巨大な鳥居がドドーンと睨みをきかせる中村公園(地味町ひとり散歩 30)

前回のコラムでは名古屋の「東別院」の散歩について書きました。そのまま名古屋に泊まって、翌朝、チェックアウトのためにホテルのエレベーターに乗ったところ、一人の若者が一緒に乗り込んできました。

すると、いきなり「なんにも反省してないんだな!」とその男に言われました。えっ、普通にエレベーターに乗っただけなのに、何かマナー違反したかな!?

そう思いましたが、ただ淡々と乗り込んだだけで、別にその人にぶつかったわけでもありません。なんだろうと思ったら、男は壁の方に向かって「だからダメだって言ったんだ!」と怒鳴り出しました。

どうやら僕に言っているのではなく、彼だけに見える幻の誰かに向かって叫んでいるようでした。

最近は街中で独り言を言っている人をよく見かけます。それはたいていケータイのハンズフリーで誰かと話しているのですけれど、どう見てもエレベーターの彼は電話で話しているわけではありません。

エレベーターという狭い個室の中で、ふたりきりの状態で、何をされるかわからない恐怖の時間は、とてもとても長く感じました。

そんな恐ろしいホテルを出て、名古屋の中村公園という地下鉄駅に降り立ちました。駅前には、巨大な鳥居がドドーンと睨みをきかせています。ここらあたりに有名な神社なんてあったかいな、と思いましたが、それらしきものは見当たりません。

帰宅後に調べてみると、元々この地域は「中」という名前の、田畑だけの寂しい「村」だったそうです。それで「中」村という地名になったようです。

それが昭和初期に名古屋市に編入することが決まり、それをお祝いして巨大なモニュメントを造ろうということになったそうです。それがこの巨大鳥居だったそうで、神社とは関係がない記念物でした。

当時の名古屋新聞には、「日本一即ち東洋一とりもなほさず世界一の大鳥居が出来」と書かれていたそうです。今ではもっと大きな鳥居も日本に存在するそうですが、当時は世界一の大鳥居だったようですね。本当に立派でした。

名古屋に来ると、昔からあちこちにこんな「ひち」と書かれた看板を見かけます。名古屋の人にとっては何の変哲もないものなんでしょうが、それ以外の地域の人が「なんだろう?」と思うもののひとつです。

名古屋には独自の文化がありますが、この「ひち」というのは何なのか、わからない人も多いでしょう。そこで、もう一枚、写真を見ていただきましょう。

そうです。「しち=質」屋のことを「ひち」屋と呼んでいたんですね。「しち」がなまって「ひち」となってしまったんです。

名古屋界隈で「えっ、ひち屋じゃないの!?」と思った人は、ぜひ辞書を引いてみてください。日本には「ひち屋」という職業はありませんよ。

また名古屋と言えば、喫茶店が多く、モーニングが充実しているのも特徴の一つですね。店名がそのままの「モーニング」というお店もありますよ。

そして、ここは一日中「モーニング」というお店でした。でも、なぜか左下の「タコライス」だけはランチですけれど。

「おやつ饅頭」というお店もありました。名古屋では、饅頭をおやつ以外にも主食として食べることがあるのでしょうか。まあ、「小倉トースト」を朝食に食べる町だから、ないとは言い切れませんね。


実は半年ほど前、あるお菓子のCMのオファーが名古屋の会社からきました。「現場の相棒」という塩ビタミンゼリーで、そのCMの作詞・作曲・歌・演奏・出演のすべてを僕が担当しました。そのおかげで、中身は同じでパッケージだけを変えた「石川浩司の相棒」という商品も特別に発売されました。

バンド時代に自分たちで作ったグッズを除けば、僕の名前が冠された商品は初めてです。そして、おそらくこれが最後になるでしょう。まだ通販などで買えるようなので、興味のある人は調べてみてください。

神社の入り口にはこんな注意書きがありました。消えている文字の部分が「子供」とかだったら怖いですね。

境内にはマスクをしている牛もいました。呼吸がキツい牛は、もしかしたらブランド食用牛としての価値が下がってしまうかもしれませんね。

住宅街の隅っこに、突然、小さな飲み屋街が現れました。こんな感じ、昭和っぽくていいですね。

この食堂は、どうやら空腹男子専用のようです。ジェンダーレスな時代に少し逆行していますね。もし女性がドドドと大挙して「あたしたちにも、食わせろ〜!」と押し寄せてきたら、どう対応するのでしょうか。

銭湯もいい味を出していましたが、残念ながら、まだ営業時間になっていませんでした。最近は銭湯のある町も減りましたが、自宅のお風呂が壊れたとき、たちまち困ってしまいますね。

さらに進むと、こんな建物がありました。「ブラジル」の上に、昔は3つの文字が並んでいたことが想定されます。この周りに<石鹸国>と呼ばれる施設が多いことから、ブラジルの上には、別の国の名前が書かれていたのでしょう。

若い人にはわからないかもしれませんね。その国は、ヨーロッパとアジアの間にある国です。しかし、その国から抗議が来て、自分たちの国の名称を施設に付けることに反対されたため、<石鹸国>という名称に変わったのです。

ちなみに、トンカツ、ピラフ、スパゲッティがひとつの皿に盛られた「前記の国名+ライス」は、長崎の名物料理として知られています。しかし、その名前のついた国には、まったくそんな食べ物はありません。不思議な料理ですね。

そういえば、名古屋には激辛で有名な「台湾ラーメン」というものもありますが、これも台湾に元々あったものではなく、名古屋で独自に開発されたものです。

逆に、台湾ではそのラーメンを「名古屋ラーメン」という名前で提供するお店があるという、不思議な文化交流があるそうです。

そんな国際的にも独自の文化を持つ、名古屋の裏町をひとりポクポクと歩きました。

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石川浩司 (いしかわ・こうじ)

1961年東京生まれ。和光大学文学部中退。84年バンド「たま」を結成。パーカッションとボーカルを担当。90年『さよなら人類』でメジャーデビュー。同曲はヒットチャート初登場1位となり、レコード大賞新人賞を受賞し、紅白にも出場した。「たま」は2003年に解散。現在はソロで「出前ライブ」などを行う傍ら、バンド「パスカルズ」などで音楽活動を続ける。旅行記やエッセイなどの著作も多数あり、2019年には『懐かしの空き缶大図鑑』(かもめの本棚)を出版。旧DANROでは、自身の「初めての体験」を書きつづった。

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