大都市のすぐそばにある無名の町「枇杷島」を歩いてみた(地味町ひとり散歩 2) 

僕のライブ活動歴は約40年。全国各地に行ったことがありますが、なかでも名古屋は、僕の住む埼玉から東京以外で一番近い大都市なのでツアーも組まれやすく、おそらく今までに100回近くは訪れています。

しかし、JR名古屋駅のひとつ先の各駅停車の駅「枇杷島(びわじま)」は、駅名表示板で名前はよく見ていたものの、一度も訪れたことがない地味町です。

地図を見ると、歩ける距離で名鉄の東枇杷島駅、西枇杷島駅、そしてJRの枇杷島駅があります。ここを巡って枇杷島をセーハしようというのが今回の企画です。

奇妙な名前の動物病院

さっそく最初の駅、名鉄の東枇杷島に到着しました。大名古屋に隣接してるとは思えない、ごく普通の住宅地です。この路地を歩いてみます。

まず見つけたのが「まんまる動物病院」。

これは「まんまる・動物病院」ならなんてことないペット病院の名前ですが、もしかしたら「まんまる動物・病院」かもしれない。

つまり、まんまるな動物だけを診る専門病院。アルマジロとか、ハリネズミとか、ハムスターとか。猫も丸まってるのは診るが、「フニャ~ッ」と体を伸ばしたとたん「丸くない。お帰りください」という病院だったらどうしよう。

「こっ、こら、ミケ、丸くなりなさい!」とか飼い主が言って、なんとかギュウギュウと丸めようと算段するのでしょうか。実に不思議な名前の病院です。

今度はいきなり前触れもなく、温泉が現れました。白山温泉。これは入っていかねば!

しかし入口を見ると、開店は午後3時から。今はまだ2時。なのですぐ横にある公園で時間を潰すことにしました。

カラフルな鉄の傘の下のベンチに腰掛け、持ってきた東海林さだおの文庫本をめくります。

東海林さだおは僕の文体に一番影響を与えた作家です。漫画家として有名ですが、エッセイもこの人ほど安定して面白いものを書く人を知りません。僕もこの人に少しでも近づけたらと、いつも念頭に置いて書いています。

近くでは、子供たちがかくれんぼをしています。「もーいーかーい」「まーだだよー」は昭和の頃から変わらない風景で和みました。

ちなみに、僕がソロで歌っている「夏のお皿はよく割れる」という歌は、曲の途中でかくれんぼをするパフォーマンスが入ります。

毎回時事ネタや地方ネタなどを即興で取り入れ、目を開けるとなんらかの理由で友達がいなくなっているという趣向の歌です。これは寺山修司の映画「田園に死す」の場面からインスパイアされて出来た歌です。

などとつらつらと考えている間に開店時間が来たので、入湯です。料金は普通の銭湯料金でした。

ふだんはあまりサウナに入らないのですが、プラス100円で薬草サウナに入れてタオルも貸してもらえるので、それにします。

開店直後ですが、洗い場はほぼ満員。どうやら老人たちの憩いの場となっているのか、あちこちで「最近どうでえ」「いや、腰がちょっとね~」などの会話が弾んでます。

いや、病気の話だから「弾む」という表現はおかしいですか。でもどことなく楽しそうなんですよね。僕もライブハウスの楽屋で、同世代と会話するときの話題はめっきり病気の話が増えましたからね。

だけど、ふと「このコロナの時期にマスクを外した密の状態の銭湯って大丈夫かな?」とも思ってしまいました。早くそんな心配もせずにゆっくり浸かりたいものです。

この白山温泉は、半野外に「くすり風呂」という岩風呂がありました。何の薬を入れているのかは書いてませんでしたが、まさに血の池地獄のような毒々しい真っ赤なお風呂でなんだか面白かったです。

その隣の薬草サウナも、ミスト状の薬草の匂いが健康に良さそうな雰囲気でとても気持ち良かったです。

貴重な「トマソン物件」発見!

