夢だけ追う時は過ぎた ジャズトランぺッター黒田卓也の孤独と覚悟

ジャズトランぺッター・黒田卓也さん(撮影・富谷瑠美)
ジャズトランぺッター・黒田卓也さん(撮影・富谷瑠美)

ジャズの本場ニューヨークは、若手アーティストの憧れの街。そこで活躍するジャズトランぺッターの黒田卓也さん(39)は、2014年に日本人として初めて、名門レーベル「ブルーノート・レコード」と契約を結びました。

音楽プロデューサーとしても活動し、日本の歌手MISIAのプロデュースやアーティストJUJUとのコラボ、テレビ朝日「報道ステーション」のテーマ曲制作を手掛けるなどの実績があります。

米ニュースクール大学ジャズ科を卒業したのち、本場のジャズの世界に飛び込み、生き残ってきた黒田さん。華々しい経歴を歩んできたように見えますが、プレーヤーとプロデューサー業の両立に奮闘する中で「ふと、孤独を感じることもある」と語ります。

ニューヨークで活躍する黒田卓也さんの演奏

20代はがむしゃらに走るだけでよかった

――エンターテインメントの聖地といえるニューヨークで、生き残ることができるアーティストはほんの一握りですね。

黒田:そうですね。40歳手前になって、自分はすごくラッキーだし、恵まれていると思うようになりました。

僕は20代からずっとこっちにいて、日本に帰っていく人を見続けています。夢を追って、ニューヨークに来た仲間たち。20代前半には10人から15人はいたでしょうか。夜な夜な僕の家に集まって、飲んで騒いで、夢を語り合ったものです。そんな悪友たちもずいぶん、この街を去りました。

あの頃は、がむしゃらに音楽に向かって一生懸命走っているだけでよかった。でも30代半ばになったとき、これからどうやって音楽と向き合いながら、人生という現実をやっていくのか……。

仲間と集ったブルックリンの自宅リビング(撮影・富谷瑠美)
仲間と集ったブルックリンの自宅リビング(撮影・富谷瑠美)

たくさんの悪友が去った今も、僕だけはニューヨークという同じ場所で、16年間も変わらず、音楽に打ち込む生活を送っている。そんな自分に、ふと孤独を感じることがあります。

――「日本人初のブルーノート専属契約者」というタイトルを持つ黒田さんが、そう思われるのは意外です。

黒田:僕は人が好きだけど、いわゆる「内弁慶」。だから周りにいる友達とのコミュニティの世界で、自分の存在価値を感じてきました。

それがいつの間にか「日本人初ブルーノート専属契約」という肩書きをいただいた。第三者からは「黒田は居場所が変わった」と思われるかもしれないけど、本当は「内」にいたいんですよ。でも、その「内」がなくなってきた感じがある。

本当はもっともっと有名になって、1年の半分以上ツアーをして、「お前ら全員(ツアーメンバーとして)食わせてやる」となればいいんだけど。そうはなかなかいきませんね。

――友人や知人を優先的にツアーメンバーにするというのは、技術などのクオリティの面で妥協することにならないのでしょうか。

黒田:そうはなりません。ミュージシャンは本当に人と人。えこひいきというわけではなく、気心知れた仲間の中で、一緒に音楽を作っていくスタイルが本当に多いんですよ。

しょせん、ジャズのマーケットは全音楽業界の1%程度しかありません。素行が悪くて問題を起こしたりすると、ツアーに連れていけないんです。

たとえば、ずっと仲間で信頼できる「Aさん」とちょっとテクニックが上の「Bさん」という2人がいたとして、それでもAさんでいきたいというのが「仲間」。ツアーメンバーはまさに「ファミリー」なんです。ただ、僕のバンドメンバーはテクニックも最上級ですけどね(笑)

自宅リビングに飾られた絵の前で(撮影・富谷瑠美)
自宅リビングに飾られた絵の前で(撮影・富谷瑠美)

リーダーが創る音楽の物語をより良いものに

――2003年からニューヨークで生活されていますね。渡米後を振り返って、キャリアの転機はありますか。

黒田:ブルーノートの他には、ホセ・ジェイムズ(米国の著名ジャズ歌手)との出会いが大きいです。なぜホセに雇われたか考えてみると、主張しすぎずに、彼の世界に花を添えるということができたからかな、と自己分析しています。

自分が逆にリーダーの時も同様です。例えば、僕のバンドメンバーであり、学生時代からの朋友でもあるコーリー・キング(米国のシンガー兼トロンボーン奏者)はまさに、いつも僕のメロディーを何も言わず完璧に解釈し、演奏してくれます。彼がすっと僕のメロディにあわせてくるときなんか、本当に感激しました。

