宇都宮城の櫓、本丸側から見ると「のっぺらぼう」の理由とは?(ふらり城あるき 12)

JR上野駅から宇都宮線の車両に揺られて2時間ほど。車窓からプリンのような形をした山が見えます。日光の男体山です。関東平野の北端が迫っているのを感じました。終点の宇都宮駅で降りると、どこからか餃子の匂いが漂ってきます。さすが「餃子のまち」の異名を取るだけあります。
夜に知人と駅前で会う予定ですが、それまで時間に余裕があるので、久しぶりに城跡めぐりです。宇都宮駅西口から市内循環バスに乗って10分で「宇都宮城址公園入口」に到着。バスを下りると、小高い土塁の上にそびえ立つ二階建ての櫓(やぐら)が目に飛び込んできました。
「関東七名城」の一つとして知られた宇都宮城です。土塁の高さは実に10メートル近く。その上にある白亜の櫓「清明台(せいめいだい)」は天守の代用だったと言われるだけあって、勇壮な姿です。夢中で写真を撮りました。
勇壮な櫓のすぐそばに異様な姿。土塁を貫通するトンネルが……。

宇都宮城の本丸跡に作られた城址公園には、コの字型の土塁の上に清明台と富士見櫓という2つの櫓が立っています。その周囲は水堀で囲まれています。堀に沿って移動しながら撮影していると、異様な光景が見えてきました。
堀をまたぐ橋の先で土塁に巨大な穴があいていて、旧本丸跡の広場に移動するためのコンクリートのトンネルになっているのです。土塁を貫通するトンネルを見たのは初めてでした。
せっかくの土塁になぜ?と勘ぐりたくなるところですが、実はこの「土塁」そのものがコンクリートで復元されたものなのです。広報誌によると土を固めてつくる昔ながらの工法は再現困難。土塁の上に建物を作ることも法令上できない……というのが理由でした。
かつての宇都宮城は幕末の戊辰戦争で建物が焼失。昭和期に周囲の市街地化が進んだ結果、土塁は崩され、水堀も埋め立てられるなどして、ほぼ全てが失われてしまいました。先ほど見た2つの櫓や土塁は2007年に復元されたものでした。
櫓は木造で精密に再現されているのに、土塁はコンクリート製。下調べで知ってはいたのですが、実際にトンネルを見ると興ざめです。このトンネルさえなければ、江戸時代さながらの土塁に見えたのに……。残念な気持ちになりました。
本丸側から見ると「のっぺらぼう」な櫓
気を取りなおして、トンネルを抜け旧本丸跡の広場に向かいました。だだっぴろい芝生の上を10月の秋風が気持ち良く抜けていました。市民の憩いの場になっているようです。この城址公園は災害時の避難場所として位置づけられ、地域の防災拠点として整備されているそうです。

土塁に向かう階段がありました。これを登って清明台と富士見櫓の中を見学していると、奇妙なことに気がつきました。どちらの櫓も旧本丸の外から見ると窓が見えるのに、旧本丸の内側を向いた壁には窓がありません。顔がない妖怪「のっぺらぼう」のような姿です。


復元するときに予算が足りなかったのでしょうか。広場にある資料館「清明館歴史展示室」に寄った際に、年配の説明員の男性に尋ねてみると、意外な返事が返ってきました。
「もともと江戸時代の櫓も、本丸の内側を向いた部分には窓がなかったそうです。なぜかというと、この宇都宮城の本丸は、歴代将軍が日光にお参りする際に宿泊するための御殿があったからです。将軍の御殿をのぞくのは不敬にあたるので窓がなかったと考えられています」
なるほど……。そこは歴史に忠実に再現したということなんですね。宇都宮は徳川家康を祭った日光東照宮に向かう日光街道の要衝でした。江戸幕府の要である譜代大名たちが宇都宮藩を治める中で、歴代将軍の宿泊所として宇都宮城は重宝されていました。そんな歴史が櫓のデザインに現れていたのです。

公園内に残された唯一の遺構は、フタコブラクダの背のような土塁だった
改めて外の広場に出ました。土塁の一部にシャッターやエレベーターが見えていますが、気にしている人はいないようです。城マニアの自分は「サイボーグのようなお城だなあ」「かつてここに本丸があったという雰囲気だけでも味わえるのを良しとすべきか」と複雑な気分になりました。
しかし、江戸時代の名残は一切ないのでしょうか。土塁のトンネルに入口がある「宇都宮城ものしり館」でガイドの女性に確認したところ、コンクリート製の土塁とは別に、江戸期の土塁が一部だけ公園内に残っているとのことです。
それは富士見櫓の近くのコンクリート製の土塁の末端にある高さ3メートルほどの低い土塁でした。土が崩れたせいか、フタコブラクダの背のような姿をしていますが、これが公園内に唯一残された土塁の遺構だそうです。積極的にPRしている様子はなく、周囲に解説パネルなども見当たりません。

江戸初期に本多正純の大改修で、何重もの水堀と土塁で囲まれた堅固な城となった宇都宮城。歴代将軍の宿泊所として知られた名城も、時代に揉まれてこんな姿に。コンクリートで復元された高さ10メートルの土塁のすぐ近くで、ラクダの背中は物悲しげに見えました。
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