「役者はひとりでやっているとキツイ」俳優が「互助集団」を立ち上げたワケ

俳優互助集団「+sicks」の代表・今野悠夫さん

東京・西新宿の貸スタジオの一室で、男女が背を向けて座っている。

男「何してた?」

女「え、マニキュア塗ったり」

男「おー、そっか。今日どうだった?」

女「え、今日?あ、なんかさー彩子がさーマジで受けたんだけどさ…」

俳優互助集団「+sicks(プラシック)」のワークショップ。映画「南極料理人」で遠距離恋愛中の男女が電話で話す5分ほどのシーンを、男女ふたり1組になって交代で演じる。+sicksの代表を務める今野悠夫さん(42)は、「ここではみんなが自分らしさを出せることが大事なんです」と言う。

女子大生風、スタバとか大戸屋でバイトしていそうな女性、一見好青年、ニート君、引きこもり青年などとこちらが勝手に背景を想像してしまうような多彩な個性で、恋人同士の電話のやり取りというどこにでもあるようなシーンがオムニバス作品のように続く。

何でも器用にこなせたのに芝居だけはうまくできなかった

今野さんと筆者はSNS上で“出会った”。去年の春、誰かがシェアした今野さんの投稿が流れてきた。そこには偶然にも私と共通の体験が書かれていたので、好奇心からコンタクトを取った。

会って話を聞いてみると、今野さんは俳優である一方で、「俳優互助集団+sicks」や「日本エンターテイメントライツ協会」というふたつの“団体”と深く関わって活動していた。端から見ると孤独な職業である俳優と、仲間を作ったり団体のために活動したりすることについて、今野さんはどのように捉えているのだろうか。

――まず、俳優になった経緯を聞かせてください。

今野悠夫さん(以下、今野):高校の頃、急に背が伸びたので声がかかり、モデルの仕事を始めました。モテたかったんで(笑)。そうしたら、あるとき演技レッスンに行かされたんです。

それまで割と器用に生きてきた。勉強もやっただけ成績が上がったし、バスケット部に入ったらすぐに選抜メンバーになれた。ところが、芝居だけはうまくやれなかったんです。それが悔しくて。自分ではうまくできてないと思ったときほど周りの評価がよかったりして、そこが釈然としない。でも、面白くて…。

――20代前半で経験した初舞台では、初主演、初演出、初脚本まで手がけ、その後、映画に主演しました。

今野:映画に出るようになったのは25、26歳ごろ。芝居に全然自信がなくて、誰にも負けないくらい勉強しないとダメだという考えに囚われて、3年くらい寝食を忘れるほど勉強しました。それで自信がついて自分から仕事を取りにった。メインキャストを務めた、映画「浄霊探偵」と「恋の映画を作ろう」が僕の代表作です。

自分のことしか考えない人が多い業界だからこその“互助”

――ずっとひとりで俳優業をやってきたわけですが、2020年5月に「俳優互助集団+sicks」を立ち上げました。

今野:楽しいことを何でもやれるような団体にしようと思って始めた俳優の研究会で、オンラインサロンのリアル版に近いかもしれません。​​現在メンバーは18人。毎週スタジオを借りて芝居のワークショップを行っています。僕も含め、みんな毎月現場に出ているわけじゃないので、週に1回、人に芝居を観て評価してもらうことが大事。人の芝居を観てフィードバックをすることも大事。コメント力も芝居に現れるので。

――+sicks(プラシック)とはどういう意味ですか。

今野:「+」は熱によっていろいろな形に変わるプラスチック。「sicks」は頭のおかしい人たち。そのふたつの意味を掛け合わせました。

――なぜ、互助集団なのですか。

今野:+sicksは役者をやっていて困ったことを全部解決する場所でもあります。俳優は個人事業主。舞台の仕事を個人で受けるとお金を払ってもらえないといったトラブルがあるんです。でも、相談窓口がない。だから、トラブルが起きたとき、本人が話すよりも僕が話したほうがいい場合は僕が間に立って話し合うこともあります。

また、お互いの得意なところを共有し合います。僕だったら演技を見せることができるし、殺陣が得意な人はそれを教えられる。「今回もらった台本で苦戦してます。手伝ってください」って言うこともできる。俳優同士が協力し合って問題を解決するという意味で互助集団なんです。

+sicksのワークショップの様子

――今野さんにとって「俳優互助集団+sicks」の仲間はどんな存在ですか。

今野:役柄が自分に近いほど役者は演じていて辛いんです。例えば、僕が今一番演じて辛いのは母親が死んだ人の役です。僕自身、6月に母を亡くしているので。早く忘れたい辛かった経験にもう一度向き合わなければいけない。忘れることができなくなってしまう。そのときに体験した音や匂いまで、そのときの感覚に戻る。それを意図的にやらなくてはならないんです。

でも、芝居で自分のチューニングが壊れたとき、普段の僕を知っている仲間がいると自分を取り戻せるんです。それに個性なんて自分じゃわからないけど、仲間がいると、「いや、その芝居は今野さんらしくないですよ」と言ってもらえます。

役者はひとりでやってるとキツイ。でも、ひとりでちゃんと頑張ってる人じゃないと、それはわからないんですよ。うちはひとりで頑張れる人が集まっている。そういう人たちが仲間を得たときにどうなるんだろうというのが、僕が+sicksを立ち上げたときに描いたビジョンです。

