怖いけどセクシー「吸血鬼ドラキュラ」の魅力
夜ごと出没する怪しい影。首筋に牙を立てすする甘い鮮血。忌まわしいモンスターとして恐れられる一方、高貴なイメージがあるのが吸血鬼ドラキュラだ。厳しい残暑が続くが、小説『吸血鬼ドラキュラ』(ブラム・ストーカー著)を読んでみてはどうだろう。
モデルがいた。15世紀のワラキア公国(現在のルーマニア南部)を統治したブラド・ツェペシュ(1431~76年)である。彼はトルコの脅威から祖国を守った英雄だった。他方、敵だけでなく意に沿わない者は味方までことごとく串刺しにして処刑するなど過激な君主でもあった。その残酷さが吸血鬼のイメージにつながったのだろう。
「ドラキュラ」という名前にも理由がある。ブラドの父のあだ名が「Dracul(ドラクル)」。竜または悪魔の意だ。そこに子どもを意味する「a」が付き、ドラキュラとなったというのである。
ルーマニアのトランシルバニア地方には吸血鬼伝説が本当にあった。日中、棺の中で眠っている死体に過ぎないが、夜になると動き出す。神の教えに背いて破門された者や自殺者は死後、吸血鬼になるという言い伝えだ。亡くなった人の胸に鉄杭を打ち込み、吸血鬼としてよみがえらないようにする儀式も20世紀初めまで続いていた。
おすすめ「ドラキュラ映画」の古典
ドラキュラの大衆化に拍車を掛けたのが映画だろう。
1922年、ベルリンで公開されたのがサイレント映画「ノスフェラトゥ」。人間の不安や恐怖に迫るドイツ表現主義の傑作だが、原作者ストーカーの遺族に許可を取っていなかったためタイトルや登場人物が変更された。伯爵の名前はオルロック。目と耳が異様に大きく、爪が長く、頭がはげており老人のようにも見える。独特な映像は「黒死病」(ペスト)のイメージとも重なる。「ノスフェラトゥ」とは「不死者」の意。罪の告解を終えておらず、死んだとも認められない「おぞましい存在」だ。
イメージを決定づけたのが米映画「魔人ドラキュラ」(1931年)だろう。演じたのは舞台出身のベラ・ルゴシ。オールバックの髪形でマントを羽織るドラキュラ伯爵のイメージが定着したのもこの映画からだ。「優雅な立ち振る舞いは貴族的雰囲気にあふれていた」。ルーマニアのブラン城(ドラキュラ城)を訪ねたことがある娯楽映画研究家・佐藤利明さんは語る。
初のカラーフィルムによるドラキュラ映画となった「吸血鬼ドラキュラ」(1958年)も名作だ。杭でとどめを刺すバイオレントな場面やエロチシズムも加わり、それまでの恐怖映画と一線を画した。伯爵を演じたクリストファー・リーはロンドン生まれ。長身。英国紳士的な気品とクールな表情が、ドラキュラの冷酷さ、異形の悲しみを増幅させた。怒りに燃える場面では目に赤いコンタクトを付けたそうである。
それにしても、ドラキュラはセクシーだ。「あの眼光で見つめられた女性は逃れようのない恐怖に陶酔してしまうんじゃないかしら。恋をするドキドキ感と似ているかもしれません」。知人の女性がうっとりした表情で話す。とはいえ、苦手なものもある。太陽の光線、十字架、ニンニク……。鏡も苦手だ。理由は「映すべき魂を持っていないから」。
講釈はここまで。まずは小説を読んで、たっぷり吸血鬼の魅力に触れてほしい。映画も、上記に挙げた「ノスフェラトゥ」「魔人ドラキュラ」「吸血鬼ドラキュラ」の古典3本をお薦めしたい。