静かに自分を見つめ直す「ひとり金沢」の過ごし方

「THE SHARE HOTELS KUMU 金沢」(写真・太田拓実)

私が静かに自分を見つめ直したいときに選ぶ旅先は、金沢です。美術館や庭園などひとりで訪れることのできる場所があり、ひとりで食事ができる店も実はたくさんあるからです。もちろんひとりでゆっくりとお酒が飲めるお気に入りのバーも。

しかし金沢にはひとり旅に向いたホテルがあまりなく、これまではビジネスホテルに泊まっていました。ところが、最近、お気に入りの宿が見つかったのでご紹介しようと思います。

金沢の伝統をテーマに発信する場所

そのホテルの名は「THE SHARE HOTELS KUMU 金沢(以下KUMU 金沢)」。築44年のオフィスビルをリノベーションした、私好みのユニークな場所です。元がオフィスビルだけに、金沢市中心のオフィス街にあるところが便利でいいのです。

KUMU 金沢。以前のオフィスビルを生かしたままの外観が周囲になじんでいる(写真・太田拓実)
ホテル内にはオフィスビルだった頃の名残も少し(写真・太田拓実)

また、ここはただのホテルではなく、金沢の伝統をテーマに、地域の文化振興を目指した場所。武家文化、禅、茶の湯、工芸、和菓子など、一般には敷居が高いと思われている金沢の伝統文化を現代に昇華させ、未来に継承しようとしています。

具体的には、ホテル内にある共用スペースでイベントを開催。工芸作家や僧侶、アーティストなどが集い、金沢の伝統を「汲む」場所として機能しています。そう、「KUMU(汲む)」というホテル名はここから来たものです。

茶室の美学を感じさせる空間

エントランスを入ると、まず共用スペースでもある「THE TEA SALON KISSA&Co.(キッサアンドコー)」が目に入ります。エントランスのカウンターには、地元の金工作家・竹俣勇壱氏が選定・制作した茶釜や茶道具が並んでいます。ここからもう、金沢の伝統文化を今に昇華させるという試みが始まっているのですね。

KISSA&Co.。天井の組木は、装飾としてだけでなく、衝立(ついたて)を吊り下げて空間を区切るという機能を持つ(写真・太田拓実)

店名の由来は禅語の「喫茶去(きっさこ)から」。喫茶去とは、茶席の禅語で「お茶を一杯召し上がれ」という意味。日常の中で、誰に対しても等しく接することの重要性を説く言葉です。各種イベントが行われるスペースでもあり、地元の人も多く参加して賑わっているそうです。

宿泊フロアに上がると、各階に金沢ゆかりの作家の現代アートや工芸が並べられています。これらの作品のキュレーションは、文化芸術活動を通じた北陸地域の活性化に取り組む「ノエチカ」の高山健太郎氏によるもの。

各階にあるアート展示スペース(写真・太田拓実)

また、3階と5階にしつらえられたティーテーブルも素敵。炉が切られた大テーブルで、コーヒーを飲んだりお茶を淹れたり。ここで出会った他の旅行者と話をするのも楽しいのです。テーブルは、書類やPCを広げてデスク代わりにも使えます。

ティーテーブル。宿泊客は誰でも自由に使うことができる(写真・太田拓実)

部屋は6タイプの全47室。どの部屋も最大4名まで宿泊できるので、2人やグループ旅行に適した客室ですが、もちろんひとりで泊まっても大丈夫。

部屋はオフィスビル解体後のコンクリートの表情を生かしたデザインで、「不完全さ、簡素さ」といった茶室の美学を感じさせる空間。障子から漏れてくるやわらかな明かりが、なんともリラックスを誘ってくれるのです。

ツインのフロアベッドを基本とし、畳敷きの小上がりのある客室。(写真・太田拓実)

自分自身と向き合える鈴木大拙館

「KUMU 金沢」に宿泊したら、ぜひ訪れてほしいのが文化施設の「鈴木大拙館」。私の大好きな場所です。施設の名前は、仏教哲学者・鈴木大拙の考えや生き方が今なお生きていると伝えるために、「記念」や「資料」といった文字を省いているのだそうです。

水鏡の庭。時折、水面に波紋が生まれ、反射しては消えてゆく、その様をじっと眺めるのがいい

建物を設計したのは、建築家・谷口吉生。父の吉郎氏は金沢生まれの建築家です。斜面の緑地を背景に、3つの棟と3つの庭からなる空間を回遊する造りになっており、いるだけですっと心が鎮まっていくのがわかります。特に好きなのが「水鏡の庭」と「思索空間」。庭で風の音、水の音や鳥の声を聴いた後に思索空間で物思いにふけると、時が過ぎるのを忘れてしまうほど。

薄暗い思索空間。年に数回、通常の開館時間より早く解放される「思索体験」プログラムもある

思索空間には、鈴木大拙の言葉が記された「大拙のことば」というカードが設置されているのですが、私は数年前に出会った「The world is my home.」というカードに感銘を受け、一時期、名刺にも印刷していたほどでした。

大拙のことば。裏には日本語で「世界は我が家」と記してある

ひとりを十分楽しんだら、夜は現地の友人達と食事へ。なじみの店に行くもよし、新しい店に連れて行ってもらうもよし。それでも最後は、やっぱりひとりで行きつけのバーに行き、なじみの店主と話してじっくり飲む。これが、私の「ひとり金沢」の過ごし方なのでした。

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池田美樹 (いけだ・みき)

エディター。マガジンハウスにて『Olive』『an・an』『Hanako』『クロワッサン』等の女性誌の編集を経験した後、2017年に独立。シャンパーニュ騎士団(Ordre Des Coteaux De Champagne)シュヴァリエ。猫5匹とともにひとり暮らし。著書『父がひとりで死んでいた』(日経BP、如月サラ名義)等。

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