妻と出会ったのはドブ川だった!~元たま・石川浩司の「初めての体験」

よく妹と間違われるほど似たオーラを出しているそうだ(イラスト・古本有美)
よく妹と間違われるほど似たオーラを出しているそうだ(イラスト・古本有美)

妻との出会いは川であった。

「河原のバーベーキュー大会かなんかで知り合ったんじゃないの」って?

いやいや違う。川のほとりじゃなくて川の上です。

「じゃあ、オシャレなリバークルーズじゃないか」って?

いやいや、ドブ川の上です。ドブ川の上で出会って結婚しました。

説明が必要だろう。当時まだバリバリのアマチュアバンドの「たま」だった僕らに、中野区の区役所に勤めている友人から連絡があった。

「今度、川の上から東京を見上げる文化イベントを企画してるのだけど、休憩時のアトラクションとして何曲か演奏してくれないかな」

当時、演奏する場所をいつも探していた僕らは、すぐにその企画に乗った。当日はドブ臭い神田川に屋形船を2隻浮かべて都内を出発。海まで出てまた戻ってくるという経路だった。まだベースが入る前のバンドだったので、僕の太鼓と生ギターふたりというマイクも電源もいらない環境の中、船べりで演奏した。僕は太鼓を叩きながら叫び、歌った。その様子をもう1隻の船から眺めていたのが後の妻である。

その時の演奏が気に入ってくれて、その後ライブハウスにも来るようになった。当時はお客さんの数も少なかったので、ライブ後にお客さん全員と打ち上げに行ったりしていた。そこですぐに意気投合したのだ。

「100年一緒に遊ぶ」妻との約束

デートはもっぱら、降りたことのない知らない駅。下車して知らない町をふたりで歩き、わざと迷子になった。最後はファストフード店に長居して、ふたりでトランプなどに興じるのが主であった。勝負は毎回白熱した。でも白熱したところで終電の時間になって、それぞれの家に帰らなければならなかった。

もっと遊んでいたいと思った。眠る直前まで遊んでいたいと思った。倒れるまで遊んでいたいと思った。

「家が一緒ならそれが出来る」

そこで結婚することにした。付き合って1年半ほど経った頃のことだった。友達だけを呼んだラフな結婚パーティーを行い、パンフレットも作った。タイトルは「100年一緒に遊ぶ」であった。

きちんとした結婚式はしなかった。僕はその頃、バンドをやってるだけの何の将来性もないフリーター。彼女はきちんとOL務めはしていたものの、性格は僕と同じくグータラで、儀式とかが嫌いだった。そこで、お互いの家族を自宅に呼んで食事会を行い、婚姻届に捺印しただけだった。しかも、その日に限って我が家のトイレがぶち壊れてトンデモナイ事態になったので、まさにウンが付いた婚姻届になった。

家庭内通貨「ウキュピ」を作った

その食事会の時に親から「少しは家具くらい買いなさい」と、いくばくかのお祝いを頂戴した。そのお金で最初に買った物はタンスでもちゃぶ台でもなく、当時発売したばかりの「ファミコン」であった。うちの夫婦にとって何より大事なのはゲームだったからだ。

しかしここでひとつの大きな問題が持ち上がった。結婚前は食事などを賭けて、ゲームの勝負が盛り上がったのだが、結婚を機に財布をひとつにしてしまったため、ゲームをする面白みがなくなった。そこで考えた。

「そうだ。『家庭内通貨』を作ろう」

「ウキュピ」という家庭内通貨を作り、ゲームの点数などによってそれをやり取りする。例えば100ウキュピで、妻に10分マッサージをしてもらうことができる。一方妻は、100ウキュピで、僕に皿洗いなどの家庭内労働を強制的にやらせることができる。これは皆にもオススメだ。うちには子供ができなかったが、子供も含めてみんなでやれば、一層家庭が楽しくなることは請け合いである。

結婚したのは昭和の最後の年。当時は妻の方がフリーターの僕よりも倍以上の収入があり、生活がひとりの時よりちょっとだけ良くなり、「ウッシッシ」と思っていた。しかし翌年、平成になるとたまがテレビに出てメジャーデビュー。デビュー曲がヒットチャートの1位になり、生活も大きく変わっていくとは、結婚当初は考えてもいなかった。

そんな僕も今年で、結婚30年を迎えた。

妻とはあと70年、一緒に遊ぶのだ。

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石川浩司 (いしかわ・こうじ)

1961年東京生まれ。和光大学文学部中退。84年バンド「たま」を結成。パーカッションとボーカルを担当。90年『さよなら人類』でメジャーデビュー。同曲はヒットチャート初登場1位となり、レコード大賞新人賞を受賞し、紅白にも出場した。「たま」は2003年に解散。現在はソロで「出前ライブ」などを行う傍ら、バンド「パスカルズ」などで音楽活動を続ける。旅行記やエッセイなどの著作も多数あり、2019年には『懐かしの空き缶大図鑑』(かもめの本棚)を出版。旧DANROでは、自身の「初めての体験」を書きつづった。

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