幻の「大泉学園」で思い出す、あの漫画家さんや芸人さんのこと(地味町ひとり散歩 18)

改名に失敗した駅がある。そんな話をネットで見つけました。その名も、大泉学園駅。東京都練馬区にある西武池袋線の駅ですが、実は「大泉学園」という学校は存在しません。

ネットで調べたところ、もともとは「東大泉」という駅名だったそうです。その後、周辺一帯を学園都市にする構想が持ち上がり、それに合わせて「大泉学園」と改称したのですが、肝心の学園誘致に失敗。駅名だけがそのまま残ってしまったのだといいます。

今回の「地味町散歩」は、その「アチャーッ」ぶりを見てみようと、大泉学園駅に降り立ったのでした。

ところが、改名こそ失敗したものの、どうやらここは「日本アニメ発祥の地」として、知る人ぞ知る駅だったようで、まったく「アチャーッ」ではありませんでした。

このあたりには多くの漫画家さんも暮らしていたそうで、駅前にはさまざまなキャラクターのモニュメントが並んでいます。

「日本アニメ発祥の地」でラムちゃんと記念撮影

鉄腕アトム。

『銀河鉄道999』のメーテル。

あしたのジョーですね。

『うる星やつら』のラムちゃんと一緒に写真も撮ってみました。

駅前は人通りも多かったので、この数日後に還暦を迎えようとしていた「新成人」ならぬ「新老人」にはちょっと恥ずかしかったのですが、このコラムのためにがんばりました。

『うる星やつら』の作者である高橋留美子先生は、デビューしたばかりの「たま」のライブに、お越しくださったことがあります。打ち上げもご一緒してくれました。先生の大ファンだった僕の妻は、サインまでいただいたのでした。

それで思い出しましたが、よくインタビューなどで「デビューして一番嬉しかったことはなんですか?」と聞かれることがあります。その答えはズバリ、「自分がこまわり君になったこと」です!

若い人にはピンとこないかもしれませんが、僕が高校生のころに一番人気のあったギャグ漫画は、山上たつひこ先生の『がきデカ』でした。主人公のこまわり君の「死刑!!」というフレーズは、そのポーズとともに大流行しました。

ちなみに、山上先生の人気にあやかろうと、もともと「山止たつひこ」というペンネームで活動していたのが、『こちら葛飾区亀有公園前派出所』で今や誰もがご存じの秋本治さんです。

その山上先生が「たま」をたいそう気に入ってくれて、『がきデカ』の扉絵に、こまわり君の輪郭をした僕たちたまの4人を描いてくれたことがあったのです。これは本当に嬉しかったなー!

学生時代にむさぼるように読んでいた漫画の主人公に、自分がなったようなものですからね。どんなにお金を積んでも、そうそうできる経験じゃありません。

山上先生とのお付き合いはその後も続き、ご自宅に招いてくださったり、某地方にある別荘にまでお邪魔させていただいたこともありました。現在は小説家としても活躍されている山上先生には、本当に感謝です。

大泉学園で味わう昭和のゴチソウ、ハヤシライス

さて、まずは腹ごしらえをしましょう。北口の駅前で見つけた、僕好みの昭和テイストの喫茶店「喫茶アン」に入ってみます。決め手はメニューにあったハヤシライス。実は、僕はハヤシライスが大好きなのです。

僕が子供のころ、ハヤシライスはカレーライスと肩を並べるとまではいかないまでも、今よりずっとずっとメジャーな食べものでした。

当時は牛丼がまだまだ高級感のある食べものでしたし、ハンバーガーもポピュラーではありませんでした。ラーメンなんかも、少なくとも関東ではトンコツなんてなくて、基本はしょうゆか塩。新顔の味噌が北海道からやっと入ってきたくらいの時代です。

「パスタ」なんて呼ぶ人もまだほとんどいなくて、スパゲッティといえば、もっぱらナポリタンかミートソース。

そんななか、「ちょっと洋風のご飯もの」として、ハヤシライスはかなりの人気でした。それが今では、ハヤシライスを出しているお店を探すほうが難しいくらいになってしまいましたね。

どうです、この昭和の正統なハヤシライスセット。これぞ昔のゴチソウでした。

店内の内装も、いかにも「昭和の喫茶店」という感じで落ち着きます。僕の前のテーブルは予約席になっていましたが、まもなく一組の老夫婦がそこに座りました。

どうやらかなりの常連さんで、そこが定位置のようです。ウエイトレスさんも「いつものでよろしいですか?」と尋ねます。

きっと若いころから、何十年もふたりでこの席に座って食事をしてきたのでしょうね。とても微笑ましかったです。

散歩を開始します。とある飲み屋の前に、こんなプラカードが出ていました。

コロナの感染者が拡大し、飲食店でのお酒の提供に「待った」がかかっていたころの光景です。

飲み屋がこんなシュールなことを書かなければいけない。昨年からのコロナ禍は、僕たちの生活を大きく変えてしまいました。緊急事態宣言が出たり止んだり。こんな状況は、いつまで続くのでしょうか。

