“手のひらエンタメ”がバスルームの「ひとり時間」を変えていく
家づくりメディアをやっている商売柄、家を建てた、あるいはリノベーションした人に話をお聞きすることが多い。ご夫婦の場合、妻はキッチンにこだわり、夫はお風呂にこだわったという話をよく聞く。別に男女がどうだとか、決してジェンダー的な話をしたいわけではないのだが、どうも男性のほうがお風呂にこだわるという話をよく耳にする。
お風呂にこだわる人への素朴な疑問
夫婦で家づくりを進めるとき、夫と妻いずれかのほうが強いこだわりを持っていて、おおよその仕様を決めているというケースがある。
たとえば、
「家のテイストや仕様についてほぼ妻が握っており、夫はお金のところや耐震性などの性能のところを主に担当するケース」(※このパターンは多い)
あるいは逆に、
「夫のデザインに対するこだわりが強く、ほとんどを決めたが、キッチンだけは妻の意見を取り入れた」
なんてケースもあった。
もちろんいろんなパターンがあるが、大半は妻が決定権を握り、お風呂だけは夫のこだわりを取り入れたという話はわりとよく聞く。
これはどうしてなんだろうかと常々、不思議に感じている。せめてお風呂くらいは自分好みの空間でゆったりと過ごしたいという思いの表れなのだろうか。
私自身はというと、お風呂に対して特に思い入れもなく、いつも面倒くさいと思っていた。特に何か事情がない限りは毎日入るようにしているものの、お風呂好きな人、それこそドラえもんのしずかちゃんなど、まったく理解ができなかった。子供の頃はむしろ、お風呂に入らなくても一瞬で体がきれいになる道具をドラえもんが出してくれないかと思っていたくらいだ。
バスルームがミニシアターになる
そんな私ではあったが、数年前に家を買い、新居に暮らし始めた時、一番違いを実感したのがなんとお風呂に入ったときだった。前に住んでいた賃貸住宅のお風呂がいつも寒々としていて、追い焚きもなかったのでなおさらそう感じたのかもしれない。
湯船に入った瞬間、「ああ、この家で良かった……」とふと感じた。このあまりにベタな感情を自分がお風呂に対して抱くとは思ってもいなかったので、われながら驚いたというか、ちょっと照れ臭い感じがしたものだ。
今でもお風呂が好きかというとそこまでではなく、どちらかというと歯みがきと同じくらいの義務感と習慣の力でなんとかこなしているのだが、ここ数年でバスルームの過ごし方に変化が生じてきた。
きっかけはiPhoneが耐水仕様になったことだ。そして、AmazonプライムビデオやNetflixをはじめとする動画配信サービスの充実。これらによって、お風呂で映画を見るという行動が生まれた。
このDANROの連載の初めに書いたのだが、私には個室がない。新居になるべくオープンなスペースを求めた結果、自分の個室がないことになってしまった。そのことをさほど後悔しているわけではないのだが、ひとりで映画を見る時間と場所がなかなか確保できないのが小さな悩みだった。別に隠れて見たいというわけではないが、ひとりで静かに味わいたい作品というものがあるのだ。
そんな時、ふとお風呂で映画を見ればいいじゃないかと気づいた。半身浴にもなり、健康にも良さそうだ。1回の入浴で見られるのはせいぜい20〜30分くらいなので、1本の映画だと大体4〜5回に分けて見ることになる。
スマホの小さな画面で見るのはいかがなものかとも思ったが、わりと普通に楽しめる。長年気になっていた映画を、少しずつ見ていくようになった。映画はスクリーンで見るべきという考えがないわけではないが、見ずに一生を終えるくらいならスマホでも何でもいいから見たほうがいいと思うようにした。
“手のひらエンタメ”が空間を変えていく
こうしてお風呂の時間は、私にとってひとりで映像作品を楽しむ時間に変わり、お風呂に対する考え方も変わってきた。毎日のタスクに近い存在だったのが、ややエンタメ要素が加味されるようになり、好奇心が刺激される場となった。今ならお風呂にこだわりたい人の気持ちも、わからなくもない。
入浴の時間は、ちょうど30分ドラマを見るのにちょうどいい時間なので、映画だけじゃなくドラマも見るようになった。ふと見始めた『深夜食堂』は、新宿・花園界隈の路地裏にある小さなめし屋が舞台のドラマなので、見るたびにふらりとひとり飲みに出かけたくなってしまい、危険極まりない。
NetflixやHulu、Amazonプライムビデオ、YouTubeなどの動画配信サービス、そして5Gの展開によって、こうした“手のひらエンタメ“は今後ますます発展していくと思われる。その時、バスルームや寝室といった家の中の空間のあり方にいかなる変化が訪れるのか、ひそかに注目していきたい。