社員の「複業」支援で社会と会社を豊かに スマイルズ社長・遠山正道さん(後編)

(撮影・斎藤大輔)
(撮影・斎藤大輔)

スープストックトーキョーをはじめとして、レストラン、アパレルショップなど多岐にわたる事業を展開する株式会社スマイルズ代表取締役社長の遠山正道さん。学生時代から雑誌にイラストを描き、商社勤務時代に開いた個展がきっかけで経営者の道へ。スマイルズ社でも社員の独立をサポートする遠山さんに、新しい時代の働き方、会社のあり方について聞きました。

【インタビュー前編】二刀流のシナジーが生み出した「スープストック」 遠山正道さん

社員の独立が会社の強みに

――スープストックトーキョーでは「働き方開拓」として社員の副業を「複業」という形で認めていますね。具体的な事例をお聞かせください。

遠山:ボードゲームが好きな社員が、ゲームの開発やメーカーをやりたいと言い始めまして。彼は店長を降りて、もともとは子育てをしている社員が利用する時短制度の新しい事例として、週3回を休みにしました。そして、増えた休みを利用してボードゲームの考案や試作を始めて、新会社「Dig-A-Doo」を作って独立しました。その時にスマイルズも出資したのです。

―― 経営者を育てて送り出したのですね。

遠山:他にも同じようなパターンで独立した人たちがいます。彼らは今、小さなバーやジンギスカン屋をやっていますね。

複業解禁や制度が云々というよりも、人によって家族のことも含め状況は違うと思います。状況に応じた環境を会社がヒアリングしながら模索して、社員のやりたいことを後押しするようにしています。

――なるほど。

遠山:というのも、誰しも第二の人生というか、本当にやりたかったことがあると思っており、それをサポートしたいという気持ちがあります。

スープストックトーキョーは外食産業ですが、40代50代の女性が立ち仕事を続けていくのは体力的にしんどい面もあります。社内異動もあり得ますが、サポートセンターも経理事務も既に人員はいる。会社は次の仕事を用意すべきなのかもしれないのですが、結局はやらされ仕事になってしまいますよね。

それよりは自分で新しいことをみつけてもらって、会社が次のステップを後押しする方がいいと考えています。そもそも私がサラリーマン出身で、スープの事業をやりたくなって始めたということもありますし。

――ご自身の経験に基づいた取り組みなのですね。

(撮影・斎藤大輔)

遠山:「働き方改革」という言葉がありますが、仕事のあり方を制度からとらえるのではなく「自分ごと」として考えてほしかったのです。会社はタイミングを図りながら社員の本当にやりたいことをサポートしていきたい。それが我々の会社の強みにもなると考えています。

アートを経営の立場からサポート

遠山:そういう意味では内部の方だけではなくて、森岡書店の店主の森岡督行さんとのコラボレーションもそうですね。

森岡書店を作ったきっかけは『やりたいことをやるというビジネスモデル』(弘文堂)という本のイベントで「何かやりたいことはありますか?」と会場に声をかけたところ、森岡さんが「1冊の本を売る本屋をやりたい」と言ったことがきっかけでした。スマイルズは森岡書店にも出資しています。

ーーユニークな本屋さんです。

遠山:彼は文化に対する造詣が深く経験もかなりありましたが、経理や経営は苦手な部分もありました。そこを我々がサポートしてうまくビジネスの土俵に乗せています。

森岡書店はたった1冊の本だけを売る小さな書店ですが、我々にとってのメリットは、「小さいからこそユニークで遠くまで届く」という実例を見ることができるのですね。

サポートというより、我々にはできないプロジェクトに乗らせてもらっているという感覚です。スマイルズの社員はグループ全体で300人いますが、森岡さんのような経験のある人はいない。彼のアイデアをどのようにしてうまくビジネスに乗せるかを考えていますね。

――他に何か事例はありますか?

遠山:「檸檬ホテル」ですね。こちらはファミリーレストラン「100本のスプーン」の元店長の酒井啓介が運営していますが、夫婦で香川県の豊島に移住して支配人をしています。形としては会社を辞めていますが、スマイルズと一緒になってホテルを経営しています。

彼は香川県の出身ではなかったのですが、事業は3年目に入り、地元の方々にも信頼されて今では自治会の役員にも入っています。僕は香川に移住してまでホテルの経営はできませんが、彼がいてくれるおかげで関わることができています。

――嬉しいことですね。

遠山:そして、今言ったようなことは森岡さんや酒井さんでないとできないのかというとそうではない。会社の仕事はどうしても「他人ごと」の側面がありますが、社員ひとりひとりにもやりたいこと、つまり「自分ごと」があるのではないかと思っています。

今の世の中は、自分の考えや志向をビジネスにするチャンスはたくさんあります。それを会社自身がバックアップしていきたいし会社の資産にしていきたい。そうすることで社会に沃野が広がると思っています。価値のあることを一緒にやっていきたいですね。

――サブという意味での副業も認めていますか?

遠山:分社したスープストックトーキョーは副業ではなく「複業」という考え方で、全て認めています。スマイルズは事業ごとに働き方も職能も異なりますので個別対応という感じですね。

――スタッフの提案するアイデアは経営者としてどのようにジャッジしていますか?

