらいの強面でないと、これだけの人数をコントロールできないのだろう。

開場を待つ人たち。前後に並んだ人たちとも仲良く会話できた

会場の入口でチケット画面がフリーズ!

チケットは紙ではなく、完全に電子化されている。入場時にスマホの画面を専用の機械にかざすのだが、スクリーンショットの画面はNGで、オンライン状態でないといけなかった。

おれはスマホをオンラインにしてチケット画面を呼び出した。ところが、チケットの画面がフリーズしてしまった。一昨日のライブでは問題なく入場できたのに、今回は画面がなぜか表示されない。このままでは入場ゲートを通過することができない。おれは一旦列から離れてチケット画面をリロードする。だが、画面は先ほどと同じまま。スマホを再起動しても同じ状態だった。

おれはレンタルWiFiの接続を落とし、あらためて会場のフリーWiFiで接続しなおした。観衆が多くてセキュリティ面での不安もあったので、会場のフリーWiFiにはこれまで接続しなかったのだが、いざ接続してみると思いのほか電波は安定しており、懸案の電子チケットも無事に呼び出すことができたのだった。

おれは駆け足でゲートに向かうと、ポケットの中身や財布、そしてスマホなどをかごに放り込んで金属探知機のゲートをくぐる。GAの入口ゲートはまだ開かれておらず、ゲート前に再び行列が作られていた。行列に近づくと、すでに並んでいたOさんとIさんが大声で「夏目さーん」と声をかけてくれた。おれの前後に並んでいた人たちも、突然姿を見せなくなったおれのことを気にしていてくれたみたいで、おれの姿を見つけて歓声をあげていた。

ナイジェリアの国旗を持ったカップルも

あらためて行列に並び、会場のスタッフに入場証となるリストバンドをもらう。やがて入場ゲートが開き、並んでいた人たちは歓声を上げながらスタジアムに入っていく。2日前、スタンドから見たスタジアムの大きさに圧倒されたが、グラウンドから見るスタジアムはもっと迫力があった。これだけ多くの客席をほぼ満杯にするスプリングスティーンの人気にあらためて驚かされた。

おれやOさん、Iさんがゲットした入場整理番号は2桁だったので(おそらく500人くらいが行列に並んでいた)、中央ではないものの最前列の場所を確保できた。

ライブが始まるまではまだまだ時間があったが、OさんやIさん、そして隣り合った外国人たちと会話を楽しんでいるうちに時間があっという間に過ぎていった。おれの隣のアメリカ人の女性はローティーンの頃からずっとスプリングスティーンのファンだと言っていた。彼女が初めて聴いたという曲の年代から察するに、おそらくはおれと同じくらいの年代なのだろう。おれの後ろには若い女性の2人組がいた。聞けば、イタリアから来たとのことだ。

大きなナイジェリア国旗を持ったカップルもいた。声をかけてみると、彼らは9月1日にナイジェリアを出発し、3日の午前、つまりこの日アメリカに到着したばかりとのことだった。彼らは最初は後ろのほうにいたのだが、いつの間にか最前列にまで前進してきた。はるばる海を越えてスプリングスティーンに会いに来たということで、おそらく他の客から「もっと前に行け」と言われたのだろう。

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夏目健司 (なつめ・けんじ)

愛知県名古屋市在住のカメラマン兼ライター。バイク、クルマ雑誌の取材を中心に活動中。趣味はバイクやアウトドア。毎年夏にはバイクのキャンプツーリングを楽しんでいる。ケッコン歴無しのアラフィフ男目線(?)で多様なテーマに挑戦中。1971年生まれ。

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