お姉様クラブというのもありました。店名どおり、「ネェネェ」と膝に頬をすりすりして甘えてもいいのでしょうか。それともキビしいお姉様に「大人なんだからビシッとしなさい!」と叱られるのを楽しむお店なのでしょうか。

「青空駐車」という看板がありました。これは青空駐車を「しろ」ということなのでしょうか。それとも「するな」ということなのでしょうか。どちらかわかりません。

また、雨天や曇天の場合はどうなるのでしょうか。誰か教えてください。

「通路」がありましたが、ここを真っ直ぐ行っても、塀にぶつかるだけです。いったいどこに行く通路なのでしょうか。塀をすり抜けられる宇宙人のUFO乗り場か何かが、塀の向こうにあるのでしょうか。

神社がありました。神社は神様のお庭なんですね。ときどき神様が出てきては、オイッチニ、サンシと、ラジオ体操なんかもなさるのでしょうか。

手水舎で水あそびしたらダメですよ。

御神木を取り囲む石柱の上に、ひとつずつ松ぼっくりが置いてありました。何かのおまじないなのか、ただの子どものいたずらなのか。よくわかりませんが、そこだけピンと結界が張られているような気がして、ちょっと不気味でしたね。

ちょっと下品な「猫ちゃん」との、思い出のお店

缶ジュースの自動販売機があったので、例のごとく丁寧にチェックして歩きます。と、僕のコレクションにはない「ビタハイプラス」がありました。

ここで不思議なのは、大手メーカーの缶ジュースに混ざって、1本だけ、福岡ローカルの「ビタハイプラス」が入っているということです。こういうことは、ときどきあるのです。どういう理由か、一本だけ場違いな缶が入っている。

これがあるから、どんな自動販売機も手を抜かず、じっくり見回らなければならないのですよね。

その近くには、こんな自動販売機も。お金を入れるとサングラスや時計、ゲーム機などが当たるようですが、問題はこの「BIG BOX」という名前です。高田馬場にも同名のビルがありますが、これは欧米の人が見たら、思わず顔を真っ赤にするような名前なのです。

最後に、見覚えのあるお店にたどり着きました。

実は以前、このお店でよく演奏していたのです。僕は即興音楽もやるのですが、あるとき、バイオリニストの太田惠資さんとふたりでライブをしようということになりました。

しかし正直、ちょっとメンツが地味かなと思っていたところ、当時はまだカンボジア人ではなくて日本人だった、芸人の猫ひろしさんと知り合いました。

猫ちゃんは「たま」のライブにも来てくれたことがあるというので「じゃあ一緒にセッションしてみない?」とお誘いし、共演することになりました。

芸人さんのステージは、だいたい10分から15分くらいの尺がふつうなのですが、音楽ライブは2時間ぐらいが基本です。ということで、2時間延々と休むことなく「♪らっせ~ら~ らっせ~ら~」とネタをやってもらい、僕たちはそれに音楽を合わせました。

楽屋のないこの店では、寒風吹きすさぶ外階段が控え場所です。幕間の休憩時間、そこで猫ちゃんはサッとズボンを下ろしてお尻を出すと「あの、石川さん、僕のお尻に大きく『歴史』と書いてください」とお願いしてきました。

マジックペンでキュッキュッと左尻に「歴」、右尻に「史」と書きました。ステージが再開すると、猫ちゃんは尻を振りながら「その時、歴史が動いた!」と叫んでいました。

そんなちょっと下品な思い出のある、大泉学園でした。

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石川浩司 (いしかわ・こうじ)

1961年東京生まれ。和光大学文学部中退。84年バンド「たま」を結成。パーカッションとボーカルを担当。90年『さよなら人類』でメジャーデビュー。同曲はヒットチャート初登場1位となり、レコード大賞新人賞を受賞し、紅白にも出場した。「たま」は2003年に解散。現在はソロで「出前ライブ」などを行う傍ら、バンド「パスカルズ」などで音楽活動を続ける。旅行記やエッセイなどの著作も多数あり、2019年には『懐かしの空き缶大図鑑』(かもめの本棚)を出版。旧DANROでは、自身の「初めての体験」を書きつづった。

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