震災後の福島「故郷に帰れない人々」を描く 異端のドキュメンタリー映画「盆唄」

映画「盆唄」の一場面(C)2018テレコムスタッフ
映画「盆唄」の一場面(C)2018テレコムスタッフ

2011年の東日本大震災以降の福島と日本を、これまでにない視点から捉えたドキュメンタリー映画「盆唄」が2月15日に公開される。

日本各地に伝わる盆踊りで唄われる盆唄は、秋の豊作を願う祭りの中心だ。しかし、福島第一原発の事故以降、故郷から離れて暮らす福島県双葉町(ふたばまち)の人々はその伝統が衰退していくことに心を痛めていた。

映画は2015年夏、双葉町から数十キロ離れた避難先で暮らす盆唄の中心メンバーらが、久しぶりに再会する場面から始まる。唄い手の女性は「全然声がでない」と語り、笛の名手も「ブランクが大きすぎた」と話し、この作品の主人公である太鼓担当の横山久勝さんも「町自体が消滅してしまった」と力なく語る。

カメラは、今でも立ち入りが一日5時間に制限された「帰還困難区域」である双葉町に戻る横山さんらを追う。町の中心部には地震で壊れた建物が放置されたまま残り、住民が消えた村をイノシシが走り回っている。

荒れ果てた実家の前で、現在64歳の横山さんが過去を回想する。「貧しい家だった。父親は長距離トラックの運転手だったが、原発が出来てそこで働くようになった」

双葉町の海辺には、今も廃炉作業が続く福島第一原子力発電所が立地している。横山さんと幼なじみの今泉春雄さんの二人は、その海辺で記念写真を撮る。モノクロームの写真に横山さんの独白がかぶさる。「私は双葉の盆踊りが大好きですが、今できねぇのは、うんと残念です」

映画の冒頭で「声が出ない」と話した唄い手の伊藤美枝子さん(右)も、ハワイの人々とふれあううちに笑顔を取り戻す。(C)2018テレコムスタッフ

ハワイの日系人たちの「ボンダンス」

二人の写真を撮るのは、この映画を企画した写真家の岩根愛さんだ。原発事故以前からハワイの日系人を撮り続け、昨年発表した写真集「KIPUKA」で木村伊兵衛写真賞にノミネートされた。映画「盆唄」の撮影は、岩根さんが「ナビィの恋」で知られる中江裕司監督に、企画を持ち込んだことから始まった。

横山さんらは、岩根さんの案内で中江監督とともにハワイを訪れる。そして、100年以上昔に故郷の日本を離れたハワイの日系人の間で、盆唄が「ボンダンス」として受け継がれていることを知る。

明治時代に新天地を求め、船で海を渡った日系移民たちは、一攫千金を夢見てやってきたが、サトウキビ畑での厳しい労働に明け暮れる日々だった。そんな移民たちが望郷の想いをこめて踊ったボンダンスは子孫たちに受け継がれ、今やハワイ現地の夏の恒例行事となっている。

南国に渡った盆唄は様々な人種を巻き込むワールドミュージックに進化し、熱のこもったビートで観客を踊らせ、白人の若者が「テリヤキ!」とシャウトする。

「変化した場所のほうが進化している」と横山さん。「着物の着こなしも上手で踊りもうまい。びっくりした」と今泉さん。

ハワイのボンダンスでは「フクシマオンド」も踊られていた。そのことに刺激を受けた横山さんらは、現地の人々にフクシマオンドのルーツである「双葉盆唄」を伝える。そして、双葉町での盆唄と盆踊りの再生に向けて決意を新たにする。

作品内では200年以上前に、北陸地方から福島に集団移民した「相馬移民」と呼ばれる人たちの歴史を描いたアニメーションも挿入される。(C)2018テレコムスタッフ

2017年の正月、横山さんは新しい太鼓を作り、震災後の故郷を思いながら、自作の曲を作る。

誰もいなくなった町の中で桜がまた咲こうとしている。その桜のまわりを鬼がとりかこんでいるが、桜は咲かねばならない――。

そんな思いが込められた曲だ。「鬼は放射能のイメージだ」と横山さんが話す。

故郷にもう帰れないのは分かってる

震災以降、様々なドキュメンタリーが製作されたが、「盆唄」が特徴的なのは、声高に何かを主張するのではなく、被災した人々の日常を淡々と描いている点だ。

盆唄の中心メンバーの一人である若い女性は、避難生活の中で新しい命を宿し、出産する。踊り担当の70代の女性は、かつて裸足で水田に入り、手作業で田植えをした昔を回想し、「避難先でも、つい草をむしりたくなる」と苦笑交じりに話す。「故郷にもう帰れないのは分かってる。だからハワイに行った人たちの苦労も分かる」

映画のエンディングでは、2017年夏にいわき市仮設住宅の広場で開催された「やぐらの共演」の模様が紹介される。(C)2018テレコムスタッフ

3年かけて撮影された映画は、2017年の夏に開催された盆踊りの模様でエンディングを迎える。やぐらに登った双葉町の各地区の盆踊りチームが、途切れることのない太鼓のビートを刻み、それに合わせて人々が踊る。宴の映像の合間には、かつて賑わった双葉町の写真が挿入される。色あせたカラープリントには、かつて町の中心部に掲げられていた「原子力 明るい未来のエネルギー」の看板が映り込む。

1000年に一度の災害といわれた東日本大震災から、今年で8回目の3月11日がまたやって来る。映画のラスト。盆踊りのやぐらの上の横山さんは「ご先祖様、震災で亡くなられた皆さま。一緒に踊って下さい」と、静かだが力強い声で話す。

映画のエンディングに流れる太鼓の力強いビートに身を任せながら、被災地で咲く、誰も見ていない桜のことを考えた。鬼はまだそこに居るのかもしれない。けれど、そこに暮らした人々の希望や新しい命を育む鼓動は、脈々と受け継がれていくはずだ。

映画「盆唄」は2月15日よりテアトル新宿、フォーラム福島、まちポレいわきで同時公開。ほか全国順次ロードショー。

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上田裕資 (うえだ・ゆうじ)

ニュース編集者。「フォーブスジャパン」で主にテクノロジー関連の翻訳記事を担当。海外取材ではイスラエルやベルリン、ジャカルタ、中国の深センなどのスタートアップ企業を訪問し、現地の起業家らに話を聞いている。

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