踊りを禁じられた国で踊る男性、公安に追われながら吠えるロック歌手…「世界の多様さ」に目を剥く

『気高く、我が道を』(アラシュ・エスハギ監督/イラン)

2年に1度、山形市で開催される世界的なドキュメンタリー映画の祭典「山形国際ドキュメンタリー映画祭」。その翌年に催される映画の特集イベント「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー」が今年も東京で開かれます。

11月7日から12月12日にかけて、新宿のK’s cinemaとお茶の水のアテネ・フランセ文化センターで、山形映画祭のコンペ作品を中心に、57本の個性豊かなドキュメンタリー映画が上映されます。世界の多様なドキュメンタリーをまとめて見られる貴重な機会です。

80歳の牛飼いの男性が女装して厩舎で踊る

『気高く、我が道を』のアラシュ・エスハギ監督

「ひとりを楽しむ」をコンセプトにかかげるDANROでは、ひとりで自分の道を歩む個人にフォーカスした映画に注目し、いくつかの秀作を紹介したいと思います。

まず、おすすめしたいのがイランのアラシュ・エスハギ監督の『気高く、我が道を』。2019年の山形国際ドキュメンタリー映画祭で「日本映画監督協会賞」を受賞しました。

主人公は、人前で踊ることが禁じられている宗教国家イランで、秘かに女装してダンスを踊り続けている80歳の男性。一緒に暮らす妻に呆れられながらも、自分が飼っている牛の厩舎の薄暗い灯りのもとで、楽しげに踊るのです。

ドキュメンタリー・ドリーム・ショーを主催するシネマトリックスの矢野和之さんは「80歳という高齢になっても踊りに生きがいを見いだして、誰に見せることもなくひとりで踊っているというのが面白いですね」と話しています。

また、エスハギ監督は山形映画祭のインタビューで「この映画は『踊り』についての映画ではありません。人間がどうやって『楽しく』なるかについての映画なのです」と答えています。

「イランという国は『楽しく』なろうとすること自体が、禁じられることがあるのです。ちょっと歌を歌うこと、踊ることでも、楽しい気持ちはしばしば禁じられます。けれども、私たち人間はどんな些細なことでも、やはり『楽しく』なりたい。そのことを伝えるためのツールとして、踊りを扱いました」

傑作映画を支えた「光の魔術師」のプライベートフィルム

『光に生きる ― ロビー・ミューラー』(クレア・パイマン監督)

続いて、紹介するのはオランダのクレア・パイマン監督の『光に生きる ― ロビー・ミューラー』。2019年の山形映画祭では、インターナショナル・コンペティションに出品しています。

これは、ヴィム・ヴェンダースやジム・ジャームッシュなどの著名な映画のカメラマンとして知られるロビー・ミューラーの生涯を、その作品と彼がプライベートで撮影したフィルムとともにたどるドキュメンタリーです。

撮影のために滞在しているホテルで鏡に向かって自撮りしたものなど、日常のなかの光景を巧みに捉えた映像は美しく、観ていて心地の良いドキュメンタリーになっています。一方で、映画のために各地を転々とする生活を送り、家族との関係に悩む時期もあったミューラーの「孤独」も伝わってくる作品です。

「伝説的な映画を撮影したロビー・ミューラーのプライベートフィルムそれ自体に魅力があります。独特の感性で世界を捉えた彼のセンスが光っていますね」

映画の見どころについて、シネマトリックスの濱治佳(はま・はるか)さんはこう指摘します。

一方、ミューラーが撮影した膨大なフィルムをもとに映画を作ったパイマン監督は山形映画祭のインタビューでこんなことを口にしています。

「観客はこの映画を観たあとは、別の視点で物事を見始めるようになるでしょう。彼は光の輝き、反射、葉や風に起こる小さな出来事を、捉えていました。本当にそういうことに気づく人でした」

「時代はかくも鋭利に不条理である」

『さまようロック魂』(崔兆松監督)

もう一つ、「ひとりを楽しむ」という観点から注目したいのが、中国の崔兆松(ツィ・チャオソン)監督の『さまようロック魂』。

1年前に相棒を自殺で亡くしたインディーロック歌手が、公安当局に監視されながらも、体当たりで単身ツアーを敢行。生活とロックの間を揺れる男の声は低くかすれ、自由を求めて闇夜をさまようのです。

シネマトリックスの矢野さんは「男性は30代か40代。決して若くなく、ダミ声で歌うんですが、それが魅力的なんです」と語ります。

「政治的には反体制というわけではないんですが、精神的には反体制的。それをひとりでなんとか貫こうとする姿勢に惹かれるものがありました」

イランと同じく「表現の自由」が制限されている中国では、ロックミュージシャンも生きていくのが困難なのでしょう。崔監督は山形映画祭に寄せたコメントで「時代はかくも鋭利に不条理である」と述べています。

「真相を知っている人々は、共謀者であり、犯罪者だ。歌を歌うことは、絶望した人の最後の賛美である。受難者の心は火のように熱い」

「ドキュメンタリー・ドリーム・ショー」の映画は2つの会場で上映される

「世界にはこんなにも多様なのか」という驚きが待っている

今回は、3つの作品を取り上げましたが、他にも中国の章梦奇(ジャン・モンチー)監督の連作ドキュメンタリーの一つ『自画像:47KMの窓』や、日本の牧野貴監督の実験的な作品『Memento Stella』など、観客が自分自身を見つめ直すきっかけになりそうなユニークな映画がいくつも上映されます。

『自画像:47KMの窓』(章梦奇監督)

シネマトリックスの矢野さんは「ドキュメンタリー・ドリーム・ショーの作品をいくつか観ていただければ、世界はこんなにも多様なのかと驚くことでしょう。ぜひ、この機会を利用して、1本だけではなく何本かを観ていただきたいですね」と話しています。

『Memento Stella』(牧野貴監督)

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