ビンタで奏でる珍曲「BINTA」 ネットで話題の生みの親に会ってきた

ビンタで奏でる珍曲「BINTA」 ネットで話題の生みの親に会ってきた
(撮影・ナカニシキュウ)

「ビンタの音を使って曲を作ってみた」と銘打たれたひとつの動画が2019年7月、ネット上を駆け巡りました。その映像には、2人の青年が向かい合う姿が映し出されます。やがて右に立つ男性がおもむろに手を振りかぶり、左側の男性の頬を平手打ち──したかと思うと、その打撃音と映像はリピートされ、ビートを刻み始めるのです。

すかさず場面は切り替わり、スタイリッシュなバックトラックに乗せて「♪BINTA BINTA BINTA めっちゃ痛いよ」と軽快に歌われるミュージックビデオへと突入します。この動画は、約1カ月間で20万回を超える再生数を記録しました。

この楽曲『BINTA』を制作したのは、ミュージシャンの中島雄士さん(29)。ドラマーやレコーディングエンジニアとして活動するかたわら、動画サイトに数々のネタ系音楽動画をアップしています。そのほとんどは、楽器の演奏から歌唱、録音、編集まですべて中島さんがひとりで手がけており、特筆すべきはそのクオリティの高さ。どの動画を観ても、クスッと笑えるユーモアもさることながら、音楽としての完成度が必要以上に高いものばかりです。

どう見てもただ者とは思えない中島さん。いったいどんな人物なのか、本人に直接会って話を聞いてきました。

繰り返されるビンタ映像が面白くて

──『BINTA』の再生回数が順調に伸びていますね。

中島:おかげさまで。もうすぐ20万に届くのかな(取材は2019年8月中旬に実施)。

──「ビンタの音を使って曲を作ってみた」と銘打ってますけど、一番すごいなと思ったのは、これ、別にビンタの音じゃなくても成立するという。

中島:そうですね(笑)。『BINTA』の前に『DIY』という曲の動画で初めてバズったんですけど、そのなかにビンタをされるシーンがあったんです。そのビンタの瞬間を1秒だけ切り取って告知ツイートに使ったんですね。Twitterって、動画を投稿するとリピートされるじゃないですか。その繰り返されるビンタの映像がじわじわ面白くて(笑)。「この映像を入れ込んで何か作れないかな」っていうのが最初の着想です。

──映像ありきで作ったものであると。入口として非常にキャッチーですけど、それでいてきちんと中身のクオリティで勝負しているところがミュージシャンとして誠実だなと感じました。

中島:ちゃんと音楽を作れるんだぞっていうところも見せたいんで。でも、ビンタの映像が何度も繰り返されるのが単純に面白いなって(笑)。

──この曲は配信リリースされるそうですけど、これはどういった経緯で?

中島:以前に配信リリースした『DIY』は、たまたま動画を観たレーベルの人が声をかけてくれて実現したんです。今回もその人から「この曲もちゃんとリリースしたら?」って言ってもらえたので、じゃあ「お願いします」と。

“っぽく”見せるのがうまいんです

──そもそも、ひとりで多重録音をやり始めたきっかけというのは。

中島:高校生の頃にバンドをやっていたんですけど、僕はドラマーでありながら曲も作っていて、けっこう演奏に口を出すタイプだったんです。でも高校を卒業したら、バンドが解散しちゃったりとか活動がうまくいかなくなって。そのときに、楽器は多少できたんで「自分で全部録音すれば作品が作れるな」と思って、録音の仕方とかを調べ始めたのが最初ですね。

中島さんの作品作りは、ほぼすべての工程が自室内で完結するという。(撮影:ナカニシキュウ)
中島さんの作品作りは、ほぼすべての工程が自室内で完結するという。(撮影:ナカニシキュウ)

──曲作りをするドラマーって比較的珍しいですよね。もともと作曲が好きだったんですか。

中島:好きでしたね。最初に覚えた楽器がギターで、コードくらいは弾けたんで曲を作ったりはしていて。演奏技術的にはドラムが一番自信あったんで、バンドではドラムを担当していたんですけど。

──動画では、ベースや鍵盤なども含め全楽器を演奏されています。普通はもっと「ドラマーが無理にベースを弾いている」みたいなことになるはずなんですけど、どれも本職のプレイヤーにしか見えません。

中島:僕、たぶん“っぽく”見せるのがうまいんですよ。根本的な才能というよりは、モノマネの才能というか。だから“ギタリストっぽく”弾いたりできているのかもしれません。

──マライア・キャリーの『恋人たちのクリスマス』をビートルズ“っぽく”演奏した動画や、aikoさん“っぽく”作った曲の動画なども、再現度が非常に高いです。

中島:それこそ高校生の頃は教師のモノマネをよくやっていました。がっつり似せるというよりは「それ言うよね!」みたいな、あるあるネタって言うんですかね。「どのポイントに寄せたら面白いかな?」っていうことはすぐ考えちゃうんですよ、やろうとしなくても。

ゲームの攻略法を追求するもプレイせず

──ひとりで全部やることの醍醐味はどういうところでしょう。

中島:自分が納得いくまでできるってことじゃないですかね。誰かにやってもらうと、どうしてもその人の色が出ちゃうんで。もちろん、その面白さもあるんですけど。技術面とか金銭面で妥協することはあるにせよ、全部自分でやるのが一番ノイズなく自分のイメージに近づけやすい。同じフレーズを何十回録り直しても、誰にも怒られないですし。

──書道や華道のように、道を極めるみたいな。

中島:ああ、そうかもしれないです。ゲームとかも、みんなでやるよりはひとりで没頭するほうが、どっちかっていうと好きで。

──RPGとかでレベル99までやっちゃうタイプ?