遠山:自分のジャッジというより、社員ひとりひとりが仕事を「自分ごと」として捉えると、(人格としての)「スマイルズさん」が嫌がることがわかってきます。そうすると、スマイルズらしさを大きく外れた事業の提案はなくなりますね。

スマイルズさんの人格はいろいろですが、例えば「スープストックトーキョー」は洗練、アパレルショップの「PASS THE BATON」はスタイリッシュに、ネクタイの「girrafe」はやんちゃな同好会、「刷毛じょうゆ 海苔弁山登り」は職人、というようなイメージですね。社員はそれぞれの性格を把握して企画を提案しています。

結婚にも新しいセンスを

――社長ご自身のプロジェクトとして取り組んでいることはありますか?

遠山:iwaigamiというプロジェクトですね。結婚指輪を売っています。

――詳しくお聞かせください。

遠山:高校時代の同級生がミキモトを辞めて、自分で指輪のブランドを立ち上げたんですね。会社を軌道に乗せていく姿を「立派だな」と思っていた時に、そもそもの結婚指輪、結婚式のあり方に急に疑問を感じるようになったんです。これだけ世の中が変わっているのにグラマラス、ゴージャス、ラグジュアリーというような価値観が未だにあって、アートやカルチャー好きの自分や周りの感覚からすると「ちょっと違うな」と感じました。

そこで、デザインの領域から何かできるのではないかと思って取り組み始めたのです。最初はカルチャーが好きな女子向けの結婚指輪を手掛けようとしていましたね。

指輪を作っている友人が経営しているディアマン、スマイルズと長い付き合いのあるデザイン会社のキギ、WEBを軸にブランド運営しているTO NINE、そしてスマイルズの4つの会社で100万円ずつお金を出して作りました。ちなみに、この会社の社長は一番若いTO NINEの役員で、僕はいわゆる平取締役、下っ端です(笑)。

――まさに手弁当ですね。

遠山:そうやって会社はスタートしたのですが、調査をするうちに全体の6割の人たちが、式も披露宴も挙げないということがわかりました。カップルの多くが同棲から始まって「届けぐらいはしよう」という感じで入籍すると。

また、東京大神宮の神主さんにもヒアリングしたのですが、神式の結婚式は明治維新以降に始まったそうです。キリスト教が日本に入って来て、新郎新婦が牧師さんの前で宣誓するのを見て、慌てて儀式を作ってやり始めたとのことで、江戸時代は親戚が集まってお供え物を置いて、床の間の前で盃を酌み交わすというようなシンプルなものでした。

今は式が大げさなものになり過ぎて、それが嫌で何もしない人が増えている。それは違うのではないかと、最もシンプルな結婚式を提供しようと始めました。豪華な結婚式はしてもしなくてもいいのですが、せっかく結婚するのだから、襟を正して契りを交わそうよ、というのがコンセプトです。

――iwaigamiは桐の箱に指輪以外のものも入っていると聞きました。

遠山: 2人の読み上げる言葉を書いた紙が入っています。それを2人で読み上げて紙にサインをする。牧師さんや神主さんを呼ばなくても結婚式ができる。モノだけでなく「コト」を提示したかったのです。2人でよく行く山に行って、頂上で言葉を読み上げて指輪を交換してもいいですし、記念日に行った旅館でも、若い方なら仲間を集めて大学の食堂でもいい。

指輪は素材と大きさによって値段が変わりますが、破格の値段設定の一律18万円で提供しています。iwaigamiは宣伝広告を大量に出して売るというのではなく、口コミで少しずつみなさんに浸透してお二人のスタートを後押ししていけたら良いなと思っています。

――収益面では厳しくはありませんか?

遠山: すぐに利益が出なくても、細く長くゆっくりやっていきたいですね。そういうモデルのビジネスが自分の周りに2、3個あったら社会が豊かになるのではないか。自分の持っているアセットやスキルを持ち寄って成立すればそれでいい。今はそういう時代であると感じています。

――ひとりの時間はどのように過ごしていますか?

遠山:時間ができたらすぐに温泉に行っていますね。最近は箱根が多いです。早寝をして、朝の3時4時の頃起きているかそうでないかわからない時間にいろいろ考えます。日中温泉に入って、部屋に帰って来て茫洋としている時間もいいですね。アイデアとはその時間に出会いたい。PCも手帳も持ち歩かないので思いついたことをスマホでメモ書きしています。

行動には神様がおまけをつけてくれる

(撮影・斎藤大輔)

――会社の外へ一歩出たいけれども迷っている人に、かける言葉があるとすれば?

遠山:自分の経験を振り返って言えることは「行動には神様がおまけをつけてくれる」ということです。会社員時代に個展をやりましたが、周りからすると最終的に何をしたいのかがわからない。でも、会社から与えられたことではなく自分のプロジェクトを成功させたという意味で、自分にとってはものすごく大きな出来事でした。そして、それが現在につながっています。

人間は未来のことにリスクを感じる生き物なので、すぐに新しいことをやらなくなってしまう。でも、一歩踏み出してみると、一緒に行動してサポートしてくれる人が出てくるものです。誰だって失敗したくないし、悩みますが、その都度苦労しながら有用な道を選んで進んでいけばいい。やはり、行動自体に価値があるのではないかと思っています。

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