東京五輪の前日に墓地まで散歩してみたら…「小平」前編(地味町ひとり散歩 19)

いまのテレビは、散歩番組がとても多いですよね。芸能人がテキトーに町をぶらりぶらりと歩いて、様々なお店や変わった人に遭遇するわけですが、見てて飽きないです。

しかし、これは偶然を装っているだけで、ほとんどの番組は事前に綿密なロケハンや打ち合わせが行われているのをご存知でしょうか。

なぜなら、面白いお店があっても、撮影を拒否されたり、責任者がいなくてバイトの人しかいなかったりしたら困りますし、説明がおぼつかなかったり、売れ筋の商品が売り切れだったりすることもありますからね。

僕と妻が経営している西荻窪の「ニヒル牛」というへなちょこなアート雑貨店も、何回か散歩番組に出演したことがあります。

そういう場合、事前に何度もロケハンがあり「何時ごろにお店に来ますから、こういう感じで待っていただき、こういう話をしてください」といった細かい台本があるのです。台本と違うことを言ったら、放送ではほぼカットです。

地味町ひとり散歩は「ガチ」なので失敗もある

それとは違って、DANROで連載している僕の「地味町ひとり散歩」はガチです。何の打ち合わせもありません。事前にグーグルマップで「飲食店ぐらいはあるかな」と検索する程度です。

もし畑だらけでお店がほぼなかったり、団地だけだったりすると、ネタが何も見つからない可能性があります。いくら「地味町」の散歩といっても限度がありますからね。

ただ、実は僕も何回か失敗しています。散歩はしたものの、写真に収めたくなるような特徴がなくて、コラムを書くのを断念したこともあります。

今回も数日前、別の町を散歩したのですが、どこにでもあるチェーン店のお店と個性のない住宅地しかなくて、頓挫しました。要因はほかにもあって、梅雨が明けて暑くなりすぎたため、途中で戦意を喪失。平均して3時間以上は町をさまよってネタを探すので、断念しました。

しかし、この「地味町ひとり散歩」のコラムは月に2回あげるという約束なので、再びチャレンジして散歩に出ました。

例年だと夏は、音楽フェスや地域のお祭りなどのイベントに呼ばれて、涼しい地方に行くことも多いのですが、コロナ禍になってからはそういう依頼もぐっと減りました。あいにく、都内近郊を歩くしかありません。

30度を超える7月の真夏日に散歩してみた

散歩に出たのは、7月22日。最高気温34度の完全な真夏日でした。少しでも涼しいところがいいと考えて、思いついたのが「お墓めぐり」です。墓地の中なら木々が多い箇所もあって日除けになるし、別の意味でサム~イ体験ができるかもしれないですからね。

ということで、今回選んだのは、駅前に東京ドーム14個分の広大な霊園が広がる町「小平」です。西武新宿線で向かいました。

最終的な目的地は小平霊園ですが、その前に町歩きをしましょう。

この日は、東京オリンピックの開会式の前日でした。街の中には五輪の旗があちらこちらに吊るされていましたが、正直あまり盛り上がっていない感じです。

このコラムがアップされるころにはオリンピックも終了していて、もしかしたらそこそこ盛り上がった大会になっているかもしれません。

でも、この日の東京都のコロナ新規感染者数は1979人。緊急事態宣言も出されているので、オリンピックの会場は無観客、スポーツバーなども酒類の提供禁止でほとんどが営業していません。

「自宅のテレビで観戦するように」というお達しなので、せっかくの日本開催にもかかわらず、みんなで集まって大声で応援することもできません。そうなると、どうしても盛り上がりに欠けてしまいますよね。

小平駅の駅前には、大きな看板があります。そこには、町の人たちが描いたであろう、いわゆる「ゆるキャラ」がたくさんいました。その中でダントツでかわいそうだったのが、このキャラでした。

