オンライン授業をレベルアップする秘訣とは?「おひとりさま授業」のプロ・放送大学に聞く
従来は教室で講義を受けるのが一般的だった大学の授業も、新型コロナウイルスの感染拡大とともに大きく変化しています。Zoomなどのツールを活用したオンライン授業が導入され、緊急事態宣言発令中もこれまでと違う方式で授業が継続されました。
そんなオンライン授業ですが、この授業方式を2015年から導入しているのが「放送大学」です。もともと電波による遠隔授業を実施していたこともあり、他大学に先んじてインターネットを活用したオンライン授業の整備を進めてきました。コロナ第一波が到来した2020年度1学期の時点で、学部と大学院を合わせて61科目ものオンライン授業が用意されていました。
既存のテレビやラジオを活用した放送授業を含め、“おひとりさま授業のプロ”とも呼ぶべき放送大学。大学職員として情報部オンライン教育課に所属する、工藤元(くどうはじめ)課長と坂本達彦(さかもとたつひこ)さんの2名に、オンライン授業導入の経緯や授業のつくり方のコツを聞きました。
オンライン授業1本あたり2年かけて作成
オンライン授業の導入自体は2015年からでしたが、その準備は数年前から始めていました。
「それ以前も学内で構想があったのですが、オンライン授業の具体的な検討に入ったのは2013年。導入のきっかけは、国から幼稚園・保育園教育の一元化に関する授業の要請があり、対応する2科目を2015年度からオンライン化したことでした。本格的なオンライン授業の導入は2016年度からでしたね」(坂本さん)
しかし、放送大学がオンライン授業の着想を得たころに、日本の教育界で学校の授業をオンライン化する動きが本格化していたとは思えません。このような中で、放送大学はどこからその発想に至り、何を参考にして授業を設計したのでしょうか。
「テレビやラジオでの配信は『放送枠』があるため、授業時間を毎回キッチリ決める必要があります。また、本学が設置している全国の学習センターで開講する面接授業は、物理的に来所しなければいけない制約があります。その制約に適さない授業を配信する手段を検討したところ、オンライン化の発想に至りました。もともと遠隔で授業を届けるノウハウはあったので、配信の手法や学生の評価方法を変えれば環境に適応できるだろうと考えました」(坂本さん)
放送大学には従来、放送授業や面接授業(普通の大学と同じ対面式の授業)といった授業方式がありましたが、オンライン授業には「授業時間の制約がない」「受講者に能動的な学習をさせやすい」という特徴があります。そんな特性を踏まえて、それぞれの授業方式を使い分けているとのことです。
ただ、オンライン授業の作成には苦労もあったといいます。
「基本的に、オンライン授業は設計1年、作成1年の計2年をかけて制作します。文科省からは、オンライン授業の様式を公開し、その中で『対面と変わらない授業効果を出す』ことが要請されました。そこで、当時は教育効果を高めるために、教員を随時支援しながら授業を制作していました。ただ、数をこなすとノウハウが蓄積されていきます。現在は授業作成のガイドラインに基づいたオンライン授業を効率的につくれるようになりました」
と坂本さんは語ります。
こうした積み重ねの結果、放送大学はオンライン特化型の授業の導入に成功しています。新型コロナウイルスの感染が拡大しても、オンライン授業への影響は一切なかったといいます。
電子掲示板などを活用し、対面の疑似体験を
オンライン授業が感染拡大に強いことを証明した放送大学ですが、彼らの視点からは、2020年度にあいついだ他大学の「オンライン授業導入」の動きはどう見えたのでしょうか。
「他大学の取り組みに対しては様々なご意見があるようですが、超短期の準備期間でオンライン授業システムを立ち上げたことは、称賛に価すると思います。授業の内容によって、オンデマンド型と双方向型を使い分けているのも素晴らしく、オンライン授業という方式が広まったことは喜ばしいですね。本学にとってはライバルが増えたともいえますが(笑)」(工藤課長)