――“互助”がうまく機能するためにはどんなことが大切でしょうか。

今野:僕は優しくない人が嫌いなんです。この業界は自分のことしか考えない人が多いんですが、たぶんそれでは互助って成立しない。6:4で、4が自分くらいの気持ちでいないと。だから、優しくないなあ、自分のことばっかり考えてるなあと思う人には、「一緒にやれない」と伝えます。

役者でもマンションを買えることを証明

――成功している役者さんやタレントさんでもローンが組めなくてマンションが購入できないという話をよく聞きますが、今野さんはマンションを購入しました。

今野:役者ってたいていお金がないのに、アパートに住んで高い家賃をずっと払い続けています。それじゃ何の資産も残らないじゃないですか。賃貸か持ち家かという議論はありますが、僕はお金がない人ほど資産形成をしなきゃいけないと思うんです。自分の家やマンションは自分で責任を持たなきゃいけない。壊れたところがあれば自分で直さなきゃいけません。でも、責任を負うことを覚悟したら賃貸より安く住めるんです。

ところが、役者さんたちはマンションを購入できると言っても信じなかった。だから、3年前、固定金利35年ローンの「フラット35」という制度を使って実際に買ってみせた。「ほら、ローン通ったよ。買えたよ」って。僕の場合、月々の支払いが借りていた時の7割程度(管理費込み)になり、しかも広いところに住めるようになりました。

僕は頭金を用意しましたが、頭金なしでもローンを組むことはできます。不動産屋さんもローンを通したいので一生懸命やってくれますよ。

楽しんでいる人を見るのが好きなので、よく遊園地でひとり時間を過ごす

芸能人の権利や地位を守る。契約をするときは対等な立場で

――「日本エンターテイメントライツ協会(ERA)」にもパートナーとして関わっています。

今野:芸能人が叩かれて仕事ができなくなった、みたいな話があるじゃないですか。「ERA」はそういうことに憤りを感じた弁護士さんたちが立ち上げた組織で、活動内容は、芸能人の権利や地位を守ること、芸能人のセカンドキャリア形成支援、芸能人の地位向上です。

パートナーとしての僕の役割は、例えば、事務所を辞めたがっているタレントと事務所に話を聞きに行く。契約書に、事務所を辞めてから2年間は他の事務所でタレント活動をやってはいけない、と書いてあったりするんですよ。でも、それって職業選択の自由に触れるじゃないですか。だから、僕からそれは憲法違反ですよと説明するんです。

「芸能人の権利を守るなんて役者が言っちゃダメだよ」って、ものすごく言われます。タレントと事務所の関係って、仕事が違うだけでイーブンなんです。ところが、契約書には、僕が契約に反したら僕に責任が発生するということしか書いてなかったりする。「あなたが何かしたときに責任を取るということが書いてないですよ。なんで僕だけなんですか?」と言うことも。提示された契約に納得いかないときは自分から契約書を出すこともあります。

契約書ってわかりづらいので、ERAでは契約書の雛形のようなものを作ろうとしています。芸能人の中にも芸能人の権利を守ろうと活動をする人たちが出てきた。芸能界も昔とは変わってきているなあと感じます。

――そういう交渉は法律の知識がないとできませんね。

今野:ERAの弁護士さんたちが勉強会を開いてくれるので。本当にいい授業で、ありがたいです。

――ERAのパートナーは誰でもやれる役割ではないようです。

今野:役者の困ったという声は本当によくあります。僕なんかのところにも年間数十件きます。それら全部話を聞いて良いかたちにしようとしますが、悲しいかな、僕は弁護士ではないので報酬はなしです(笑)。僕も先生達に助けてもらいましたし、できることはやろうと思っています。

仲間との時間があるからこそ、ひとりの時間が際立つ

――「+sicks」や「日本エンターテイメントライツ協会」の活動が多くて、いつも周りに人がいる印象です。

今野:逆にみんながいるからこそ、ひとりの時間は必要ですね。みんなで芝居の勉強して、ああでもないこうでもないって話してる時間があるから、ひとりの時間が際立ってくるというか。

――ひとりの時間は何をしているんですか。

今野:ものを考えたり、映画を見たり、行き先を決めずに自転車で出かけたり…。+sicksの長になってからは、自分の考えとそれに反対する意見を自分で出して、ひとりでディベートすることも増えました。自分の中で討論して勝った方の意見を採用するんです。

――それは他人とはできないんですか。

今野:自分と他人だと、そこに忖度のようなものがあったりとか。人の意見を聞くことはあっても最終的に決めるのは僕なので、団体の指針を作るようなときは、ある程度自分で答えを出さきゃいけないんです。

今野悠夫(こんの・はるお)・プロフィール

高校のときにスカウトされてモデルの仕事を始める。その後、俳優として舞台、映画、TV、CMなどで活躍。代表作はメインキャストを務めた映画「浄霊探偵」、「恋の映画を作ろう」、舞台「酔いどれシューベルト」ほか。「俳優互助集団+sicks」代表、日本エンターテイメントライツ協会(ERA)パートナー。+sicks初制作の劇場長編映画「風花(かざはな)」2022年公開予定。「ぷらしっくちゃんねる」(YouTube)で、「勝手にラブレターシリーズ」など誰かの「好きをかたちにする」をコンセプトに実験的な動画を公開。

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