中島:高校生のときに初代『ポケモン』(ゲームボーイ用ソフト『ポケットモンスター 赤・緑』)熱が再燃したんですけど、そのときは攻略本を見ながら「どのポケモンをどうやって育てて技を覚えさせると一番よくなるか」をひたすら考えてノートに全部書いて、そのままゲームを一度も起動せずにマイブームが去ったことがあります(笑)。

──極度の凝り性なんですかね。

中島:そうだと思います。凝り性とか、完璧主義とかはけっこう言われますね。

公園のベンチの前でスマホをさわる中島雄士さん(撮影:ナカニシキュウ)
(撮影:ナカニシキュウ)

バズらせるためのカギは“気持ち悪さ”

──中島さんのようにバズらせたいと思っている人に、何かアドバイスはあります?

中島:Twitterで言うなら、バズるものには“気持ち悪さ”が必要だと思います。たとえば『BINTA』だったら、「こんなくだらないことをこんなクオリティで」っていう評価だと思ってるんですけど、そこには「すごいな」と同時に「ちょっと気持ち悪いな」っていうのがあると思うんですよ。そういう要素があったほうがバズりやすいなっていう実感はありますね。「普通にすごい」じゃダメっていうか、「なんなのこの人?」みたいな違和感があると、つい広めたくなるような気がします。

──中島さんは“おもしろ系”の音楽をやっている人としては珍しく、音楽のクオリティありきで作っていますよね。面白さのために音楽をまったく犠牲にしていない。

中島:せっかく出すからには、できる限りクオリティは上げたいと思っています。面白さに振り切って音楽をおろそかにしちゃうと、そういう人はいくらでもいるんで目立たないし。それに、音楽の質を追求することが“気持ち悪さ”にもつながると思うんですよね。「なんでこいつ、こんなに真面目にやってんの?」みたいな部分は捨てないようにしたいです。

「ビートルズ聴いてるのにザ・フー聴いてないの?」

──ビートルズやビーチ・ボーイズ、山下達郎さんなど、中島さんの世代からするとかなり古い音楽がよく動画のネタになっています。

中島:小学生のときに『笑う犬の冒険』(フジテレビ系)っていうコント番組があって、ビートルズの曲が使われていたんです。そこで初めて聴いて、カッコいいなって思って。その後いろんな音楽を聴くようになっていって、ビートルズ周辺を掘っていったらビーチ・ボーイズやジミ・ヘンドリックスなんかにも出会って、60〜70年代の音楽が好きだってことに気づいていきました。はっぴいえんどもすごく好きなんですよ。そこから大滝詠一さんのソロや山下達郎さんにたどり着いたりとか。

──若い世代の人たちってあまりルーツを“掘らない”という印象があるんですが。

中島:音楽が好きな人はみんな“掘る”気がしますけどね。僕はどっちかというと“掘らない”ほうだったんですけど、「ビートルズ聴いてるのにザ・フー聴いてないの?」とか「キンクスも聴いたことないとか死んだほうがいいよ」みたいなことを言う人がけっこう周りにいたんです。

──面倒臭い人が。

中島:そうそう(笑)。なので、「……掘らなきゃ!」みたいな。でも、実際そうやって“掘って”いくのはすごく楽しいです。

講演を歩く中島雄士さん(撮影:ナカニシキュウ)
(撮影:ナカニシキュウ)

所ジョージになりたい

──“っぽい”ものではなく、純粋に表現したい音楽というものはあるんでしょうか。あまりにも器用にいろんなことをやっているので、核の部分が見えづらいなと。

中島:自分のやりたい曲をやりたいようにやりたいっていう欲はあって。今回『BINTA』がバズったことで、次の展開として9月16日にソロライブをやることになったんですよ。それに向けていまオリジナル曲を作っています。

──系統としてはどんな感じの曲を?

中島:一番やりたいのはビートルズ的な音楽なんですけど、「いまビートルズやってもねえ」っていうのもあって(笑)。最近流行っているソウルミュージックとかの雰囲気を出しつつ、やっぱりポップスが好きなんで、ソウルとは言っても歌メロとかはわかりやすい感じでやりたいと思っています。

──歌詞については「こういうことを歌いたい」とかってあります?

中島:歌詞には本当にこだわりがないんですよ。ただ、桑田佳祐さんの歌詞がすごく好きなんで、音から言葉を導き出すっていう方法論が多いかもしれないです。それこそ『BINTA』で「すっ飛んだ」が「Stand Up」に聴こえるっていうのも、桑田イズムと言えば桑田イズムですし。ああいう作り方は以前からずっとしてますね。

──では最後に、ミュージシャンとしての目標を教えてください。

中島:肩書きのよくわからない人になりたいと思っています。所ジョージさんとか高田純次さんがすごく好きなんですよ。曲も出すし映画にも出るしテレビやラジオでしゃべったりもするみたいな、「あの人ってなんの人なの?」って言われる存在になりたいですね。“いい加減”な雰囲気にすごく憧れます。

この記事をシェアする

「ひとりで演じる」の記事

DANROクラブ

DANROのオーサーやファン、サポーターが集まる
オンラインのコミュニティです。

もっと見る