さて、温泉を出てポカポカになって国道沿いを行くと、大きな橋が。庄内川です。平仮名で書くと「しょーない川」ですが立派な川です。

右手の橋は名鉄の赤い電車、左手の橋は新幹線が次々通るので、鉄道マニアなら一日いても飽きないロケーションなのかもしれません。

ちょうど夕暮れ時で川もオレンジ色に染まり、気分もなんだか盛り上がってきます。ちなみに、この川を境に名古屋市から清須市に入ります。

河原に腰掛け、さっきの温泉で手に入れた「じゃばらまる」というジュースをグイッとひと飲みしました。

もちろん空き缶はコレクションにするのですが、洗い場が無いので、とりあえず飲み口にティッシュをぎゅうぎゅう詰め、洗い場所のあるところまで残りの水分が漏れないようにバッグに仕舞いました。

しばらく歩くと、川の近くの路地に突然、変な大根を持った男の像が現れました。

なんじゃらほいと思ってネットで調べたら、「にしび夢だいこん像」というもの。昔このあたりに青物市場があったそうで、江戸末期に編纂された「尾張名所図会」のイラストに基づいて作られたらしいです。

特に「この先だいこん像」などという案内板などもなかったので、おそらく地元の人でもあまり知らない隠れた史跡のようでした。

西枇杷島駅が近づいてきました。と、廃ビルと思われる建物の側面に、巨大なトマソン物件発見! 

トマソンとは、僕が師と仰ぐ赤瀬川原平さんらが提唱した「超芸術」と呼ばれるもので、街などに点在する「なぜか大事に扱われている無用の長物」のこと。意図せずに出来てしまった芸術品という感じでしょうか。

今回遭遇したのは「原爆タイプ」と呼ばれているものです。今はもう存在しない建物の跡が、隣の建物にクッキリとその形を残しているもので、これだけハッキリしているものはかなり貴重なトマソン的文化遺産と言えます。

このビルが取り壊されればたちまちこれも同時に消えてしまうので、トマソンファンは一刻も早く、見に行く価値のある物件でしょう。

その近くには歩行者しか通れない煉瓦のトンネルもあって、風情がありました。看板が警告する「ちかん多発」もわかる気がする暗いトンネルですが、こういうなんとなく懐かしさを感じる物件も、やがて消えてしまう運命なのでしょう。

意外な場所にあった「日本最初の◯◯」

ちょっと歩いて、何の変哲もない歩道橋を渡ったら、その降り口に説明板が。

なんとここが、日本で最初の歩道橋だということです。

普通に考えたら、こういう第一号は首都の東京かアイデア好きの大阪かにありそうです。名古屋だとしてももっと中心地にあるのかと思ったら、こんな地味町の交差点が歩道橋の発祥の地だとは、意外な発見でした。

さて、だいぶ歩いたので、お腹もすいてきました。実は事前にネットで、ご飯を食べられるところはないかとちょっと調べておいたのです。それがここ「すしかつ」さんでした。

もともと寿司屋さんだったのですが、親父さんがトンカツが好きだったので、それも出すために寿司屋とトンカツ屋が合体したこんな店を作ったらしいです。

僕も両方大好物。何でもこの店には、「すしかつ定食」という寿司とトンカツが同時に食せるメニューがあるというじゃあーりませんか。

値段も格安だし、今宵の散歩の終わりにはこれを頼むぞと決めていました。ビールも飲んじゃおうかな~♪とランラン気分で店内に。

ちょうど開店してすぐだったので、お客さんはまだ誰もいません。さあ食うぞお。「すいませーん!」満面の笑顔で、厨房に見えた親父さんを呼びました。

すると「あっ、悪いね~、今日予約で貸切なんだ」。

ま、準備しておいたことは、得てしてこういうことになるのが常というものです。

結局、JR枇杷島駅前のスーパーで、名古屋名物「みそ串カツ」と割引になっていた「海老カツ巻き入り助六」を買って、ホテルの部屋で食べました。

ずっと歩いてきただけに、まさに徒歩歩でしたとさ。

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石川浩司 (いしかわ・こうじ)

1961年東京生まれ。和光大学文学部中退。84年バンド「たま」を結成。パーカッションとボーカルを担当。90年『さよなら人類』でメジャーデビュー。同曲はヒットチャート初登場1位となり、レコード大賞新人賞を受賞し、紅白にも出場した。「たま」は2003年に解散。現在はソロで「出前ライブ」などを行う傍ら、バンド「パスカルズ」などで音楽活動を続ける。旅行記やエッセイなどの著作も多数あり、2019年には『懐かしの空き缶大図鑑』(かもめの本棚)を出版。旧DANROでは、自身の「初めての体験」を書きつづった。

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