一方、学生からはオンライン授業の問題点も指摘されています。声が多いものに「対面授業への出席の代わりに課題提出を求めたことによる学生の負担の急増」があります。
「出席を単に課題で代替すると、教員・学生どちらの負担も増えてしまいますし、学生への十分な指導が担保できなくなってしまいます。教員と学生の負担を増やさないような制度や仕掛けづくりをし、かつ、学生へ十分な指導を行うことが必要となります。その対策として、本学では選択式問題とレポートを組み合わせて学習状況の確認や学生の評価を行っています」
と工藤課長は説明します。
また、コロナの感染対策として、学生が学内の設備をほぼ利用できなくなったため、授業料の減免を求める動きも見られました。文科省が対面授業の再開を要請したこともあり、2020年の秋ごろに感染状況が落ち着いてきた局面では、オンライン授業を取りやめようとする大学も少なくありませんでした。
「全面的なオンライン授業への切り替わりで、遠隔教育の有用さとともに、対面授業の大切さも浸透したように感じます。本学では、授業に加えて電話やメールで学習スケジュールや授業への慣れを確認するなど、工夫を重ねています。それにより遠隔授業でも、対面授業と同じような学習効果を上げようとしています。価値ある遠隔授業を提供できれば、学費についてもある程度の納得感を与えられるのではないでしょうか」(工藤課長)
放送大学には、オンライン授業の完成度を高めるために長い年月をかけて試行錯誤してきた歴史があります。他大学が安易にまねをするのは難しいかもしれません。しかし、授業の質を比較的簡単に上げられる工夫として「電子掲示板」の活用があると、工藤課長は指摘します。
「本学では、学生も教員も書き込んだり、閲覧できたりするオンラインの『交流フォーラム』を開設しています。オンライン授業の難点は受講生が孤立し、学生同士での情報共有や教員への質問が難しい点だと思うので、ここを改善して『人に聞く』ことの疑似体験だけでもさせられれば、学習効果の改善が見込めます」
いつでも、どこでも授業を受けていい
オンライン授業を受けるにあたって学生が心がけるべきことは「スケジュール管理」と「積極的な学習参加」だと坂本さんはいいます。
「対面授業なら、教員が何度もテストやレポートの日程を言ってくれたり、日常の会話で友人と情報を共有できたりします。しかし、オンライン授業だとそうはいかないので、スケジュール管理をしっかりすることはマスト。加えて、遠隔だと当事者意識が薄れがちになるので、手を動かして授業へ積極的に参加するのが望ましいです」
一方、オンライン授業では一日中画面を見続けることになりがちで、身体的・精神的な負担も少なくありません。
「対策としては、うちの中で身体を動かしたり、しっかりと休息をとったりしながら授業を受ける工夫をしたほうがいいと思います。本学の場合は『いつでも、どこでも、何度でも受けられる授業』をコンセプトにしているので、自分のペースに合わせて受講できます」(工藤課長)
「本学は職員が学生を兼ねていることも多く、私もそのひとりです。学生としての立場から申しますと、私の場合は公園のベンチや電車の中、ときには料理をしながら授業を受けたこともありますね。このようにずっとパソコンの前に張り付くだけではなく、気分転換も交えながら進めていただければと思います。他大学の場合、制作の手間や授業理念もあると思うのですが、こうした授業の形が望ましいとは思います」(坂本さん)
最後に、厳しい環境での学習を強いられている現役の学生や、これから大学に入学する新入生へのメッセージを、工藤課長に聞きました。
「昨今の急激な変化は、学生にとって大きな負担だと思います。しかし、今回の経験があれば、どんな環境でも学べる人になれます。今後はDX化も進み、あらゆる学びや仕事にオンラインが浸透していく可能性が高いです。この機会にオンラインで学ぶことに慣れておくと、未来への備えになるのではないでしょうか」