バレバレのドッキリだとボケれない!~元たま・石川浩司の「初めての体験」

その格好でかがむのは良くないよ・・・(イラスト・古本有美)
その格好でかがむのは良くないよ・・・(イラスト・古本有美)

最近は1年間で数回程度になったが、昔はそれなりにテレビに出ていた。音楽番組はもちろん、CMやドラマのちょい役にも出演していた。

そんなテレビに良く出ていた頃、あるバラエティ系の番組から出演依頼があった。依頼されたのは、バンド「たま」ではなく僕ひとり。ずっと見ていた好きな番組だったし、ちょっとしたトークという内容だったので気軽に引き受けた。

衣装に着替えるタイミングに違和感

番組出演のためテレビ局に入って楽屋を探していると、担当ディレクターから「すみません、楽屋の準備がまだできていないので、こちらでお待ちください」と言われ、ロビーで待たされた。

ほどなくしてディレクターが戻って来たが、不思議なことを言う。

「あの・・・楽屋に入る前に衣装のランニングに着替えてください」

不思議なこともあるものだ。衣装に着替えるのが楽屋なのに、その楽屋に入る前に着替えろとは、これまた面妖な。

念のために伝えておくと、僕のランニング姿はあくまでステージ衣装。普段あの格好で街を歩いているわけじゃござんせん。デーモン小暮さんのように、「この姿が我輩の真の姿だっ。ワッハハハッ!」ってなことじゃありません。ステージ上で動き回ると暑いからあの姿になったわけで、普段は普通の服装。そこらへんによくいるただのオッサンである。

そういえば先日もライブの後に、若い女性のお客さんから「ランニングは衣装だったんだ! 普通の服も着るんだ!」と驚かれたが、そもそも冬場にあんな格好で外をうろついていたら相当アブナイ人である。もしそういう人がいたら、近づかない方が賢明だ。

すぐに気がついたドッキリ企画

さて話を戻すと、楽屋に入る前に衣装に着替えてほしいという依頼は謎だったが、とりあえずロビーで上半身裸になり、ランニングシャツに着替えた。人の多いロビーで着替えさせられて、一体どんな辱(はずかし)めなんだと思ったが・・・。

そして楽屋に通されたのだが、3秒で気づいてしまった。

「これ・・・ドッキリだ・・・」

僕の坊主頭とランニングという姿から、山下清さんを連想してしまうのは仕方がない。しかし、山下さんと格好は似ていても、僕の性格は山下清さんのような素朴さはない。常にまわりを見渡して、神経を張り巡らせている小心者である。なので楽屋に入ってすぐに、小さなカメラが植木鉢などにいくつも仕掛けられていることに気づいてしまったのだ。

楽屋のテーブルの上がまた異様だった。エロ本が山のように積まれていて、楽屋弁当はおせち料理かと思うほどの豪華な三段のお重。先にも書いたが、この頃はテレビに良く出ていた。地方をツアーで回っている時など、CDやライブの宣伝を兼ねて、一時期は毎日のようにローカル局のテレビ番組に出ていた。なので楽屋にエロ本が積まれていることも、大きな海老の尾頭付きがお重からはみ出ていることもあり得ないことはすぐにわかった。

ボケるべきなのか

これには正直困った。

つまりどのような動き方をすればいいのかわからなくなったのだ。僕がコメディアンなら何も気づかないふりをして、「うわ~すんげえエロい本たくさんだ~、ウッシッシ~、オッパイオッパイ!」とか、「こりゃまた豪勢な弁当だな。オヒョヒョヒョヒョッ、いっただきでぇ~す!」とボケればいいのだろう。

だが僕はミュージシャンだ。ステージでくだらないパフォーマンスはするものの、それはあくまで音楽ありきの上なので、お笑い芸人のようにふるまうのは、意識的にも技術的にも無理だった。無理にボケると「さっぶい」ことになるのは自分でもわかっていたし。

かといって「何だこの隠しカメラは!」というのも大人気ない。僕はこうしたジレンマに右往左往した。

オンエアされなかったシーン

そうこうしているうちに突然、外国人が楽屋に入って来て「ここは俺の楽屋だ!」的なことをまくしたて始めた。明らかに演出だと思ったが、僕はつたない英語で「ここは僕の楽屋で、ディレクターさんにここにいてくださいと言われた」的なことを話した。このシーンはオンエアされなかったのだが、おそらく番組としては「いっさい英語がしゃべれずに、ただオロオロする場面」を期待していたのだろう。少しでも英語が話せる石川浩司は、番組的にはアウトだったのだ。

またスタッフのフリをした異様に色っぽいお姉さんが、「お茶をお持ちしました」と近づいてきた。明らかに胸が見えやすい服で、胸の谷間をグイグイ見せつけてきた。もちろんチラッとは見たが、「あの、その格好でかがむのはあまり良くないですよ」とついつい伝えてしまった。

もちろんオンエアになったのはチラ見したシーンで、僕の助言が放送されることはなかった。他にもなぜかカツラがたくさん置いてあり、「これを被れということか・・・」と思って、一応被ってはみたが、あまり面白いリアクションは取れなかった。

今後はもうないと思うのだが、もし僕をドッキリにかけたいのなら、せめてカメラくらいわからない位置にセッティングしておくれっ!

そしたら途中で気づいてもがんばってボケますんで・・・。

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石川浩司 (いしかわ・こうじ)

1961年東京生まれ。和光大学文学部中退。84年バンド「たま」を結成。パーカッションとボーカルを担当。90年『さよなら人類』でメジャーデビュー。同曲はヒットチャート初登場1位となり、レコード大賞新人賞を受賞し、紅白にも出場した。「たま」は2003年に解散。現在はソロで「出前ライブ」などを行う傍ら、バンド「パスカルズ」などで音楽活動を続ける。旅行記やエッセイなどの著作も多数あり、2019年には『懐かしの空き缶大図鑑』(かもめの本棚)を出版。旧DANROでは、自身の「初めての体験」を書きつづった。

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