いろいろ言われることも多い公務員のみなさん、これに負けずにがんばってくださいね。

ちなみに僕は、ゆるキャラの元祖とも言えるふなっしーとセッションしたことがあります。インディーズのレーベルですが、そのセッションのDVDまで発売されています。

しかし、そのことを知っている人はあまりいないでしょう。というのは、企画が持ち上がったとき、ふなっしーはまだテレビに一切出ていなくて、全くの無名と言っていい存在だったからです。

ところが、企画段階からイベントが行われるまでの数カ月の間に、ふなっしーはCMに出演し、またたく間に人気が沸騰してしまいました。なので、イベントは超満員でしたが、ふなっしーもテレビに出始めたばかりだったために、「誰でも知っている」という状態ではなかったのです。

そのときは、ふなっしーの体がとてもデカかったので、小さな楽屋がとても窮屈だった思い出があります。

まさか、ふなっしーが10年近く経った今も人気が続いているキャラになるとは、当時は誰も思っていませんでしたね。

さて、話が少しそれました。町歩きを続けましょう。

この町には公園がやたら多かったです。その一つに寄ってみました。

大きなタイヤを土に埋め込んだ遊具(?)。昔はどこにでもありましたが、最近はあまり見かけず、懐かしい感じですね。トランポリンよろしく、この上でポンポンと跳ねて遊んだ思い出がよみがえります。

こちらのすべり台は、すべると砂場に自然と落ちるようになっています。必ず砂まみれになる、微妙にデンジャラスなすべり台ですね。もしかしたら、砂かけばばあがひそんでいるかもしれないので、注意してください。

「柵の中に入らないでください」という注意書きに抗って、柵の中に入っている悪い人も見つけました。もしかしたら公園の管理人さんかもしれませんが、どう見てもおじいさん。足をすべらせないように気をつけてくださいね。

ところで、間違い探しです。この郵便ポスト、何か変だと思いませんか?

そう、「日本一巨大なポスト」なのでした。投函口は下の方にもあって、使用することができます。

ちなみに、ポストの材料をよく見ると中華鍋なんですね。白いコック帽をかぶった中華料理屋さんが集まって、中華鍋を用意して「ポスト作りじゃ、ワッセワッセ!」と取り組んだのでしょうね。

コロナのワクチン接種のバス乗り場もありました。数年後にこれを見て「そういえば、あのころはこんなこともあったなあ」という思い出になっていることを、強く強く願います。

さて、いよいよ今日の目的地である小平霊園に向かいます。そこに向かう道の光景がこんな感じでした。

「ちくしょう いしやばかりではないか」

つげ義春の「ねじ式」という漫画を読んだ人しかわからないパロディですみません。

僕は高校生のとき、この人のおかげでアンダーグラウンドという世界を知り、人生が変わりました。いまの僕の音楽や様々な活動は、つげ義春と出会わなかったらなかったかもしれません。

ちなみにつげ義春は、国際的には手塚治虫と並び称される日本を代表する漫画家です。僕が人生でもっとも影響を受けた人と言っても過言ありません。よく知らない方は、現在全集なども発刊されているので、ぜひ一読してみてください。

どうやら墓地の話は少し長くなりそうなので、今回はこちらを前編とさせていただきます。

次回の後編、「霊園編」もお楽しみに!

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石川浩司 (いしかわ・こうじ)

1961年東京生まれ。和光大学文学部中退。84年バンド「たま」を結成。パーカッションとボーカルを担当。90年『さよなら人類』でメジャーデビュー。同曲はヒットチャート初登場1位となり、レコード大賞新人賞を受賞し、紅白にも出場した。「たま」は2003年に解散。現在はソロで「出前ライブ」などを行う傍ら、バンド「パスカルズ」などで音楽活動を続ける。旅行記やエッセイなどの著作も多数あり、2019年には『懐かしの空き缶大図鑑』(かもめの本棚)を出版。旧DANROでは、自身の「初めての体験」を書きつづった。

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