ただ当たり前のように、そこにいる。リーダーが創る音楽の物語を、よりよいものにしてあげるということですね。

――前に出ることを意識しているのかと思っていました。アフロヘアも目立ちますし。

黒田:前に出たいときも、正直すごくありますよ。ただ、「出ろ」と言われるのは嫌い。期待されるとピッチャーゴロとかやっちゃうタイプです(笑)。

でも心の奥底では、(人を)驚かしてやりたいという気持ちはすごくあって。アフロヘアもそう。2013年ごろからこの髪型です。おかげでニューヨークでも、結構覚えてもらっているかもしれません。

――黒田さんはプロデューサーとして、他のミュージシャンへの楽曲提供やアレンジなどにも取り組んでいますね。

黒田:そうです。曲を書いて、アレンジをして、メンバーをコーディネートして、アレンジの発注先やアーティストを考えます。全員がばらばらの意見を言うこともあって、じゃあ、俺は何がいいんだ、と。どうやったらベストなのか、納得できるまで押し込むから、常にずっと悩んでいます。

――プレーヤー(ジャズトランぺッター)とプロデューサー。いわば”主観”と”客観”、真逆の世界のように感じますが、なぜ「二兎を追う」のでしょうか。

黒田:もともと、作曲や人が作った曲のアレンジも、すごく好きだったからです。そのおかげで、ホゼやJUJU、MISIAにもすごく重宝してもらった。(二兎を追う)今だからこそ見える景色があるから、やめられないんです。

住み慣れたブルックリンの街並み(撮影・富谷瑠美)
住み慣れたブルックリンの街並み(撮影・富谷瑠美)

――それゆえの苦悩もあるのでは。

黒田:そうですね。自分がトランペットを吹くまでは指示する側なのに、いざ「吹く」となると、監督がいきなりバッターボックスに立つ。「あ、トレーニング不足かも」みたいに思ってしまうと、そんな作品を世間に出して大丈夫なのかと、また自問自答が始まります。

2014年に米ブルーノートでデビューしてからは、以前と比べ物にならないくらい多くの人に、僕の音楽が届くようになりました。ネットがここまで発達したからには、批判も称賛も全部出てきます。それでもその中で納得できるもの、自分にも、世間の声にも向かい合って飛び越えられるような、絶対的な、後悔しないものを常に出さないといけない。そう思って2018年の1年間、自分と向き合い続けてじっくり作り上げてきたアルバムが、やっと完成しました。

――トランぺッターだけに戻りたい、と思うことはないのでしょうか。

黒田:たしかに、いちトランペット奏者として、バッターボックスでホームランだけ狙っていたら、もっと純粋で、ダイレクトな日々を過ごしていたかもしれません。主観と客観の中で、主観(プレーヤー)だけになりたい夢と欲求は、確かにあるんです。なのに、そうはさせてくれない自分がいる。これは良さなのか、果たして弱さなのかは、自分でも分かりませんね。

2018年12月に開催された渋谷WWWXのライブイベントの様子(写真提供・黒田卓也)
2018年12月に開催された渋谷WWWXのライブイベントの様子(写真提供・黒田卓也)

摩擦から「文化」を作りたい

――これからやりたいことを教えてください。

黒田:「文化」を作っていきたいと思っています。今は、ネットやインスタでしかつながらなくて、それを見て「受け取った」「感じた」と誤解してしまう時代です。僕は直接その場にいて「観る」「聴く」「つながる」という機会を生み出したい。

昨年9月には、自分のバンドを引き連れて東京のブルーノートで2回目の「凱旋公演」を果たしました。12月には、僕が直接知っている日本の若手ミュージシャン同士をつなげたいと思って渋谷のライブスペース「WWW X 」で音楽イベントを開催しました。cero、ものんくる、モミーFUNKといった若手たちがお互いの音を浴びあって、いい刺激になったと思います。次回は、ニューヨークからもアーティストを呼びたいですね。

――「音楽を通じて生まれる面白いもの」が黒田さんの言うところの「文化」なのですね。

黒田:そう、日本とニューヨークの音楽シーンだけでも、演奏やリハーサルの仕方、メロディの歌いまわし、オーディエンスの音楽の聴き方のすべてが違うんです。両者をあえてぶつけることで、摩擦を生み出したいと思っています。

日本人としてどうこう、というのは、正直あまり意識していません。でもあえて言うなら、自分は世界に勝負できる場所に立たせていただいている。だからこそできること、やらなければならないことは、広くとらえて言えば「音楽で世界をつなげること」。それにチャレンジしていくのが、僕がここにいる意味ですから。

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富谷瑠美 (とみや・るみ)

MediaVista代表取締役 兼 ライター/コンテンツディレクター。アクセンチュア、日経新聞、リクルートを経て独立。2019年7月からは香港に移住し、深圳・東京を行き来しながらスタートアップや経営者を取材。報道・PR・広告・オウンドメディアとネットメディアの全領域を経験した活字コンテンツオタク。

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